南へ…
真桜は草原を一人で横断していく。
コンパスがないため、方角などはまったくわからなかった。
だが、遠目に村らしきものが見えるため、ひたすらそこにむかって歩いているのだ。手持ちがこの得体のしれない剣のみ、あとは道中何か珍しいものが落ちていれば拾うかもしれない。それに…。
「あの賢者の人、鞘に小袋がついてるとおもったら、どうやらお金…みたいなものを入れてくれていたみたいだ」
何もわからぬ他人に、道まで示し、路銀までくれるなんて。今度会う機会があったらそれなりに礼をしなければいけない。
「でも剣を抜いてからひどく衰弱していたみたいだったし…また会えればいいが…」
そう思い、先ほどの間近で賢者の女性が見せた涙を、彼は思い出す。あれは後悔している者の見せる顔だ。
でも今はもう戻れない。考えるだけ、今の自分には理解できまいと、真桜は胸にその出来事をしまった。
途中、馬車などで通りかかる人などはあったものの、どうやら何かを輸送しているみたいで呼び止められる雰囲気ではなかった。
だが、こちらを見てひどく驚愕している顔であったのは覚えている。何か俺は悪いことをしたのだろうか…?
空も徐々に赤く染まり、何もかもが月の支配下に置かれる夜がやってくる。
もうすでに結構な距離を歩いているが、村はまだまだ遠く、彼の瞳に小さく映ったままだ。このままではどうやら野宿になりそうな予感もする。
それからまたしばらく道中進んでいくと、今度はどこかで炸裂音が響き、人の怒号のようなものまで聞こえる。
音源とはそこまで距離が離れていないらしい、彼は遠目に伺いながら、様子を見に行くことにした。もし、戦闘に巻き込まれたとしても、今度はこの剣がある。
それに一応武道である剣道も三段の資格がある、抵抗くらいならできるだろう。
ひそかに高鳴る胸を抑えながらも接近、どうやら三人くらいの男女が狼の群れを相手にして戦っている。が、いかんせん数が多い。
女性が何かを口ばしると手のひらから小さいサイズの火球がうまれて狼の一体にぶつかり、火傷を負わせる。
「ま、魔法だ…」
当然彼はこの世界にきて魔法と認識できる魔法を見たのはこれが初めてのため驚きを隠さずにはいられなかった。ゲームとかでありがちな「火球<ファイアボール>」とでもいうのか。だが実際に見ると数倍違う、かなり認識が改められる。真桜がそうして驚いていると、悲鳴が聞こえる。
狼の一体が女性の前で奮戦していた一人の男性の肩口に食いつき、肉をえぐった。
「ぐあっ」
「オックス!」
これを見て真桜は傍観にしていた自分に喝をいれると、すぐさま駆け出す。彼らに加勢するため、剣を引き抜く。
たとえ狼たちに命があるとしても、どうしても真桜は彼らをむざむざ死なせるわけにもいかなかったからだ。実物の剣は多少重く、振るには一苦労しそうだがそんなこと言ってられない。
オックスと呼ばれる前衛が一気に反撃をうけて倒れる、そこに後続の狼たちが集中して襲い掛かるものだから、彼はなすすべなく喉元を噛み千切られて死を遂げた。
…は?
今、勇気をもって介入しようとした真桜のまえで命は軽く散った。あんな大男がこんな形ですぐ死ぬなんて…考えたくはなかった。
「あ、ああ…」
女性が言葉にならない悲鳴を上げて崩れる。そこに漬け込むようにして狼がとびかかる。戦場では油断したら負ける、止まったら死ぬーーー。
「えええええいッ」
割って入り、真桜が剣を横に薙ぐと、狼の皮膚が裂けて血が噴き出る。初めて大型の動物を殺した、それだけで真桜の精神は崩れそうになったがなんとか持ちこたえる。こんなところで、全員死ねのだ。
「しっかりしろ!」
魔術士風の女性は今自分の命が救われたことにハッと気づくと再び詠唱を開始する。立ち直るためにはまだ時間がかかるだろうが、それでも目の前の命を手繰り寄せるほうが優先されたのである。
時間が経てばたつほどに、その戦闘は長引くほどこちらに不利であると感覚的に理解する。相手は獣だ。
こちらが何度剣を振っても、彼らは軽快なステップで後ろへと跳び退き、隙を魅せれば飛び掛かってくる。
同時に全方位に気を集中させないといけないため、この少人数では分の悪い戦闘だった。
体力的にも、反射的にも、速度的にもこちらよりも数倍の能力を秘めている。馬鹿にはできない。
尊ばれる筈の人命が、目の前で無残にあっさりと散って行った事実に真桜は驚愕し、内心動揺を少ししつつも歯を食いしばって前を向く。
―――日本では、少なくともこういう経験をする機会など、一度もない。でも、今は違う…やらなければ、こちらがやられる…!
ざわつく戦場、敵味方を煽るように草原に風が吹き、草木をざわめかせる。その音がひどくはっきりと聞こえて、真桜は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
日本でない、名前も知らぬ異世界の初めての夜は、長かった。
読んでくれてありがとうございます
拙いけど
短いけど
嬉しいです