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黎明のヴァリエッタ  作者: DK
赤の章【雨嶺戦記】
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邂逅

真桜が異世界で過ごした初めての夜は過ぎた。


たった数時間でいろいろなことがあったと思う。中でも人の死と対面したのが彼にとって一番衝撃的であったのは確かだ。生を受け、過ごしてきた長い時間があっという間に失われ、消えていく。


人に看取られるならまだしも、こんな野戦で死んだ者たちなどは誰にも死をいたたまれることなく存在を消失してしまう。


「儚い…儚すぎるよ…」


独り、歩く道は険しい。

誰もいない草原でただ一人、何も知らずに放たれた現代人の精神は疲労していた。命を張って闘ったし、朝から何も口にしていない。死ぬことはないだろうが、力が入らなかった。


障害物のない広大な平原のため風が吹きやすく、それも体温を奪ってゆくのだ。


(どうして俺はこんなところにいるのだろう)


(何か悪い事でもしたのか?)


(ああ、帰りたいよ…母さん、みんな…)


ふらりと、ふらりと揺れ、進むたびに視界がぶれ、自分は冷や汗が体から噴き出る。傍から見たらひとりの少年がふらふらと歩いているようにしか見えない。


音も立てず真桜はその場で倒れる。ぼんやりと黒く染まっていく意識の中で明けゆく空を、彼は見ていた。





沈みゆく月をぼんやりと見ながら、彼女は悲しみに打ちひしがれていた。わずか一夜にしてほとんどのものを失った彼女はかつての住居を後にし、独り広大な草原の真ん中で風に撫でられていた。


「…皆」


この姿ではほかの魔物と逢っても襲い掛かられてしまう。ここでかつての仲間が数匹生きていたとしたら、こうまで彼女の心が飢えることはなかった。


(さみしい)


誰もそばにいないなんて、今までの生活からしたら考えられなかった、それがこんな一夜にして奪われて…。視点が高いためか普段よりさらに広く視界を見渡せる。たどたどしい足取りで歩いてゆく。


「獣人、そういうことにしておけば、私は人間からもすぐに攻撃を受けることはないだろう…」


だが、本当にそれでいいのか…彼女の胸の内に燻る憎悪は悲しみと一転して襲い掛かってくる。一族の仇を、仇を討たなければ死んでも死にきれない。でも、それを一人で行うのはとても難しい。結局、私は無力なのだ。


薄明りの元道を進んでいくとすぐ前に人影が見えた。その人影は小さく、距離があるため細部はよくわからないがなにやら足取りが拙い。


こんな夜に一人で出歩く人間など、何かに襲われても命の保証はできないという危険のまえにわざわざ出てきた愚か者、そしてここら一帯を焼き払ったもの達の一人である可能性も高い。


脚に力をため、身を屈めて瞬発すると同時に地面を蹴る。狼の体の時以上に力が漲り、妻を立てて人影に襲い掛かるーーーーはずだった。


その人影は急に草むらの陰に倒れ、レザリスは思わず動きを止め、恐る恐る近づく。


罠ではないのかーーー疑心暗鬼に駆られ、嗅覚を頼りに接近する。が、特に不穏な匂いなどせず、結局倒れた人影の前に着いた。



「こいつは…」


目の前に倒れているのは人間の少年だった。それも少し前に命のやり取りをしていた若い少年。火計を行ったもの達と仲間であるのかはわからないが、記憶を掘り下げてみると別の男がこの少年に火計のことを説明して、私も火計のことを知ったのだ。…おそらくは彼はただただ男たちの状況を見捨てられずに介入しただけの存在なのだろう。


意識のない今なら楽に殺せる。だが、そんなことをしたら先ほどの闇討ちをかけてきた人間たちとなんら変わらないではないか。レザリスの心境は複雑であり、今一度倒れている少年に注意を向ける。


そういえば最後に顔を見たときは確か撤退するときに男を制止しようと必死に止めていた時の表情だった。急に戦闘に割って入ってきて終いには目の前で仲間を3人も倒された人間。皮肉なものだった。両者とも目の前でいろいろなものを失った者同士であるのだから…。


もうすぐ夜が完全に明けて朝が来る。


さまざまな葛藤を抱えたうえでレザリスが下した決断はとりあえず目の前の人間をーーー行き倒れている者を助けることだった。


ここで人間をこの人間を殺したとして、この人間も私たちが目の前で同胞を殺してしまっている。だから今は彼女は倒れている人間を担いだ。悲しみを抑え、筋違いの復讐からは何も生まれないと信じて。


「きっと父も母も、こんなことは望んじゃいない。ならばせめて、当事者を討つ。その時だけはみんなのために復讐者としてこの力を振るう、だから、今は人間を助けようと力を振るう私を。どうかお許しください…天よ」


レザリスは真桜を担いで、すぐ近くの村まで歩みだした。



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