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15話 二つの塔へ!


ファイルの冒頭はこう書かれている。


「これを目にする君へ。どうかこのファイルは大切にとっておいて下さい。 未来の冒険者より」


嵐はその一文を何度も何度も、――旅が再開されてから、ほとんど毎日読んでいる。

それこそ、声に出して読んでみたり、そのまま紙に書き写してみたり、ローマ字表記にしてみたり。だが、この文章の意味は分からないまま、時間は過ぎて行った。

セルトフォームを出て、3日。

今日も嵐は、ファイルの解読のためにファイルを開き、まるでそうすることがマナーであるかのように、最初に一文を読み上げた。

日本語で書かれたこれは、嵐と快晴しか読めない。のだが、ファイルの解読はほぼ嵐に一任されている。何故なら、快晴は活字を読むと30秒前後で眠りの国に旅立ってしまうからである。だから快晴は国語の成績がいつも2なんだ、と嵐は思っている。快晴は国語のテストの点数は平均点すら取れたことがない。体育は文句なしに5――もしかすると6も取れるのではないかと思うほど良いのに。

300年前の代物のファイルは、多少よれていてところどころシミができているが、手触りは悪くなかった。紙は時間の経過と共に劣化するものだが、その様子もない。これも魔法の力だろうかと感心しながら、中身を読み進めていく。

始めは、彼らが一番最初にこの世界に降り立つ場所――プリムローズとグレイの家の庭先での出来事からだ。湖のど真ん中に落ちるからファイルは防水性の袋に入れておくように、と黄色のマーカーが引いてある。それから数日後に魔物に襲われて家が燃えるから、荷物はまとめておくように、と。ただしこの段階では、彼らに「未来のことが分かる」ことを知られてはいけない。予言者として世に名前を広めるためには、始まりが派手であることが重要である、と。


「……この人達、最初から”世界を救うため”にこの世界に降り立ったんだ」


読み進めていけばいくほど、彼らがいかに計画的に物事を進めていったのかが分かってくる。

だが、どれだけ読み進めていっても、彼らが――”救いの者達”が何者であるか、という部分には一切触れていなかった。彼らが嵐と快晴と同じ地球から来た人間であることは確か。ファイルとパソコン打ちの文章があることから、時代もさほど離れていないのも確か。文章が嵐にも読める日本語であることから、日本人である可能性が高い。が、セルトフォームの看板は英語だった。では、日本語のできる外国人かもしれない。

そもそも、これだけ正確な予言ができる彼らは、何故それを文章にしたのだろう。そして、これを300年後の自分達に残したのだろう。初めの一文といい、グレイとプリムローズへのメッセージといい、明らかに彼らは自分達以外の人間がこのファイルを手にすることを前提にしている。

そして最初の一文の意味は? どうして過去の彼らが”未来の”冒険者なのだ?

どれだけ読み進めていっても、その謎に触れる文章はない。

だいたい、もう一度この世界に降り立つと宣言しておきながら、周到に準備しているすべてが彼ら自身のためではないものばかり。この矛盾は何なのか。


「うーん、謎が謎呼ぶなあ……頭痛くなってきた」


はあ、と大きく溜め息をついて、ファイルから目を離す。

それから、ついさっきジェードが教会本部から受け取ってきた荷物を見る。今は布に何重にも包まれたそれは、一番最初に嵐と快晴を”救いの者”ではないと判断した二振りの短剣だ。

次に、ポケットからは赤い石を取り出す。グレイから手渡されたものだ。300年前に”救いの者達”に特殊能力を授けた特別な石で、今は嵐に力をくれている。青い石もあり、そちらは快晴に力を与えている。この二種類が、”儀式”に必要な物だと記されていた。

それも、謎の一つだった。

儀式に必要な物は明記されていても、肝心の儀式はどのように行いどのような結果をもたらすのかが書かれていないからだ。ただ、その品々を持ってグレイとプリムローズと共に封印の塔へ赴くと、そこで儀式が行われると、深読みのしようがないほど簡単な一文で締めくくられている。


