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16話 これぞラストステージ・前編

その道は、幾つもの色がぐちゃぐちゃに溶け合った異様なトンネル型をしていた。

快晴はぼんやりと壁を見つめてから、


「……タイムトンネルだ」


感動したように言った。すぐさま嵐が突っ込む。


「それ、見てるアニメがばればれだから」

「なんだよ、嵐だって見てるだろ! 去年の映画で泣いてたの知ってるんだぞ!」

「なっ、いつそんなの見たんだよ! 眼科行って診てもらったほうがいいんじゃない!?」

「俺、お前より視力は上だよ!」

「じゃあ幻でも見たんだね!」

「いや違うだろ、あれ絶対泣いてただろ!」

「涙は流してない!」


ぎゃあぎゃあと言い合う嵐と快晴を見ながら、グレイがぼそりと突っ込んだ。


「涙ぐんだことは否定しないのか……」

「ふふ、嵐は意外と涙もろいのですね。そういえば、レインもそうでしたね」

「そうだな。特に家族ものに弱いと言っていたか……両親を早くに亡くしたから、と」

「え?」

「それ、ほんと?」


それまでの言い合いをぴたりと止めて、嵐と快晴はグレイとプリムローズに向いた。


「レインって人、両親を亡くしてるの?」

「ああ、そう言っていた。全部自分のせいだと思っていた事や、強く後悔していたという事も」

「全部、自分のせい……」

「あの、でもさ、思っていたとかそう言い方をするって事は、レインって人は今はもう、そう思ってないんだよな?」


考え込む嵐に対して、快晴は身を乗り出すように尋ねる。

予想外に食いついてくる二人に戸惑うように、グレイは快晴の言葉に頷いた。


「そうだな。自分には味方がいるから、もう大丈夫らしい。彼の思考回路もよく分からない事が多かったが、俺が見る限り、もう自分を責めてはいないようだった」

「そっか……そうなんだ」

「? どうして快晴は嬉しそうなんだ?」

「え? だって……って、あれ? なんでだろ?」


首を傾げる快晴に、プリムローズはクスクスと笑った。


「ふふ、ヘンなカイセーですね。もしかして、グレイの感情を映しているのでしょうか?」

「俺は別に嬉しいとは思っていないぞ。レインも辛い過去があり、それを乗り越えていたのだなと思うくらいで……」

「ねえ、グレイさん。レインは、本当にそう思ってたのかな」

「アラシまで妙に突っ込んでくるな……そう思ってるのは嘘ではなかっただろう。ファインが嬉しそうにその話を聞いていたからな。ファインも精神感応の力があったから、嘘ならば感じ取れる」

「それに、レインにとっての味方というのは、きっと、ファインの事ですよ。話を聞いていて、すぐに分かりましたから。レインはとても照れ屋さんでしたから、素直に言えなかったんじゃないでしょうか」

