ゆく果て
以外にも強敵たりえた3人の戦士たちを倒したあと、3匹の狼たちは急いでいた。敵を迎撃するという仕事を多くの犠牲を払って成し遂げたというのに、次に待っていたのは自分たちの大切なものたちに人間の魔の手が及ぶという、なんとも唐突な作戦の露出であった。この中で一番くらいの高いグレイウルフは内心不安になりながらも必死に走っていた。自らのテリトリーにいけばきっとみんなは生きていて、力を合わせて人間たちを退けるーーーそんな希望的観測がいまの彼女をひたすら駆り立てていた。
自分もなんとかしてやれたのだ、ならばきっと群れの長たる父、母らも無事に違いない。だから3匹の狼は何とかして急いでいた。風向きのせいで匂いが自らの後方から流れてくるため、テリトリーのことを匂いで察知はできない。
「にしてもあの人間…」
走っている最中にふと先ほど戦った人間を思い出す。漆黒の髪に瞳。あらゆることに迷って、あがいている者の眼…。戦いの最中にはたとえ迷いのもとがどんなことであってもそれを見せないようにしろ、そう彼女は父から教わった。
なのにあの人間はどういうことかその瞳に躊躇い、迷いをみせたまま戦場に割って入って、戦い、最終的に生きて残ったのだ。私たちが見逃した面もあるかもしれない、しかし、あのまま戦っていればどうなったのかはわからない。
「私は躊躇ってなんかいなかった…はずなのに」
やがて草原で人目にはつきにくい自然洞窟、滝のおかげで要塞となった我らのテリトリーならば、攻め入るにはそれなりの代償がいる、そして時間も、兵も。
攻めあぐねればあちこちで敵の陽動に嵌まった味方も戻ってくる、そして後ろから攻めるように押し立てれば、人間たちは降伏せざるを得ない。
私は知恵だけは回った。身体能力では父、母には劣るしかなかったが、この知恵のおかげでなんとか七光りと思われずに今を生きてきた。ならば私は知恵をもってこの敵を撃退する。
「我々は先に先行します、娘様はあとから追ってきてください」
「は、はい…」
私の足では肉体の強度、経験上で彼らに追い付けない。そして彼らも急ぎテリトリーに駆け付けたい…それゆえ、私に気を遣ったのだろう。こんな足手まとい、私は…まだ半人前にもなれていない。
群れのみんなと何度も駆け抜けた林を抜け、遊んだ原っぱを越える。そして水源の音が敏感な聴覚に響き、余計速度を上げ、とうとう滝までたどり着いた。だが、見張りの二匹の道士、迎撃に出たらしい数匹の狼が血祭りにあげられ、もはや息すらしていない。
「ま、間に合わなかったのか…!?」
まさか…そんなまさか…。
希望的観測を裏返したのか、やはり洞窟内部も屍がそこらじゅうに落ちていた。中には攻めてきたであろう人間たちの死体もけっして少ない量ではなかったが、それでも狼たちの奮戦ぶりは明らかだった。
「頼むから、父よ、母よ」
「どうか」
洞窟の最深部に差し掛かり、集会が開かれる広場を抜ける、そして私と両親の長くいた場所へ、帰ってきたのだ。
「あ、ああ…そんな…」
待っていたのはやはりおぞましい量の死体と死臭、果てた両親の姿であった。銀色の体毛には内皮にできた切り傷が激しく、あたりはほとんど血の海みたく床の色まで見えなかった。
「父…母…み、みんな」
「く…」
もぞもぞと動く影がパニックに陥りかけた娘の前に体を起こそうともがく。大きな体格に猛々しい牙、慎ましい銀毛、ーーー父がなんとか気力で起き上がろうとしているのだ。その事実だけでも彼女にとっては救いであり、希望でもあった。
「レ、レザリス…」
「父、生きていたのか…、よく、よく生きてて…」
父は首を横に振り、自らの生を否定する。生きていたかったが、今まで生きながらえているのは、母が父に生前かけた秘法が効力を発揮しているからまだ事切れずにいるのだと、愛娘ーーーレザリスに父は言った。
「すまない、娘よ…我はもう少し長く、母とともにお前と過ごしていたかったが、もう持たないらしい」
父が起きあげていた状態ごと横に倒れ、呼吸も荒くなってゆく。
「ふ、ふふ…そう悲しい顔をするな…まだ私は死ぬわけにはいかん…」
体を…どうか私の体を支えてくれ、最後にお前に授けなければならぬものがあるのだ…。
グレイウルフ視点でお届けします