直面
突然戦闘に介入した真桜であったが、初めてーーー、そう、本格的な命のやり取りをしたのは先ほどの一撃の刹那が初めてである。ゆえに何かいい策などは彼の頭には到底思いつかず、ただただ目の前の敵を討つことにしか打開策はなかった。
基礎体力などはやや上の部類であったが、実物をそれなりに触れているところを見ると、やや能力も向上しているのかーーーー。
「このおおおおおおおおっ」
前線で粘っているもう片方の男性に向かって駆け、横をフォローする形での立ち振る舞いになる。何事かと男性はこちらを一瞥したが、共闘者とわかるとすぐさま目の前の現実に対面する。男が使っているのは斧、それも柄の長い振り回して遠心力で断つタイプのもの。これでは一人で戦わせておくとオックスのようになりかねない。後方には魔術師も据え置き、辺りは草原、たとえ月明かりの夜でもそれなりに視界は優れ、際立った障害物もないため狼がきても立ち振る舞いできれば対処は困難ではないはず。
15匹いた狼は次第に数を減らしていき、6匹までになった。
「グルルルルルル…」
威嚇にも覇気がなくなり、野生のカンがすでに劣勢となりつつあることを告げているーーーように思えた。
(負けたくない、私たちにも生きる理由がある)
6匹を率いているうちの際立った銀色の毛並みをした一頭の狼がいた。彼らのうちではまだ生まれたばかりの一頭であり、今回の狩には教わるためについてきた身である。彼女は雌であるが、群れの上位に位置するグレイウルフの子であり、もしかしたら群れの長になりうる個体である。よもやルーキーとして臨んだ矢先にほとんどの仲間を失うなんて。怒りと悲しみがせめぎ合う心境が胸を打つ。
「君は…」
「細かい話はあとにしましょう、今はこの場を切り抜けないと…」
「そうだな…時期に本体がこの辺一帯の魔物を焼き払うだろう、それまでに俺たちはここを切り抜けて本体と合流する。突然ですまないが、君もきてくれ」
「(何か組織だったものがこの世界でも活動しているのか?だとしたらいまここでこの機会を失えば、情報を手に入れる機会を失う、ってことだ…なら、多少危険をおかしてでも、いく)」
無言の了解と受け取ったのか、彼は再び斬りかかっていく。
「よくも…よくもオックスをーーーーッ」
裂帛の気合で斧を打ち込む男のそばを護衛するかのように剣戟と魔法が飛び交う。つたない連携であることは狼たちには解っていたが、踏み込めるほどに乱れているわけではなく、後退して距離を取るほかない。
(それに、本体がこの辺を焼き尽くすということは)
彼女は攻撃を躱しながら、必死に思考を巡らせる。もしかしたら父が、母が、群れのみんなの命が、危ない。
「うううう…」
一匹のグレイウルフが突然低く、何かを語りかけるように声をあげる。
「くそ…仲間を呼ぶ気か…?」
「仲間…?」
俺には狼の言葉などわからない、ただ、それでも奴らの攻撃が止まったということはなにかをあの銀色のやつが仲間に語りかけている…。だが、そのうちこちらを威嚇するだけに留まっていた狼たちがこちらの攻撃をかまわずに特攻、一瞬にして距離がつめられる。
「なんだとッ」
「ちぃっ」
二人して奇襲に迎撃の形をとるが、警戒しすぎた…動きが急激すぎて不用意な状態から抜け出せない。振り放った剣は2匹の狼を討つことには成功するが、残った4匹の狼が魔術師めがけて飛び掛かりーーーーー、
「はっーーー」
「ああ」
「な…」
銀色の狼が彼女の喉元を引き裂き、魔術師風の女性はオックスと同じように刹那のうちに死んだ、ミスであることの自覚と、彼女の死は直結していて、同時に発生した事象に反応が追い付かない。
「お、おい…ネメア?」
ふらふらと近づき、男はネメアの屍のもとに参じた。だが、まだ戦闘中であることをわかっていた真桜はあわてて彼を止めに入るが、再び狼が彼の右手に音もなく飛び掛かった。
「ぐああああ…ッ、くうぅ…おのれ…」
利き手だったのか斧が彼の手を滑り落ち、正面から銀色の狼が彼を押し倒し、草陰に男が隠れた状態になる。
ぶち…
何かが切れた音がした。緑の草原にどす黒いものが流れていき、その場を汚した。あれは流してはいけないものだ、そう先生に教えられてきた俺は、あたりに急激に広がる死臭に顔をしかめた。
「おのれ…っ…があああああああああ」
男はそのまま喉元にめがけてきた狼の喉元に食らいつくと、そのまま引きちぎって死を迎えた。
「----!!!」
言葉が出ない、彼の死体を見たくはなかったが
一つだけいえた
俺は3人
一気に死なせてしまった
狼のうち3匹はとうに姿を消したおり、辺りには3つの人間の死体と数匹の狼の死体のみ残された。
喪失感とはこういうものだったのか。本来なら彼らは生きていて、本体と合流して任務を無事に遂行してから俺にこの世界のことを教えてもらえるように頼むつもりだったのに。命はあっけなかった。
「俺のせいではないけど…俺のせいではないけど…」
涙は流れなかった、でも喪失感だけはあり。
「こんな死に方、報われるのかよ…」
だが、いつまでもこうしているわけにもいかない、俺は剣をしまうと、3人の死体のもとに赴き、使えそうなものを抜いた。そして彼らの見開いた目を閉じてやると、死体を並べて、去って行った…。
夜盗のような後ろめたさに心を締め付けられながらも、歩みを止めない。俺は生きなくちゃいけない…だからせめて、これくらいのことなら、なんだって…。
土葬してやりたかったが、体力が持たない。ただそこだけが心残りのまま、村はもう少しの位置に見えていたーーー。
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暗い話ですけど