「……ふーん」

「そんなに気になるような話だったか?」


グレイの言葉に、嵐は頷いた。


「だって、僕も両親いないから」

「アラシも?」

「それに、自分のせいだとか、味方とか、なんか……かぶり過ぎ。それってよくある事じゃないよね?」

「あたし達の世界では、わりとよくある話ですけど、二人の世界ではどうなんでしょうか」

「めったにないよ。……あ、道が終わる」


ぽっかりと丸い円を描いて、トンネルの出口が見えてくる。

嵐は快晴を見た。快晴は真一文字に口を結んで、じっと嵐を見ていた。その眼差しに浮かぶものを見て、小さく笑う。


「少しびっくりしただけだって。心配性だよね」

「……じゃあ、自分のせいじゃないって、言えるのかよ?」

「それは言えないよ」


そう答えてから、でも、と続けた。


「自分のせいだとも言わないから」

「……なら、いいや」


快晴はそれ以上言う事もなく、出口へと足を向けた。嵐もその横に並び、進んでいく。

二人の後ろに続きながら、グレイとプリムローズは顔を見合わせた。

今のやり取りを、二人は見た事があった。

それも300年前に。

二人にとって特別な二人が、出会って間もない頃に交わしたやり取りだった。


「……不思議だな」

「まるで、あの二人がそこにいたような気がします。彼らのほうがずっと幼いのに」


出口を潜り抜けると、一気に景色が変化した。

草木のまったく生えていない乾燥した大地と、その中にぽつりと聳え立つ二つの塔。その塔を囲うように集まっている魔物達。

魔物達は一定の距離以上は塔に近付けないようで、周囲にたむろしていた。だが、快晴や嵐の存在は分かっているようで、遠くからは明らかな威嚇の咆哮が方々から聞こえていた。

その数の多さに、快晴が口元を引き攣らせながら言った。


「うーわ。すんごい光景」

「世界の終末ってこういう光景なのかもね。ラスダンに来たって感じがひしひししてきたよ」

「前回の時より数が多いな……やはり魔法の力に引き寄せられたか」

「でも、この数を相手にしなくていいのは助かりますね。さすがに厳しいです」

「まったくだな。だが、300年分の魔力を一手に集めているだけあって、この場の魔力濃度の高さは尋常じゃない……俺達もあまり長居できそうにないぞ」

「ですね、肌がビリビリきてます」

「で、どうする二人とも。塔へ着いたが」


グレイの言葉に、嵐が左側の塔を指さして答えた。


「僕が左の塔へ入るよ」

「俺は右のほう。それぞれ呼んでるんだ」

「二人とも別々の塔か。ならば、俺とプリムローズも分かれたほうがいいな。俺はアラシに付こう。おまえはカイセーでいいな」

「はい、構いません。いいですか、カイセー?」

「えっ、も、もちろんだよ!」


傍目に分かるほど、快晴が喜ぶのが分かる。

そんな快晴を、嵐は複雑な表情で見ていた。そしてポツリと小さく呟く。


「まさか、快晴のほうが先に春が来るなんてね……」

「おまえは初恋もまだなのか」

「……そこで初恋って言い切っちゃうあたり、なんか複雑な気分」

「つまり、まだなんだな」

「……」


渋い顔が答えなのだろう。グレイは小さく笑った。


「おまえは素直じゃないから、行動は分かりにくそうだな。想いは正直な言葉できちんと伝えろよ。でなければ、伝わるものも伝わらない」

「アドバイス、どーも。その時が来たら活用させてもらうよ」

「それじゃ、さっさと塔に入って、儀式をやって、世界を救う勇者になろー!」

「はい!」


嵐とグレイの会話は聞いていなかったらしい、気合いいっぱいの快晴とプリムローズに、嵐は苦笑した。


「やる気満々だね」

「そりゃそーだろ、ラスダンのラスボスに挑むんだからさ! 興奮するって!」

「……ラスダンのラスボスかぁ。うん、確かにここで興奮しなきゃおかしいよね。僕の人生目標も泣くよね。よし、僕も気合い入れて行くよ!」

「アラシ、その調子ですよ!」

「いや、そこまでしなくてもいいんじゃないか?」

「いやいや、ここでノリに乗っておかなくていつ乗るんだ!? って事だよ」

「ノリなのか……」

「もう、グレイは深く突っ込まないでください!」

「おー!」

「おおー!」


子供二人で気合いを入れると、それぞれの向かう塔に向き直った。その後ろに、双子の二人が並ぶ。


「行くぞー!」


そして、快晴の掛け声と共に、4人は一斉に走り出した。




―――*―――




「本当に何もないなぁ」


塔の中へ足を踏み入れた嵐は、感心したように言った。

そこはがらんどうとしたただの空間だ。壁に描かれた幾何学模様がいささか奇妙ではあるが、それとてただのラクガキだと思えば、どこにでもある煉瓦造りの建物でしかない。しかも部屋も階段もない、用途がいっさい不明の怪しい建物である。

