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11話 間幕


パサパサッ


軽快な羽音をたてて、白い小鳥が空へと飛び立った。

その小さな姿が消えるまで眺めてから、ジェードは感心したように振り向いた。その先にいるのは、グレイだ。

ジェードの背中は傷はもう治っているらしく、その動きに不審なところはない。


「器用だな。魔術で鳥が作りだせるなんざ。プリムローズも出来るのか?」

「いや、出来ない。プリムローズは魔術の威力はあるが制御は壊滅的だ。結界が物理的に作用するだろ? 普通なら考えられないことだが、あいつはそれを可能としてしまえる。逆に、俺は威力は劣るが、制御は問題ない」

「ふーん? ま、適材適所でいいんじゃねぇか? 二人揃って魔術の才能があるだけじゃ芸もねぇしな」

「芸……そういう問題か?」

「そういう問題なんだよ」

「……そういう問題なのか」


ジェードがきっぱり答えて、グレイは考え込んだ。その様を苦笑気味に見て、ジェードは踵を返す。


「まぁ何にせよ、これでオーシャン様に手早く色んなことが報告できるんだ。感謝するぜ」

「あ、ああ……」

「じゃあ宿に戻るか。腹減ったって、ガキ共がうるさく騒いでそうだ」


ジェードの言葉に、グレイは戸惑いを浮かべていたが、大人しく後に従った。




―――*―――




「報告は以上です」


一通りの報告を済ませ、右手の手袋にサクラの模様を持つ細身の男は、深く頭を垂れた。

男が膝をつく先にいる老齢の男が、ぎしり、と深く腰掛けている椅子を軋ませ、大きく溜め息を吐く。


「任務は失敗――かと思えば、それ以上の悪い知らせを持ち帰る、か。……それにしても、魔族の娘と、魔物を統べる存在か。”救いの者達”を傍で支えた”双璧”の魔族を匂わせるな」

「”双璧”の魔族?」


オウム返しに言葉をこぼした男に、老齢の男は冷めた眼差しを向けた。

慌ててもう一度頭を深く垂れた男に、老齢の男は叱責を向けるのではなく、手近な本を手に取って、ページをめくる。


「お前は知らぬか。”双璧”の魔族を」

「……は。申し訳ございません」

「サクラにすら、伝えられていないということだな。魔族が教会に深く関わっているなど、醜聞でしかないということか。つくづく人間の愚かさを思い知らされる」


忌々しそうに言った言葉に、返す言葉があった。


「教会としては賢明なる策、とわたくしは判断いたしますよ」


老齢の男が驚きに顔を上げる時には、膝をついていた男はすでに姿はなくなっていた。

かわりに現れたのは、老齢の男と年は変わらない同じ老齢の男である。


「ミストレインか」

「このような場所で密談とは、大胆というか、浅はかというか……あなたの場合は前者なのでしょうね。ルーゲンヴァッフ卿」

「よく分かったな。人払いの術を掛けていたはずだが」

「だからこそ、気付いたのですよ。人気の少ない書架の部屋に人払いの術。一見すれば些細な、けれど、やはり常と違う空気は生まれます」


ミストレインは淡く笑いながら、ルーゲンヴァッフの向かい側に腰を下ろした。

ルーゲンヴァッフは無感動な眼差しを向け、皮肉を口にする。


「それだけの違和感でここを嗅ぎつけるのだから、サクラよりよほど優秀だ。いっそ転属したらどうだ」

「お褒めにいただき、光栄です。さて、本題といきましょうか。ルーゲンヴァッフ卿、あの子供達に刺客を差し向けるのはやめていただきたい」

「何故だ」

「……否定もしませんか」

「一刻も早い”救いの者達”の召喚を成功させねばならんのだ。なりふりなど構っていられん。儀式はあれ以来失敗続き。原因は、あの失敗共にあると考えても不思議はあるまい?」

「いいえ、違います」

「違う?」

「あなたは見誤っておられる。あの子らは、間違いで呼ばれたのでは、ないのです」


ミストレインの言葉に、ルーゲンヴァッフは目を見開いた。

そんな彼の前に、ミストレインは一枚の紙きれを差し出した。今朝方、魔法で作り出されただろう鳥が運んできたジェードの報告書である。その紙切れに目を通したルーゲンヴァッフは、手にしていた本を、取り落とした。


「――あの子供らが、本物の”救いの者達”である、だと……?」


クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは呟いた。

脳裏に蘇るのは、二人の子供だ。片方は気の強そうな少年で、片方は元気の溢れた少年だった。

予言書の通りに魔法陣を組み上げ、その魔法陣によって招かれた子供達。だが、かつて”救いの者達”が振るったという二振りの剣は、彼らにまったく反応しなかった。だから、クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフはあの二人を”救いの者達”ではないと判断した。

