17話 これぞラストステージ・後編
青い石はレインに、赤い石はファインの手に渡る。
輝石は本来の持ち主の手元に戻ったのが分かったのか、その輝きを一気に強めた。その輝きを満足そうに頷いてから、二人は石を手に持ち高く掲げる。
「それじゃ、いくよ」
すると、白い世界に異変が現れ始めた。ゆらゆらと白い霧が上に向かって立ち昇り始める。
「これは……」
「本当に”奇跡”みたいな光景だな」
グレイとプリムローズが驚きに目を見開いてその様子を見つめていた。
「これ、何が起こってるの?」
快晴が首を傾げながら尋ねる。嵐もそうだが、二人の目にはただ霧が動いているようにしか見えない。
ユウリエが簡潔に答えた。
「二つの塔の力が混じり合ってるのよ。同じ塔の力とはいえ、やっぱり別の空間の別の存在だから本来なら混ざり合うことはない。でも、輝石がそれを可能にしているの。あの石は持ち主の願いに応える石だからね」
「はー、すげえ。やっぱ異世界すげえ!」
「快晴、意味分かって言ってんの?」
「分かるわけねーだろ! でもなんかすげぇだろ!」
「……うん、まあそうだね。僕もよく分かんないけど、そう言われるとホントにすごい気がしてくるよ」
「だろ!?」
「うん」
快晴が目を輝かせて言うのを、嵐も同じような眼差しで輝石を掲げるファインとレインを見る。
「そして、それを未来の僕達がやる、と……悪くないね」
「それ、すごい悪役っぽい台詞だな」
「うるさーい」
快晴のツッコミに、嵐はまんざらでもなさそうに答えた。
そうこうしているうちに、白い霧は上昇しながらもゆらりゆらりと形を変えていく。やがてそれは一つの形へと完成された。
その形を見て、快晴も嵐も歓声を上げる。
「あれ!」
「もしかして!」
「カイセーもアラシも、彼の存在を知っているのですか?」
「世界が異なるのに存在を認知されているのか……さすがリィオスの一族だな」
「リィオス? あれってドラゴンじゃないの?」
「ドラゴン? いいえ、あの姿はこの世界の始祖たるリィオスの一族の……おそらくその長たるお方の姿だと思います。時を歪め、繋ぐという大事を表すなら、きっとあのお方ほど相応しい存在はないでしょう」
「そっかー僕らの世界じゃ、あの姿はドラゴンっていうすごく強い生き物のことを言うんだよ」
「世界が異なれば、姿は似ていても異なる存在というはあるのだろう。ああ……力が集結する。カイセー、アラシ、俺とプリムの側に来い。魔力の波が来るぞ」
二人の子どもは素直に頷いて、グレイとプリムローズの後ろに避難する。
それを見届けたわけではないのだろうが、その直後にドラゴン――こちらの世界ではリィオスという種族らしい――の姿が両翼を力強く羽ばたかせて、真上に向かって一直線に上昇する。その風圧のようなものが一気に5人に襲い掛かる。
5人の周りには透明のドーム状の壁が出来ており、誰も風圧に吹き飛ばされることはない。
「これ、プリムさんが使ってた結界?」
「はい。今回は私の力だけでは足りないので、グレイとユウリエも同じように結界を張っていますよ」
「へー、じゃあ僕たち、3つの結界に守られてるんだ」
「そうなりますね。ユウリエに守られるって、とても貴重なんですよ」
「そうなの?」
問われるように快晴が見上げるので、ユウリエは鷹揚に頷いた。
「まあね、基本私はあなた達に干渉しないものだから」
「なんで?」
「そういうものなの。ほら、会社でも社長があちこちなんでも首を突っ込んだら色々困るじゃない。そういうことなのよ」
「……うーん?」
「僕達、会社で働いたことないから分からないなぁ。でも、何となく、ユウリエさんがすっごい偉い人なんだって事は分かったけど」
「嵐は察しがいいわね。私はとっても偉い人の一員なのよ。……実際はその直属の部下ってのが正しい表現なんだけど」
「わっかんねー」
「いいの、分からなくても。さて、あちらは終わったみたいね。結界を解きましょうか」
ユウリエはにこりと笑うと、さっさと歩き出した。
嵐と快晴は、顔を見合わせてから、グレイとプリムローズを見る。二人は首を横に振った。
「俺達に聞くなよ。答えられん」
「複雑なんですよ、神々に連なる方々の構造は」