そして、窓もないのに埃っぽい。嵐は何度か咳き込んだ。

後ろに続くグレイが、当たり前だ、と続けた。


「塔自体は何の変哲もない建物だ。魔力を留めているのはこの壁に描かれた魔法の文字列になるからな。今も、嵐が中に入ってから魔法が目まぐるしく動き出しているぞ」

「この模様が塔の力の源? すご。やっぱ魔法ってすごすぎ」

「ここまで精密かつ高度な文字列を並べるのは俺やプリムローズの力では無理だ。ユウリエがいなければ完成はなかった。……そう言えば、あいつ、儀式には間に合うようにまた姿を現すと言っていたが、とうとう来なかったな」

「あのおねーさん、そんなにすごい人だったんだ。人って見かけによらないよね」

「……本人に言うなよ」

「怒らせると怖いタイプかー」

「それも、絶対に本人は言うなよ……」

「肝に銘じておくよ」

「聞こえてるっての」


ユウリエの声が聞こえた、と思った途端に、周囲の景色が変わった。

煉瓦造りの壁に囲まれた塔の中ではなく、真っ白な霧に包まれた場所に立っていた。先ほどまでの埃っぽさもなくなっており、大きく息を吸っても咳き込む事はなさそうだった。

そんな中で、ユウリエが腰に手を当てて仁王立ちになっていた。


「まったく、あんた達はほんっとーに口が悪いというか、余計な事を言うのが好きね。怒られたければ怒ってあげるけど、どう?」

「いや遠慮する」


即答したグレイに、嵐は少し驚いてから、


「僕も遠慮させていただきます」


何故か敬語になって言った。

ユウリエは半眼になってしばし二人を見ていたが、やがて溜息をついて肩を落とすにとどめた。


「ま、今はいいわ。感動のご対面に水を差す事もないでしょうし」

「感動のご対面?」


オウム返しに尋ねる嵐には答えず、ユウリエはにこりと笑った。

そうしているうちに、快晴とプリムローズが後ろから現れた。ほっとして再会を喜ぶ一同に、ユウリエが両手をパンパン、と叩く。


「さ、全員到着ね。これで条件は全部揃ったわ。……さあ、始まるわよ」


ユウリエがそう言い終わるのとほぼ同時に。

白い世界に竜巻が巻き起こり始めた。いや、竜巻というのは正しい表現ではない。何故なら、その現象はまったく風を起こしていなかったからだ。白い渦巻が、まるで柱のように5人の前にまっすぐ立ち昇っている。

グレイが茫然と呟いた。


「これは……魔力の塊? まるで、塔を取り巻くものと同じ……」

「同じよ。ただし、二つ塔が貯めている魔力とは別の場所から持ってきた”塔の力”だけどね」

「どういう意味ですか? 塔はここにある二つしかないはずです。なのに、塔の力だなんて……ありえません」

「ふつうに考えればそうでしょうね。でも、ここはふつうの場所じゃないから」

「それは、どういう――」


「つまり、こういう事さ」


白い渦の中から、声が届いた。

その声が聞こえた瞬間、グレイはぱっと顔を上げて渦を見つめた。その目が大きく見開いている。


「今の、まさか……」

「じゃじゃーんっ、そのまさかだったりして」


震えるように呟くプリムローズの声に対して、別の声が届く。今度は陽気で明るい声に、嵐はおや、と首を傾げた。

その声が、誰かに似ているような気がしたのだ。

そして、嵐と同じように首を傾げてている快晴を見て、すぐに気付いた。快晴だ。今の声は、快晴に似ていたのだ。

声に主は、すぐに白い渦から姿を現した。勢いよく飛び出してきて、片方は上手に着地できずに数歩たたらを踏む。その腕を、もう一人がうまく掴んで支えた。

二人とも二十歳に届くかどうかの青年だった。その衣装は教会で見た白いローブ姿で、裾の長さは膝丈で、きちんとズボンもはいている。

そして、その姿は。


「……嵐だ」

「……快晴だ」


二人同時に呟いて、やはり同時に顔を見合わせた。

白い渦から出てきた二人の青年は、それぞれ、嵐と快晴にとてもよく似ていた。あと数年過ぎたらお互いにこんな風に成長するのではないか、と思うほどに。

不意に、嵐の脳裏に一文がよぎる。


”これを目にする君へ。どうかこのファイルは大切にとっておいて下さい。 未来の冒険者より”