「嵐、まぁた頭悩ませてんの? それ、そんなに難しいこと書いてあるのか?」


ベッドの上でゴロゴロしていた快晴が、後ろから嵐の持つファイルを覗き込んだ。

嵐は小さく息を吐くと、ファイルとパタンと閉じてそれで快晴の顔をはたいた。ぺし、と軽い音と共に「いてっ」と呟いた快晴の顔が、後ろに引っ込んだ。


「その程度、痛くないでしょーが」

「痛くないけど痛いんだよ。ったくなんだよー俺に八つ当たり?」

「意味不明でーす。ファイルの解読を丸投げしたんだから、それくらい引き受けてよ」

「それ、なんかすごく理不尽なこと言われてる気がするんだけどさー、気のせいじゃないよな?」

「気のせいだよ、つまりは勘違い、杞憂、他人の空似、シーツを幽霊だと見間違えたのと同じ」

「え……、そ、そうか……?」

「おいカイセー納得するな。つーか、3つ目から意味がおかしいだろ」


頭痛を覚えるように額に手を当てながら、ジェードが突っ込んだ。

快晴が嵐を見るが、当の嵐はどこ吹く風で明後日の方角を見ていた。そこでようやく適当なことを言われたのだと理解した快晴は、半眼になって睨みつける。

嵐はちらりと横目で快晴を見てから、今度ははっきりと溜め息をついた。


「だってさ、こう、モヤモヤしっぱなしなんだよね。”救いの者達”の目的が、はっきりしてるけどハッキリしてないような感じ」

「意味不明でーす」

「快晴は僕の真似しないでくださーい」

「だって本当に意味分かんねーし。その人達の目的は世界を救うことだろ? 自分でそう言ったっていうんだから、それでいーじゃん」

「でも、」

「アラシは難しく考えすぎなんじゃないか? まあ、”救いの者達”に会ったことはないし、その予言の書も読めないオレには分からんだけかもしれないが」

「違うよ、嵐は気に入らないだけだよな」

「気に入らない? 何が?」

「理由が分からないこと。自分で決められないから、ムカつくんだろ?」

「……まあね」


嵐はふいっと快晴の視線から逸れるように、顔を背けた。おそらく、図星だったのだろう。その顔はわずかに赤い。

それを正確に理解したジェードは、再び頭痛を覚えるように額に手を当てた。


「こんなに理解できねぇガキはお前が初めてだ。異世界の人間だからか? それとも、お前だからか? ああ、答えは言わなくてもいいからな。どっちにしても疲れるだけだ」


明日は朝飯後すぐに出発するぞ、と言うと、ジェードは部屋を出て行った。

今回の旅は、野宿をすることなく順調に進んでいる。それはひとえに、グレイの転移魔法のおかげだった。転移魔法は魔力の制御がとても複雑のため、プリムローズには使えないらしい。彼女はとことん大技専門なのである。

ジェードの足音が聞こえなくなるのを待つように、嵐は手にしていたファイルをベッドの上に放り投げた。バサッと小さな音を立てて放り出されたそれを、快晴が拾った。


「そんなにカリカリするなって」

「カリカリしてない。イライラしてるだけだよ」

「……それ、変わんねーから」

「だいたい、僕達”救いの者達”の手のひらで踊らされてるようなものなんだよ。悔しくないわけ? RPGじゃあるまいし、決められたルートを通ってしかエンディングに辿り着けないなんてナシだよナシ! 主人公が僕達なら、僕達が全部決めて世界を救うべきだろ? そうじゃなきゃ僕の人生目標が泣くじゃないか!」

