失った者達
…なんだ?俺は今、横たわってる。村を目指していたはずなのに、なぜ…ああ、途中で視界が狂って、それで倒れて…。でも、不思議と心地は悪くない、どういうことだろう。
四肢を軽くではあるが力ませ、動作の間隔を確かめるが違和感はないようだ。いま真桜は横に寝ていて、そして身を包んでいるのはおそらく布団のような寝具だ。自分の置かれている状況はわからないが外敵からは比較的身を守れる安心した環境にいることは本能で感じる。
そして目を覚ますと、視界はうっすらと光る蝋燭を映した。ここは屋内…ならば近くに村があり、そこに倒れていた真桜を救出した人間は必ず立ち寄るはず。
「俺は…生きてて、村にいるのか」
近くに剣と道具類がまとめられ、何時間か倒れた後に寝ていたようだ。
身の安全を悟ったのか真桜は涙をこらえることができずに嗚咽を漏らす。
「良かったあ…俺はっ、生きてる…死んでなかった、…それだけで本当にうれしい…命がる、本当に、よかったよお…」
ファンタジーの世界などと一瞬浮かれたことはあった…でもそのあとの日本では起こりえない事象の連続は彼の精神を削り剃るには十分であった。だから、いまこうして生の実感に喜び、涙を流している。
所詮は大学生、危険とはほぼ無縁の安定した生活を送ることが当たり前だった。それと比較してこの世界はとても過酷で、たった一日でもあんなにいろいろなことが起きた。それも凶事しか訪れなかった。いままで自分は暖かい環境育ち、今こうしてその大切さが分かった。
一人、真桜が涙を拭いベッドを出ようとすると、突然扉が開かれ、中に一人の少女が入ってくる。銀色の髪、銀色の獣のような耳に狼のしっぽ、華奢でいて、パワーを兼ね備えた均整のとれた体躯でもどこか野性的な印象を。彼女はこちらを向くと、安堵した表情で言った。
「良かった、目を覚ましたのか」
よく通った声でこちらに微笑みかけてくれる。
「はい、君がここまで俺を運んでくれたんですか…?」
「ああ、そうだ…」
よくもこんな華奢な体でここまで…と言おうと思ったが、彼女は人に近いが獣の特徴も持ち合わせている、つまりは獣人…とでも呼称すればいいのか?人間と違って獣の特徴を持つということは力でも勝っている可能性が高い。
「ありがとうございます、本当に、助かりました」
「礼はいいよ…だって」
真桜が土下座の姿勢をとって礼を述べようとすると、彼女はそれを制止する。若干その時に声のトーンも下がったような気がする。
「私は、あんたの仲間を3人も、殺したんだから」
「は…え…?」
まるで顔を合わせられないという感じで獣人の少女は顔を真桜からそむける。いきなりの見ず知らずの少女からの独白で真桜は多少なりとも混乱はあったが、「落ち着いてきてほしい」、そう少女が嘆願してきたので沈黙を守る。
「私は、最初攻めてくる人間たちに対して群れを守ろうとして戦っていたのーーー」
ーーー人間たちは数が多く、私たち銀狼の一族だけじゃあ対抗しきれない、だからここらへん一帯の魔物と手を組んで、人間たちをそれぞれのテリトリーから追い返そう、そういう話になったの。それで連携を取り、戦闘の索敵を担う一族からの情報がもたらされて、それは進行してきた人間たちは分散して各方面に攻撃を仕掛けてくるという内容だった。
当然ここら辺は私たちの縄張りだから、反撃が重要だった。でも、自分たちから村の周辺に行くことはなかったし、夜にこちらのテリトリーに入ってきたもの以外には手を出さなかった。
でも、人間たちは私たちを放っては置かなかった。結局遅かれ早かれいつかはこうなって、大規模な戦闘がおこるのは必然だったのかもしれない…。
私はまだ未熟で、比較的に戦闘の少ない箇所へ行き、迎撃を仲間とともに実行した。その時に何人か殺した後に、新手の3人の人間がこちらに来て、ほとんどの仲間がやられ、途中にーーー
「あんたが戦闘に介入してきた」
真桜はあの場所には狼しかいなかったことを思い出し、いまいる獣人の少女を黙ってみた。
「でも、あの場所には狼しかいなかった、確かに一体ほかの狼とは違うのがいたけどーーーまさか」
ある一つの答えにたどり着くと再び彼女は話に戻る。
「それから私たちは分が悪くなり、途中一人の男があんたに言ったわね、火計のことを。その言葉を聞いて私たちは手勢を率いて撤退を余儀なくされた」
「まるで、あの銀色の狼が君だといいたい風に聞こえる」
「…そうよ、あんたたち人間がグレイウルフと呼んでいる狼の魔物、それが私の本性ーーーでも、もうそんなグレイウルフである私は、死んでしまった」
悲しげに蒼い瞳が伏せられ、風が窓に当たりぎしぎしと軋む音が間を制した。