その一文の意味と、自分達によく似た二人の青年。その欠片を繋ぎ合せる一つの仮説が、すぐに思い浮かぶ。


「未来の……冒険者って……まさか!」


嵐の上げた声に、二人の青年は笑った。


「やっぱ、嵐はすぐに気付くかー」

「そりゃそうでしょ。この状況ですぐに思いつかないほうがおかしいんだよ」

「ひでぇ。それ、絶対に俺の事言ってるだろ」

「へえ、そう思うって事は、心当たりがあるんだ?」

「……おまえなぁ」

「ま、そんな漫才は置いといて。ユウリエ、まずは無事に空間をつなげてくれてありがとう」


嵐によく似た青年が、ユウリエに向く。ユウリエは軽く肩をすくめた。


「ええ、大変な作業だったわよ。他の大陸に影響が及ばないように手回しするの、300年じゃ短かったくらいだわ」

「相変わらずスケールでけー」

「だね。ユウリエがいなかったら、この計画は絶対に成功しないんだろうな」


それから、と今度は快晴によく似た青年がプリムローズとグレイに向いた。

途端に、グレイの顔がこわばるのを、傍にいた嵐が気付いた。プリムローズは自分の事で手いっぱいだったのだろう、ひたすらに快晴によく似た青年を見つめるばかりである。

そして、その姿を快晴は面白くなさそうに見上げていた。明らかに嫉妬している。


(能天気の塊の快晴でも、人並みに嫉妬もするのか……)


かなりひどい事を思いつつ、やはり従兄弟で兄弟な相棒が嫉妬でキリキリしている姿は、それなりに同情したらしい。

嵐はそっと快晴の肩に手を置いた。その行動から悟ったのか、感応能力で読んだかは分からなかったが、ご愁傷様、と言いたい気持ちは正しく伝わったようで、快晴の眉間のしわが2本増える。

そんな二人のやり取りなど知らぬかのように、二人の青年は軽い足取りが近付いてくる。


「プリムとグレイ、久しぶり! 元気だった?」


快晴によく似た青年が、からりと笑いながら言うその姿は、まるで時間の隔たりなど存在しなかったかのようだった。

プリムローズは笑いながら、「はい」と頷いた。


「元気でした。ファインは、変わりませんね。300年の月日がないみたいです」

「あー……それは、まぁ、俺達にはないも同然だからね」

「どういう意味ですか?」

「うん、まぁ、いろいろあるって事」

「説明省かない! グレイも、いつまで固まってるつもり? 感動の再会なんだから、もうちょっと、こう、笑顔とか」

「無理だ」


真顔で即答するグレイに、嵐に似た青年は「やっぱり」と肩を落とした。だが、予想はしていたのだろう。

たいして落ち込んでいるようには見えなかった。


「そうだね、でも、また会えて嬉しいよ」

「……俺もだ、レイン」

「約束、ちゃんと果たすから。もう少し待っててくれる? とりあえず、本題に入るとするからさ」

「本題?」


グレイの言葉にレインは頷くと、ほとんど置いてけぼり状態にされていた嵐と快晴に向いた。

目を白黒させている快晴に対して、嵐は明らかに怒りを含んだ眼差しでレインを睨み付けていた。その眼差しに、レインは苦笑を浮かべた。


「まず、答えを先に言うけど、僕達は未来の君達だ。もう予想がついているだろうけどね」

「……」

「へ」


素っ頓狂な声をこぼした快晴の声は、見事にスルー。

「可哀相な俺……」と呟いたファインの声を拾ったものは、誰もいない。だがそれも仕方がない。突っ込み要員になりそうなグレイとプリムローズに至っては、声も出ないようで完全に石化している。