「本音ダダ漏れ……」

「何か言った?」

「ううん何も。……でもさ、俺、不満はないよ。大丈夫って分かってるし」


パラパラとファイルをめくりながら、快晴は呟く。嵐はじろりと半眼になって睨みつけた。


「それも快晴の力ってわけ?」

「半分はね。後の半分は……こんなもんかなーって」

「こんなもん?」

「うん、こんなもん。いつものことって気がする。……って嵐、その睨み方本気入ってるだろ」

「そうだね、今ちょっと本気でムカついた。それじゃあ僕達、いつも誰かに踊らされてるみたいじゃないか。そんなのだったら、今頃僕は爆発してるよ」

「そうじゃなくってさ。あーでも何て言えばいいんだろ? とりあえず、大丈夫だって。このまま進んでも、なるようになると思う」

「根拠のない太鼓判だね。ま、快晴はそれでいいんだけどさ」

「そうそう。ってことで寝ようぜー。明日は朝には出るんだろ? そろそろテレポートも使えなくなるってグレイさんが言ってたし」

「それだけ塔が近いってことかあ……それじゃ、寝ようか」

「そうそう、寝て起きれば美味しい朝ご飯が待ってるし」

「そこまで能天気にはなりたくない」

「ひっでー」


軽口をたたきながら二人はベッドに潜り込んだ。

そして数分も過ぎないうちに、規則正しい寝息が部屋に響き始めたのだった。




―――*―――




そこは、ひどく荒れ果てた場所だった。

風が吹いても何一つ揺れるものはない。大地を潤す水が流れる事もなければ、木々が緑豊かに生い茂ることもない。ただ、赤茶けた土埃が舞い上がっているだけの場所だった。

そんな大地の上には、二つの影がある。

細長くそびえたつそれは、塔だった。煉瓦造りのその塔は、ただ煉瓦を積み立てただけのもので窓もなく人が住んでいる様子もない。何の特徴もない作りの建物である。あえて言えば、外壁には幾何学模様がペイントされているのが特徴か。

じっと、その塔を見上げた。


「――呼んでいる」


無意識に呟いた声が、耳によく馴染んだ声と被った。横を見ると、そこにいたのは幼馴染みで従兄弟だった。

快晴は嵐を、嵐は快晴を見ると、少し驚いた顔を浮かべた。


「嵐も来たのか?」

「快晴も? それって――条件が揃ったってことなのかな」


ファイルに書かれていた”二振りの短剣”と”赤い石”と”青い石”に、グレイとプリムローズ。

確かに全てが揃っている。


「でも、まだ塔には到着してない……それとも、条件が揃えば自動でここに来るようになってたのかな……」

「短剣はあるし、そうかもな。あ、でもグレイさんとプリムさんはここにいないけど、いいのかなあ?」


そう言われて初めて、嵐は自分が短剣を握っていることに気付いた。

ついさっきまでは何も持っていなかったはずなのに。いやそれ以前に、眠る時は短剣は布にくるまれてテーブルの上に置いてあったはずなのに、どうして手に持っている?