「へー、つまりは神様の部下ってことかな。まあいいや、僕達も行こっか」
「だなー」
あっさりと追求を放棄して、嵐も快晴もユウリエの後ろを追い掛ける。グレイとプリムローズもその後ろを歩き出した。
ファインとレインは何事かを語りながら上を見上げていた。
その表情は晴れやかで、同時に寂しげな何かも浮かべていた。そして、近付いてくる5人に気付くと、にっこりと笑う。その顔には既に寂しげなものは浮かんでいない。
ユウリエが誰よりも最初に2人の前に出ると、丁寧に頭を下げる。頭を下げたのは数秒のことで、ぎょっとして固まる一同を前に朗らかに告げた。
「お疲れ様、二人とも。よくぞこの大陸を救ってくれました。世界の一部としてお礼を言うわ。見返りとして、あなた達を無事に元の場所に送り届けることを約束しましょう。そして、最後の別れを紡ぐひとときを」
そうして手にする錫杖をゆるく降り上げる。
気付くと真っ白な世界だった場所が、端から崩れ始めていた。7人の周囲が結界の時のようにドーム状に包まれる。
「ありがと、ユウリエ。あとこれ、よろしくね」
「ええ、分かったわ」
レインが手にしていた石をユウリエに手渡した。ファインも同じくユウリエに石を手渡す。
それから、嵐はグレイの前に進み出る。ファインはプリムローズの前に。
そのまま、それぞれに短剣を差し出した。
「レイン、これは……」
「約束通り、これは君にあげるよ。国宝になってるみたいだけど、関係ないよね。元々僕らの物なんだからさ。それにこの輝石はもう力を失ってるから、本当にただの短剣なんだ」
「……いいのか?」
「いいんだって。あ、ジェードには説明しといてあげて。そうすれば国宝を失った理由も適当にでっちあげてくれるでしょ」
「じゃないと、グレイとプリムが国宝ドロボーにされちゃうしなー」
「でも、私ももらっていいんですか?」
「もちろん、グレイにだけってのは不公平だろ? はい、プリム」
ぽんと気軽に手渡してくるファインに、プリムローズは感激に目を潤ませて大切そうに短剣を抱き締める。
一方のグレイは、差し出される短剣を複雑そうに見下ろすだけだ。受け取るための手が、動きそうで動かせないでいるようだった。
「グレイ?」とレインが首を傾げる。グレイは目線を短剣に下げたまま、ぽつりと呟いた。
「これで……本当に会えなくなるんだな」
「うん、そうだね」
あっさりと答えたレインを、グレイが見る。
背丈はほとんど変わらない2人の目線が真っ直ぐにぶつかり合った。レインが僅かに目を細めて言った。
「大きくなったよね、グレイ。数分前までは頭一つぶんは小さかった。でも、昔に出逢った君は僕より頭一つぶんは大きかった。なのに、今目の前にいる君は僕と同じくらいの背丈だ。滅茶苦茶だね、ホント。驚きっぱなしで、一生忘れられそうにもないくらいに」
「……そうか。過去に出逢ったお前は俺の事を知っていて、今出逢ったお前は俺の事を知らないという事態に、とても混乱している。恐らく一生混乱したままだ。忘れられそうにないからな」
「それは良かった。お互いにね」
「……かもしれないな」
そうして、グレイは一つ溜め息を吐くと、ゆっくりと短剣を受け取り、大切そうに懐にしまい込む。
嵐と快晴はそれを静かに見守っていた。
そんな二人に、レインとファインが目を向けた。
「嵐、快晴。僕達の役目はここで終わりだ。後のことは君達に任せるよ。過去の僕達がそうだったように」
「……うん、俺、頑張るからさ!」
頷いたのは、快晴だ。嵐は戸惑いの表情を浮かべて、未来の自分であるレインを見上げていた。
「大丈夫、いつだってお前は一人じゃないし、ちゃんと出来るさ」
ファインが明るく言い切って、隣にいるレインがそっと目線を逸らしていた。その目尻がやや赤くなっているところを見ると、照れているらしい。
その様子を見て、嵐は目を見開いてから――思わずといった風に笑った。
「あははっ、快晴に言われてちゃ僕もまだまだだね!」
「それどーゆー意味だよ!」
食ってかかる快晴に、嵐は笑いながら答える。
「そのまんま! そうだよね、未来の僕」
「……まあねー。言っとくけど、未来って言ってもたった5年だからね。まだ未成年だからね。そこんところ忘れないでよ」