「火計はなされてはいなかった、でも私たちの群れは人間たちと戦い、次第に蹂躙されていき、とうとう皆殺しにあった。その時に父が私にささげたのがこの姿にさせる祝福の光だった…」
「あの時、じゃあ彼らは囮にしか使われていなかったって…そういうことだよね…」
「だから、道端で倒れているあんたを見たときは本気で殺そう、一族の仇をーーーって思った。でも、あんたのおかげで火計の存在が明らかになり、私は間に合わなかった、けれど、父の死に、た、立ち会うことだけは、できた…」
彼女の声が揺れ、嗚咽とともに感情の翻弄が深い悲しみを溢れ出させる。本当は仇敵である人間をここまで生かして連れて行き、こう話すことさえ屈辱なはすなのだ。
俺は、自分ばかりがと思ってたことを深く後悔した。暴力的にすべてを一方的に蹂躙してゆく不条理は、昨日の禍からなにも救わなかった。
ーーー救いなんてなかった。
「でも、わたしは、あんただけは殺さないわ…だって筋違いだし、あんたの位置に私がいたとしたら、絶対に、有無を言わせずに助太刀にはいるもの。でも、これを計画した奴らだけは…奴らだけは、復讐しないと、死んでも死にきれない…ッ!!」
ぽろぽろと涙が溢れても拳を握り、がちがちと屈辱と無力さに怒り猛るその姿はどうしても自分とは重ならない、けれども失ったものの大きさを知った奇妙な共有感を感じた。
「君一人でいくのか…?」
「そうよ…たとえ命を散らせてでも、私はーーーー」
…ッ!!
その言葉を最後まで言わせるわけにはいかなかった。だからか、気が付けば手が出ていた。
頬を打つ乾いた音が辺りに響く。白く透き通った柔肌が赤くにじみ、乾いた涙の後を上塗りした。
「なんでそう死に急ぐような真似をするんだよ…」
「あんた…」
一瞬何がおきたか分からない、彼女はきょとんとして、ハッと気づく。
「復讐のために命を散らす、本当にそれでいいのかよ!」
「私は親を、一族の皆を殺された!」
「じゃあ君は親に死ねと言われたら死ぬのか!本当にそれで済むと思うのか!?」
「そ、それは…」
喧嘩のように聞こえたのか、どたどたと下から「なんだ、喧嘩か?」と同宿の人がざわめく。その様子に二人は間を置き、いったん頭を冷やすと互いに謝る。とりあえず彼女が死ににいくのは止めれたことを安心する。
「…確かに、仇を取らないと、報われない…それは、否定はしない。亡き者の怨嗟を晴らすには最善なのかもしれない…でも、それで君が無駄死ににいくというのは、違うんじゃないか…」
「…」
「君自身がその姿になったのだってせめて君を人種族の中に紛れ込ませて生きながらえるために親がくれたものーーーそうは思わない?」
「わかってる、でも…」
落ち着いて話せば彼女も話は理解しているようで、でも感情と同族の恨みが相まって納得ができないのだろう。
「それにーーー皆殺しにあうってことは、実行した人たちの中に何人か格上の実力を持つものがいた…そういうことだ。たかが火計の実行者は遠征みたいな形のはず」
「だったら、攻め落とすには数倍の戦力が必要なはずなんだ、罠や、地形把握、なによりその拠点で過ごしてきた感覚って武器が防衛側にはあるからね…」
ゲームで培ったような知識だけれど、彼女を説得するには効果はあったようだ。こちらの話をぽかんと聞いているあたり、意外とでも思っているのだろうか。
「俺も目の前で、見ず知らずの人だけど命の終える様を見た。でも、本来ならやる必要のない作戦だったんだよな…村やらが襲われているわけじゃないのなら」
納得なんてできなかった。
シーツを握る指に力が入り、一つのことを口にする。
「俺は、南に行こうと思う」
「南…か?」
「旅を続ければきっと情報だって集まるだろうし、それに」
「それに…?」
「言われたんだ、仙人みたいな、導師みたいな恰好をした女の人に。”南に行け”、この世界に来て何もわからない俺にあの人は道を示してくれたんだ」
「そう、なら私はあんたについていくわ」
「え…?」
突然の申し出に真桜が聞き返すと彼女はちょっとそっぽを向きながら言った。
「だって、命を無駄にするなって言ってくれたから。それに、知恵もまわりそうだし」
「本来なら仇と言ってもおかしくないんだよ?」
「別にいいわ。誰もいない旅なんて、つらいだけだから…」
照れ隠しに彼女がチラチラとこちらを見ながら咳払いをすると、
「レザリスよ、銀狼のレザリス」
「そういえばまだ名乗ってなかったね…俺は真桜、雨嶺、 真桜だ。好きに呼んでくれてかまわない」
ここに初めての旅の同行者が生まれた。失ったものは大きかった、でも新しく得たものの大きさを、二人はかみしめた。
ここまで書いたけど、まだプロローグみたいなものなんだよなあ…更新大丈夫かな…