嵐はもう一度周囲を見渡した。何もない荒野に、二つの塔がそびえたつだけの場所。

呼んでいる。塔は、快晴と嵐を呼んでいる。

とても強く。

嵐はじっと塔を見上げた。それはほとんど睨みつけているような表情で、隣に立つ快晴はその顔を見てから、小さく息を吐いた。


「嵐、入る気満々だな」

「勝手に心を読まない」

「読まなくたって分かるよ。俺も入る気満々だから」

「……さすが、幼馴染みの従兄弟」

「で? どうするんだ? どっちかの塔に入るのか?」

「うん……僕は左側の塔から呼ばれてる感じがするんだけど、快晴はどう? 左側? それとも右側の塔?」

「俺? 俺は右側。そろそろアラーム音も最大になりそうな感じだな」

「やっぱりバラバラなんだ。2つあるからそうかなって思ったけど。でも、いきなり一人で突撃もあれだしなあ。ファイルは肝心なことが書かれてないから厄介だよ」

「大丈夫だよ。塔の中は何にもないし」

「ああ、一度夢の中で、来たんだったっけ? んー……危険は、ないんだよね?」

「うん、ない」

「分かった」


嵐は頷いてから、快晴を見た。


「呼ばれている塔に入ってみよう。ここで考えたって始まらないし。そうでなきゃ、」

「名前のごとく生きるって目標が泣くもんな!」

「もちろん!」


お互いの顔を見合わせてから、二人は歩き出した。

嵐は左側の塔へ。快晴は右側の塔へ。手にはそれぞれの短剣があり、輝石も揃っている。グレイとプリムローズは”夢の中”にこそいないが、現実にはすぐそばにいる。

二人は塔の前に辿り着くと、同じタイミングでドアを開かれて、足を踏み入れた。

その途端。


『やっぱり来たね。でもまだ早い。出直しておいで』

『合言葉は、”揃った”だからな! ちゃんと言えよ!』


声が聞こえるのと同時に、ばちん、と二人同時に弾き飛ばされた。


「うっわ!」

「わぁっ!」


前面から突き飛ばされて落下する感覚に、嵐と快晴は飛び起きた。

そして慌てて周囲を見渡す。そこは、昨日の夜に寝るために潜り込んだベッドで、目の前に広がるのは宿屋の部屋だ。嵐は咄嗟にテーブルへと目を向けると、置いたままの短剣はちゃんとその場に鎮座していた。

布が外された様子も、動かされた様子もない。

嵐はぐるりと部屋を見回してから、大きく息を吐いた。それは、がっかり感が存分に込められた溜息だった。


「……門前払いされた」

「え、今の門前払いなの?」


ぽつりと呟いた言葉を、快晴が拾う。嵐はちらりと快晴を見てから、大きく頷いた。


「そうだよ、あれは門前払い。準備が整っていないから入るなっていうね。声も言ってただろ、まだ早い、って」

「うん。……でもあれ、どっかで聞いたことがある声だったなあ」

「そう?」

「うん。でも誰だったっけ」

「まあどっちでもいいけど。それにしても、合言葉ってなんだよって感じだなあ。”揃った”ってまんま」

「うーん……」


快晴はすっかり考え込み始めたらしく、嵐の話を聞いていないようだった。仕方がないので、嵐はベッドから降りて短剣のそばに近寄った。

しゅるりと布を解くと、鋭利な刃がきらりと鈍く光る。300年前の短剣だが、今も切れ味は現役らしい。神の遺物と言われるゆえんだ。

嵐は刃の部分で怪我をしないように気をつけつつ、じっくりと短剣を眺めた。

夢の中で、嵐も快晴も短剣を握っていた。塔に入るために必要なものは、嵐自身と快晴、この短剣と石とプリムローズとグレイ。あの場に足りなかったのはプリムローズとグレイの二人か。ああ、そういえば石もあの場に持っていなかったような気がする。それはどうしてだったのだろう。

鞄に入ったままの赤い石は、確認するとやはりそのままだ。


「あー、考えてもわかんねーし、もういいやっ」


ベッドから飛び降りて快晴が嵐に近付いた。そして、嵐が赤い石を手にしているのを見て、「あ」と声を上げる。

そして、慌てて自分の鞄から青い石を取り出した。


「やっべ、忘れてた」

「何を?」

「なあ、嵐、この石、おまえの物なんだよ」

「は?」

「えーっとほら、魔法使いのおねーさんに言われたじゃん、この青い石は嵐のものだって」

「そう……だっけ」

「そうだよ! いつか嵐に返してねって言ってたじゃん!」


嵐は首を傾げた。そう言われればそんなことを言われたような気がしてくる。

それから、ふと思いついた。


「ああ、だから昨日の夢の時、石を持ってなかったのかな」

「? そうだっけ」

「ほら、塔に行くためには剣と石とプリムさんとグレイさんが必要って言ってただろ。剣は机の上にあったけど、石は僕らがそれぞれ逆の色の石を持ってたからダメだったのかも」