「分かってるよ、未来の僕」
「俺にはわかんないんだけど」
むっつりと膨れる快晴に、ファインがぽんと頭を撫でた。
「安心しろ、俺もよく分かんねーよ。でも、嵐が楽しそうだし、いいんじゃね? あいつ、ぐちぐちと考えるのが好きだから、分かろうとしても無理。無駄」
「言い切っちゃったよ未来の俺……。でもまあ、確かにその通りかもなー」
呆れた快晴だったが、すぐに気を取り直したようだった。
そうしてひと段落がついたのを見て、レインがユウリエを見る。
「さて、そろそろ、かな」
「そうね」
「これでお別れなんですね、ファイン。レイン」
「うん、お別れだ。今までありがとう、プリム。グレイ」
「まあ、……元気でやれ」
「そっちもね。――じゃあね!」
名残惜しそうに見るグレイとプリムローズに軽く手を振ると、二人は背後に現れた白い竜巻の中に飛び込んで行った。
同時に、皆の目の前が白い靄に覆われ始める。
「それじゃ、あなた達も戻りましょうか」
「そだなー、ジェードに今あったこと、どう話そっか? 絶対飛び上がって驚くぜ!」
「そうだね。楽しみだよ」
「何言ってるの、あなた達が戻るのは、自分の家よ」
「……え?」
ユウリエの言葉に、快晴も嵐も目を丸くする。
「……え、何で?」
「あの世界におけるあなた達の役目は終わったのだもの、行く必要はないでしょう」
「なんだそれ!」
「もともと、世界と世界を行き来するのは良くないことなの。今回の1件は、世界にとって一大事だったから許されただけ。無理を重ねれば、それこそ今以上の歪みが生まれてしまい大変なことになってしまうわ」
「でもそうすると、ジェードとはもう会えないってこと?」
「残念だけどね」
「そんな……」
傍目にも分かるほどがっかりする二人に、プリムローズがそっと口添えをする。
「でもあの、言葉を伝えるだけでも……無理でしょうか……」
「言葉?」
「はい。言葉が無理ならせめて想いだけでも」
「想いね……ああ、それなら方法があるわ。手紙を届けてあげる」
「手紙?」
「そう、あなた達の想いを込めた手紙。筆も紙もなくてもいいわ。言葉をそのまま伝えてあげるから。その程度なら、まあいいでしょう」
快晴と嵐は顔を見合わせる。そして、頷き合った。
「それなら、頼むよ」
「ジェードに伝えてね」
「ええ、必ず。あと、そうだ。これはあなた達に渡しておくわ」
そう言うと、ユウリエの手には、先程レインとファインから渡された赤と青の輝石が手に握られていた。
「これ?」
「この石は5年後にあなた達とこの世界を繋ぐものよ。5年後に願いなさい。再びこの世界へ来ることを。そうすれば、もう一度この世界に来ることが出来るわ。もっとも、そこでその石の力はほぼ失われるでしょうけど……」
「そしたらきっと、短剣を作ってそこに石をはめ込めればいいんだよね。いつか出逢う、グレイとプリムさんのためにさ」
「……アラシ」
「そっかー、じゃあ、大切にするよ」
「はい、お願いしますね、カイセー。過去の私たちのために」
「任せて!」
「はい!」
「では、私達も帰還しましょう」
そう言うと、ユウリエは錫杖を緩く振り上げる。皆の視界が白い靄に完全に包まれて――
―――*―――
どすん、と尻に衝撃が来て、快晴も嵐も「いてっ」と声を上げたところで一気に空気が重くなった感覚に包まれた。
「え?」
「何だここ!?」
驚きで顔を見上げる二人の目に入り込んできたのは、雲一つない濃い青空と、視界を半分以上覆い尽くす勢いで生い茂る木々である。一拍遅れて蝉の甲高い鳴き声が聞こえてくる。
「……ねえ、快晴」
「何、嵐」
「僕、日本の夏がこんなに蒸し暑いものだって、すっかり忘れてたよ」
「あー分かる。空気ってこんなに重かったっけ。これが当たり前だったなんて、びっくりだよ」
「本当にね」
それから、しばらくの間二人でぼんやりと空を見上げていたのだが。
「……なあ、嵐」
「何、快晴」
「暑い」
「あー分かる。じゃ、さっさと帰ろうか。家に」
「そだなー。帰るか、家に」
「うん、家に帰ろう」
「そうそう、家に帰ろーぜ」
二人は同じ言葉を繰り返し、満面の笑みを浮かべながら、駆け足で山を下り始めていくのだった。