だが、目の前に座るオーシャン・ミストレインは言う。

彼らは、本物の”救いの者達”であると。伝説の”双璧の魔族”が、あの少年達をそうであると認めたと。


「そんな馬鹿なッ」


オーシャン・ミストレインから見せられた報告書を読んで、真っ先に飛び出た言葉は、動揺を含んでいた。

だが、激昂するクランノヴィエル・ルーゲンヴァッフに、オーシャン・ミストレインは物静かな眼差しを返すだけ。その落ち着いた態度がひどく癇に障って、クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは渡された紙切れを、彼の目の前で破り捨てた。


「宝具はまったく反応しなかった! ”双璧の魔族”が本物である確証は何一つないこの状況で、あの子供達が真の”救いの者達”であると何故言える! そもそも、その報告書は貴様の子飼いが知らせたもの。私がそれを信じるわけがない」

「……では、わたくしはお聞きします。一体何故、あの剣をもって”救いの者達”か否かを判じるのです? いえ、何故あの剣が”救いの者達”を判断するのだと思われるのです?」

「何だと?」

「二振りの剣は、”救いの者達”が我ら教会に託した宝具なのは、確かです。彼らはこう残している。再び我らが戻りし時は、その剣を返還せよ、と。だが、決してその剣が”救いの者達”を証明する物であるとは言っていません」

「……馬鹿なことを。返還せよ、とは即ち、それが”救いの者達”にとって必要であるということ。ましてや、剣は”救いの者達”にとっての唯一の武具だったはずだ」

「だから、その武具が示すことこそが、真実と? ……残念ながら、その”宝具”はそれ自体に何の意味もございません。何故なら、その宝具の力はとうに力を失っているのですから」

「何を馬鹿な。何故そんなことが分か――」


唐突に、クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは、気がついた。

気がついた瞬間、時間が止まった、ような気がした。

クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは、紡ぐべき言葉を見出せなかった。ふとよぎった考えが馬鹿なことだと言い切るだけのことが出来なかった。

それは何故か?

目の前に平然とした顔で座っている男が、教会への謀反にも近しい言葉を吐いた男が、オーシャン・ミストレインだからだ。


「貴様……まさか……」


呟く声が、明らかに震えている。

オーシャン・ミストレインは表情を動かさずに、言葉を続けた。


「短剣そのものは、名工に造られただけあって、容易に生み出せない域の作品ではあったようですが……それでも、決して、その剣にはすでに”奇跡”は宿ってなどおりません」

「短剣を……調べたのか? 何故だ? いや、いつだ? おまえは、いつ、そんなことが……」

「召喚の儀式をした直後ですよ。あなたは、彼らから短剣を取り戻さずに放置したでしょう? わたくしは、それを受け取り、宝物庫に納める前に調べさせていただいたのです」


確かに、彼らが”救いの者達”ではないと知った後、短剣を取り戻しはしなかった。

釘だけは刺しておいたから、召喚に反対の意を唱えていたウォールフェアに見付かる前に戻すことになるだろうと、思っていた。それが、オーシャン・ミストレインの手に渡って、あまつさえ調べられていたとは。

教会に属する人間がやることではない。宝具を調べる――疑うことは、教会そのものを調べ、疑うことにも等しいからだ。

枢機卿であるオーシャン・ミストレインは、その行為を、行ったのだ。たとえ、”救いの者達”そのものが神ではなくとも、教会は、彼らを神と同列に扱っているにも関わらず。


「短剣は子供達を”救いの者達”と示さなかった。彼ら自身も、自らが”救いの者達”であるとは言わなかった。けれど、疑問も残っておりました。この短剣は、本当に真実の”救いの者達”を見出すものなのか? と」

「……貴様のしていることは、神への冒涜だ」

「”救いの者達”は、神ではありませんよ。あの短剣も、人の手が造り出した物です。わたくしは、神を信じ敬う心は尊重いたしますが、無闇に神を妄信する心は、手を差し伸べるにも値しないと思っています。……そう、これはあなたと同じ考えです」

「慈悲深きミストレイン枢機卿の言葉とは思えんな」

「お褒めの言葉と受け取りましょう」


精一杯の皮肉だったが、オーシャン・ミストレインは苦笑を浮かべるだけで流してしまった。

忌々しい、と胸中だけで呟くと、クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは乱暴に腰掛けた。ぎし、と椅子が軋みを立てる。内心は混乱の一歩手前だった。だが、醜態はもう見せられない。見せたくない。