「ああ、そっか。じゃあ交換しとく?」

「しとこっか」


はい、と二人は石を交換しあった。

青い石は嵐の手に、赤い石は快晴の手に、それぞれすっぽりと収まる。だが、石を見下ろす二人は、ややがっかりした顔になった。


「やっぱ何にも起こらないな」

「だね。勇者に必須アイテムってのは、手に入ったら何らかの奇跡を起こしてこそ、なのにね」

「前もそれ言ってたな、嵐」

「だってさ、僕達に必要な曰くつきのアイテムだって、もったいぶって渡されるんだよ? だったら期待に釣り合うだけの反応起こしてくれたっていーじゃん」

「なんか、アイテムにすっげー理不尽なこと押し付けてる感じが……」

「なんだよ、快晴は思わないわけ?」

「……ごめん、アイテムさん。ちょっと思ってました」

「でしょ?」

「うん」

「おまえら、一体何の会話してる」


ドアを開けると同時に顔をのぞかせたジェードが、呆れ半分の表情で言った。


「部屋に入る時はノックをしましょうね、ジェード。礼儀の基本ですよ」

「こいつらが寝坊助すぎるんだろ。もう朝飯すぐに出発だと伝えてあっただろうが」


ジェードに続いて顔を覗かせたのは、プリムローズだ。その後ろには、グレイも続いている。

皆、すでに荷物はまとめて手にしていた。どうやら準備が出来ていないのは嵐と快晴だけのようだった。


「急げ、二人とも。出立が遅れると、目的地に時間までにたどり着けなくなる」

「え、そんなに切羽詰ってるの?」

「このあたりまで来ると、昼にしか転移魔法は使えないんだ。夜に魔法を使えば、魔物達に居場所を知らせるだけでいい事はない。魔物の動きが鈍い昼に、行けるところまで行かないと」