ユウリエは事情を把握しているのだろう。驚く素振りはないが、口を挟むつもりもないようだ。

眉間のしわをくっきり浮かべた嵐に、レインはさらに言葉を重ねる。


「証拠は? なんて野暮な事は言われないうちに、一つ予言するよ。家に戻ったらじーさんの説教が待ってる上におばさんの夕飯抜きをマジで実行されるから覚悟しておく事。ま、おじさんが温情でおにぎり差し入れてくれるけど」

「マジで!? なんでバレたんだよ!」

「愛好家に替え玉作戦は通用しないって事さ。じーさん、もうろくしてないからすぐに気付かれてはいおしまい」


軽く肩をすくめるレイン――こっちは未来の嵐だろう――に、快晴は頭を抱えた。

完全にレインの言葉を疑っていない快晴の姿に苛立ちを感じつつも、やはり嵐も夕飯抜き作戦には焦らざるをえない。育ちざかりなのである。

そこで、ふと気付く。祖父に壺を割った事がバレて夕飯抜き、ということは――


「僕達、帰れるんだ……」

「ああ、帰れる。もうすぐね。ファイル、ちゃんと手に入れてるよね? それ、5年後に使うから大切に保管しておくようにね」

「5年後? ……それじゃ、あんた達って、僕達の5年後の姿?」

「そのとーり。立派に大学生になってるよ」

「……えええっ、快晴って大学行けたの!? ありえない!」


素っ頓狂の声を上げる嵐に、レインは苦笑して、ファインは憮然とした顔になった。


「分かってた。分かってたけど……やっぱひでぇよ。何より、ここでまったくノーリアクションな自分が一番ショックだな」


ファインはそう言うと、ぐしゃぐしゃと快晴の頭を撫で回した。

きょとんとした顔でレインと嵐のやり取りを見ていた快晴が、唐突に自分に話を振られて、驚いている。

その顔は、なぜ自分が? というものだ。


「わわっ、なんだよ未来の俺!」

「死ぬ気で大学入試頑張れよ、過去の俺。嵐はまじスパルタだ」

「……スパルタ? 母さんよりも?」

「母さんなんかメじゃねぇよ」

「……俺、死ぬかも」

「それで死んでたら、今君の前にいる未来の快晴は、実はニセモノってことでいいのかな」

「「ちょ、俺を殺すなよ!」」


過去と今の快晴が同時に叫ぶ。そのやり取りを固唾をのんでみていたグレイが、はぁ、と大きく息を吐いた。


「で、お前達の本題とやらは、いつ入るんだ」

「うーわ、また突っ込まれた」

「歴史は回る、ってやつだね。以前は僕達にとっての未来の僕達だったけど。まあ、でなきゃ今この状況に持ってこれないんだけどさ。ええと、今現在、僕達は時間の狭間にいたりするわけ。過去と未来を、塔のめちゃくちゃな力とユウリエの特殊能力を使って繋いでるんだ」

「……」

「うん、快晴はほんっとーに分かりやすいよね。そのちんぷんかんぷんです! って顔」

「俺をいじめるなよ!」

「突っ込んであげないと可哀相だろ」

「誰がだ!」

「……僕達、大学生にもなってこんな漫才やってるの?」


ぽそりと心底癒そうに呟く嵐に、グレイはそっと耳打ちをした。


「いつものやり取りだ。……今のお前達もさして変わらないぞ」

「つまり、成長してないって事でしょそれ」

「……ああ、確かにそうだな」


グレイが嵐とレインを見比べてから、納得したように頷いた。嵐はがっくりと肩を落としたい気分になった。

と、そこでユウリエが呆れた声音で言った。


「二人とも、この状態は長く続かないわよ。さっさと済ませちゃってね」

「あ、そっか。じゃあとりあえず、嵐と快晴は短剣を出して。今から、塔の中に溜まった力をすべて解放して、大陸の魔力の流れを本来の姿に戻すから」

「大陸の魔力の流れ……?」

「実は今のこの大陸はさ、300年前よりももっと昔の時代に起きた事件によって、大きく歪められちゃってるらしいんだよね。そのせいで、数百年ごとに魔力が停滞して魔物がわんさか発生するという迷惑な事が起きるんだ」