「それで、宝具はただの短剣であることが証明されたわけか。だが、”双璧の魔族”のことはどうする。奴らが本物である証拠など」

「そればかりはわたくしも証明のしようがありませんね。けれど、あなたが放った刺客が、証明になるのではないでしょうか? 年のころなら17.8の少年と少女の姿をした、双子のごときよく似た風貌の魔族。その類いまれな魔術の実力も、文献通りです」

「片方は、魔物を統治する魔族だ」

「あれは逆ですよ。調べれば容易に分かることです。魔物を操る者が現れてから、街や村への被害は著しく減少しています。あなたも薄々と気付いていたのではないですか?」

「……」


とうとう返す言葉がなくなって、クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは黙り込んだ。

オーシャン・ミストレインはじっと彼を見つめていたが、やがて、言葉を続けた。


「かの子供達は、本当に”救いの者達”としてこの世界に降り立ったのではないでしょうか。ただ、本人達にその自覚がなかっただけで。……それは、この世界にとって、幸か不幸か、あなたはどちらを選びますか?」

「不幸だな。たとえ、あの子供達が本物だとしても、自身が”救いの者達”としての自覚もないようでは、どうあってもこの大陸は救われない」

「……現時点だけを見れば、そうでしょうね」

「何が言いたい」

「いえ、”救いの者達”の一人は、未来を見ることができる方だったはず、と思うだけです。現に、300年後に大陸が災厄に見舞われることも予見していた。もう一度、自分達がこの世界に降り立つことも予見しておきながら――この現状」

「未来を読み間違えたのではないのか。もしくは、何か不測の事態が起こったか……。どちらにしろ、”救いの者達”の予見した未来は外れた」

「そうでしょうか? わたくしは、そうは思っておりません。ジェードの報告書にあった言葉が気になるのです。”塔は子供達を呼んでいる”と。これは魔族の少年の言葉らしいのですが。それに、二人は共に特殊な力にも目覚めています。聞く限り、文献にある”救いの者達”とまったく同じ力です」

「”塔”……封印の塔か。かつて、”救いの者達”が魔物を封じた場所だな」

「”塔”は今も動いている。”双璧の魔族”らしき者達が現れ、子供達は”力”を発現させた。……まるで、着々と何かの準備を整えるように、物事が進んでいるように思えませんか?」

「……」

「偶然にも、彼らが目指す先はセルトフォームです。あの街は、”救いの者達”が一番最初に訪れた街でもありましょう」

「何でも結びつけるな。一番最初に訪れた場所だからと言って、何がある」

「”救いの者達”が遺した多くのものが、今もなお機能しているのはあの場所だけですよ。それにあの街は、魔物の被害によって一度は壊滅しています。その再建の時に、”救いの者達”が自ら設計に関わったのですよ。これで関係性を結びつけるなというのが無理でしょう」

「……」

「わたくしがその街を選んだのは偶然ですが、今となっては本当に偶然だったのか分からなくなります。あまりに事が流れるように進んでいる。なのでもう少し、様子を見るのも悪い手ではないと、わたくしは考えます」


そうして、オーシャン・ミストレンは無言のクランノヴィエル・ルーゲンヴァッフをその場に残して、部屋を出て行った。

結局のところ、刺客を差し向けるなと、そのひと言のためだけにこの場に現れたのだと、しばらくして、クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフはそう思い至り、深い溜息をついた。

そのために、神に背くに等しい行為をしたことを明かし、その上、相手が理解と納得するまで話し合う。何という回りくどく、非効率で、面倒なことをしているのだろう。


「あのお人好しめ……ッ」


クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは悪態をついたが、考えを改めざるを得ないことを、感じていた。

後は決断するだけだ。


「そこにいるな」

「はい」

「話も聞いていたな」

「……はい」


二度目の返答は、やや間があった。

彼は魔術に精通していることから、手袋にサクラの紋様を刺繍されている。先日も、子供達の抹殺を命じたが、邪魔が入って叶わなかった。その相手が魔族では、人間では太刀打ちできない。

その上、抹殺を図った対象は実は本物だったかもしれない、などという現状だ。信じられない、受け入れがたいと躊躇いが生じたところで責める気にもならない。

クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは続けた。


「では、計画の取消を命じる。……かわりに、奴らの行動を見張れ」

「はっ」

「万が一、子供達が”救いの者達”として無力な場合は……放置して良い」

「放置……ですか」

「そうだ。子供達が”救いの者達”ならば、殺したところで何も変わらないのだろう。奴らが失敗し、この大陸が今以上の災厄に覆われても、止める手立てなどないのだ。我々が手を下さずとも、どうせ、この大陸と共に死ぬだけだからな」

「承知いたしました」


そう答え、すぐに気配は掻き消えた。

クランノヴィエル・ルーゲンヴァッフは、眉間に深く皺を刻むしかなかった。


それは、ジェード達がコールイート山脈を越えた頃の、教会での一幕である。


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