「それに、カイセーが言ったんですよ。そろそろ塔も限界を迎える、と」

「あー、そっか」

「危機感薄すぎるだろーが」


コツン、と軽く拳で頭を叩かれて、快晴は「ごめん」と素直に謝った。


「あとどれくらいで着く予定だっけ」

「早くて3日だな」

「……あと3日かぁ。ちゃんと生身で塔に着けば、今度は変化あるかな」

「今度は?」


嵐の言葉を聞きとがめたジェードが尋ねた。


「俺達、夢で塔に行ってたんだよ。でも、まだ早いって追い返されたんだ」

「夢で? 以前に快晴が塔の夢を見たってのと同じ現象か」

「うん、たぶん。そういえば、合言葉を言えって言われたけど、ジェード知ってる?」

「合言葉?」


ジェードは記憶を探るように考え込んだが、すぐに首を横に振った。


「教会にはそんな話は伝わってねぇな。塔を作ったのも作動させたのも”救いの者達”だっていう程度だ。合言葉が分からないとだめなのか?」

「ああ、それは大丈夫なんだ。夢の中の塔に入った時、教えてもらったから」

「教えてもらった? 塔には人がいるのか!?」

「え、いや、ちゃんと入れなかったから、よく分からないよ。追い返された感じだったし」

「その時に、”揃った”ってちゃんと言えよ、って言われたんだよな」

「うんそう。”揃った”だね。間違えようもないくらい簡単な――」


快晴の言葉に、嵐が同意しようと頷きかけた時。


パァァッ


何の前触れもなく、短剣の飾り石と、嵐と快晴が手にしていた石がまばゆい光を放ち始めた。

皆が一様に驚き、快晴は条件反射のように手にしていた石をベッドに向かって放り投げた。


「わっ、わっ、わっ、なんだよこれ!」

「バカッ、投げるなよ快晴! 割れたらどうするつもり!?」

「ごめん、つい。でもちゃんとベッドに向かって投げたぞ? 考えてるだろ?」

「投げた時点でアウトだよ!」

「なんでもいいから拾えよ、カイセー」

「あ、うん。分かった。……でも、なんで急に光り始めたんだろ。どういう仕組みしてんだ?」


ジェードに促されて、快晴は慌てて赤い石を拾う。その間も石は光を放っており、嵐はじっくりと青い石を見つめていた。

グレイとプリムローズも、驚きを浮かべつつ交互に光る石を見つめていた。

が、ふと気付いたように二人同時に顔を上げた。


「――この感覚。もしかして」

「ああ、おそらくそうだろう」


二人は顔を見合わせると、確信を得たように頷き合った。

そして、嵐と快晴を見た。


「アラシ、カイセー。今、この場に大きな魔法が組み立てられています。その石の輝きは、その魔法が発動する時の現象です」

「魔法?」

「何の魔法かわかるか?」


ジェードがすばやく訪ねて、グレイが答えた。


「大規模な転移魔法だ。それも、俺の転移魔法のように空間を弄って距離を縮めるなんて易しいものじゃない。異空間を作って道を作ろうとしている」

「空間を作り出すって……次元が違う話だな。そんな魔法が存在するなんざ、聞いたこともねぇぞ」

「当然です。魔族でも最上級位くらいにいないと出来ない技なんですよ。あたしとグレイが力を合わせたって不可能です」

「すごいなー。で、どこに続く道?」


不思議そうに聞いた快晴に、一瞬だけ嵐もジェードもプリムローズもグレイも黙り込んだ。

一番最初に口を開いたのは、嵐だった。


「それを聞くわけ? 空気が読めないにもほどがあるよ」

「空気じゃなくて状況が読めてないんだろ。あのな、カイセー。今の状況の始まりは何だった?」

「ええ? 俺達が寝坊したっぽい事?」

「巻き戻りすぎだ。てめぇが合言葉を言ったからだろうが! ”揃った”なんだろ? 短剣も石もグレイもプリムローズも揃ってる状況でそれを言ったから、転移魔法が発動したんだよ。塔に続く道がな!」

「へー……って、ええー!」

「理解するの遅すぎ。って事は、その道を行けば塔まで一直線って事だよね……安全な道だといいんだけど」

「大丈夫、あたしとグレイが一緒にいますから、絶対に二人は守ります」

「そっか、グレイとプリムローズも一緒じゃないといけないんだよね。あれ? だったらジェードは?」


4人の視線が一斉にジェードに向いて、ジェードは少し考え込んだ。

だが、すぐに結論は出たようだった。


「一緒に行って、見届けたいが……俺は条件に含まれていない。異分子がいて問題が起こるのも困るからな。ここに残る事にするさ」


小さく肩を竦めながら、そう言う。プリムローズが不安そうに言った。


「いいんですか? ここまで一緒に来たのに」

「構わないぜ。ま、全部終わったら報告に来てくれればありがたいんだが……ってか、報告しろよおまえら。それ以前に、アラシとカイセーに渡した短剣は、国宝モノだぞ? 返せよ? 壊したりなくしたりしたら、弁償どころじゃなくなるんだからな」


分かったな、と念押しするジェードに、嵐と快晴は顔を見合わせた。

それから、嬉しそうに頷いた。


「ジェードって照れ屋だよね。無事戻って来いよ、って素直に言えないんだ」

「は?」

「こういう展開、やっぱグッとくるよな! 生きて戻らなくちゃって気になる」

「おい」

「待ってよ快晴。僕、別に死地に行くつもりはないんだけど」

「ノリだろ、ノリ。盛り上がっていーじゃん」

「おまえらな」

「でもさ、本音を言えばこういう別れは、綺麗なおねーさん相手が良かったな」

「無視すんな」

「嵐、それは贅沢な注文だ」

「え、じゃああたしはどうですか? 綺麗なお姉さんですよっ」

「グレイもプリムローズも一緒になってんじゃねぇよ!」

「プリムローズ、自分で言うな」

「ひどいですっ!」

「え、でもプリムローズは綺麗だよな。な、嵐」

「……へー」

「な、なんだよ嵐。その目は!」

「いや? そういう事なのかなーって思っただけ」

「そうだったのか、カイセー。……物好きだな」

「え? え? 何の話ですか?」

「っだぁぁ! てめぇら人の話を聞け!」


爆発したように叫ぶジェードに、4人は照れ笑いを浮かべていた。


「だって」

「ねぇ?」

「そうだな」

「そうですね!」

「だーかーら!」


「ジェード、ありがとう」


嵐と快晴の言葉が綺麗に重なった。と、同時に、石から放たれる光がさらに強くなり、ジェードはとっさに目を瞑った。

光は数秒間ジェードの視界を奪い、次に目を開いた時は、がらんとした部屋が広がるだけだった。

ついさっきまで軽口をたたいていた4人は、もう、いなかった。

ジェードはしばし何もない場所を睨み付けてから――


「本当に、無事に戻れよ、バカ共」


そう、小さく呟くのだった。


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