「大昔の事件……」


この大陸の歴史を思い出そうとしているのか、プリムローズが難しい顔になる。

ユウリエは言った。


「500年より前、この大陸は一切の魔法が失われた時代が続いたのは知ってる?」

「あ、はい。一切の外からの干渉を許さず、閉ざされた時が千年くらい続いたていたとか。伝説みたいなものですよね?」

「そう、それ。実際にあったのよそういう時代がね。あの時も大陸は滅ぶ一歩手前で、ギリギリもとに戻ることができたんだけど、すべてってわけにはいかなかった。そのツケが、魔物の大量発生なの」

「で、それを正すには大陸を流れる魔力を上回る非常識な魔力が必要で、だから、離れた時間と時間を結び付けて、その衝撃力と300年貯めた魔力と、僕達がかき集めた魔力をぶつけようってわけ。その衝撃で、大陸の魔力の流れを動かすんだよ」

「い、意味がさっぱり分かんねー……」


目を白黒する快晴に、レインが苦笑した。


「快晴は理解する必要はないんだよ。あ、ちなみにこれは貶してるわけじゃなくて、本当に理解しなくても問題はないって意味ね。僕や快晴の仕事は、この知識を過去に持っていって、必要な場所や物をユウリエや教会の人達に作ってもらうこと。それも、ファイルに書いてあるからその通りに進めればいいんだ。簡単だろう?」

「……それじゃあ、そっちに行っても、結局は誰かのレールに乗せられるってことじゃないか。未来の僕は、それで満足してるわけ? 人生目標はどうなったのさ!」

「まーそれは、あれだよ。大人になると妥協というものに目覚めるという……」

「いいじゃん、ファイルに書いてる事さえ守ればあとは好きにしていーんだし、嵐、っつかレインなんだけどさ、そこに書いてないけどけっこー好き放題……むぐぐ」

「はい、ファインは余計な事は言わない! って事で二人ともそろそろ輝石を出してくれる? 用事を済ませちゃおう」


やはりよく分かっていない快晴はあっさりと石をレインに手渡す。やや渋る様子を見せたものの、嵐も石を差し出す。

その様子を、ファインは苦笑して見ていた。


「そう拗ねるなよな、嵐。これ、結構大切な役目なんだからさ。この大陸の人達の命が掛かってるんだぞ?」

「……」

「確か、病院で聞いたよな。魔物に足を引きちぎられた人。俺達がファイルの知識を過去に持っていく事でああいう人がなくなるんだ。それってすげー事だろ。すっげーいい事だろ」

「……まさか、未来の快晴に諭されるなんて思わなかったよ。でも、言う通りだと思う」


そう答える嵐の目には、もはや石を差し出す事を渋る様子は見られない。

レインは石を受け取ると、照れたように言った。


「こういう時、快晴のすごさを実感するよ。全然状況を分かってないくせに、本質はちゃんと理解してるんだからさ」

「うん、そうだね」


苦笑を浮かべながらも頷いた嵐に、不満を浮かべたのはファインと快晴だった。


「おまえって、ほんっとーに素直じゃないよな。ここはありがとうって一言で済むところだろ」

「まじ、意地っ張りすぎ」


そんな二人に、


「それが”嵐”なのでしょう」


ユウリエが肩を竦めながら言って、グレイもプリムローズも力強く頷くのだった。

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