プロローグ
辺りをまばゆい光が照らし、その光とは対照的に揺れ動く影が輪を連なっている。
赤くたぎる松明が羽虫を焼き、夜を見守る満月のもとで人々は何かに取りつかれたように踊り続ける。それは蛮族かはたまた邪教徒の輩が邪神にささげるために狂ったように儀式を行っているようにも見えた。
「天地遍く時空の聖霊よ。ここに龍の心臓、大蛇の知恵、鳳凰の宝玉、霊樹の神葉をささげる。どうか時幾千年の盟約によりその叡智を我にかしたまえ」
一つの石板を囲むようにして二十人くらいの人間がひたすら輪を描いて踊り、なにやら巫女らしき少女が石板に供物をささげ、祈祷が続く。
彼らの表情は死に、ただ狂気につかれたようになすべきことをなす。よくよく見ると、篝火に照らされたサークルの周りには夥しい数の墓標がたてられ、ここがかつて人がそれくらい多く生活をしていた拠点に近い、であることが見て取れる。
麗しい巫女はか細くも象牙のごとき柔肌に悲しみをのせて祈り続ける。
頬には涙が流れた跡がうっすらと見え、巫女以外の人々もそれぞれが負の感情をたたえている。あるものは怒りを、あるものは悲しみを、あるものは絶望を。
そして巫女が動きを止め、踊りもやむ。
石板によろよろと巫女が歩み寄ると輪の中から一人の男性が短剣を巫女に差し出し、恭しくそれを手に取ると巫女は一言小さく述べると、自らの下腹部に向かって短剣を突き刺し、真横に引き裂く。
誰かが気絶してもおかしくない。そんなシュチュエーションであるにも関わらず誰一人も目をそむけず、巫女の内臓を抉り出す様を凝視していた。
ぐちゃぐちゃ、ぼとぼとと肉体の壁を失った血液、臓器が外へと流れ出していく。
「時空の聖霊よ…どうか我が願いを…受け入れたまえ…」
最後に彼女は残る最後の力を振り絞って喉に得物を突き立て断末魔も上げずに倒れ伏した。
「我が…怒りを…悲しみを…恨みを…どうか、どうか…」
巫女の目を閉じてやる者などいない。
次第にぽつ、ぽつ、と小雨が降り、石板の上空に暗雲が立ち込める。
雨はやがて大きな土砂降りに発展し、地面をごうごうと打ちひしぐ。巫女のことなどどうでもいいように者どもは再び踊り続ける。
その時だった。普通の雷雨の程度をはるかに超える雷が石板にほどばしり、付近の生命体を黒く、焼き尽くした。
”しかと願い聞き入れたり。いざ、ゆかんーーーー。”
辺りにはもう、石板以外のものは焦土と化し、何もなかった。
「また一つ、我らの同胞が散ったのか…」
その光景を離れたところから傍観していた者がいた。
亜麻色の髪を後ろで束ね、翼扇で雷光を遮り、顔をしかめる。
「彼女らを救う方法は、本当になかったのだろうか…なあ、ディムル…私たちは本当に正しかったのだろうか」
一見すると偉丈夫のように見えるが、翼扇をのぞいてみると彼は線の細い男性であることが分かる。その顔には苦渋の一文字しか浮かんでおらず、さっきの儀式を目の当たりにして彼は自分の決断せざるをえなかった判断を悔いた。
「大将、お気持ちは察しします…ですが、こうするよりなかったのです」
それはやむない犠牲、ディムルと呼ばれた男が重い声色で告げる。だが、大将はこのときどうしても腑に落ちない、なにかもやっとしたものを拭い去ることはできなかった。土砂降りはやがて止み、従者ディムルが傘をたたむと、生暖かい風が彼らを嬲り、その立ち込めるすべてを鎮静させた雨水と土の香りに、彼は涙を禁じえることはできなかった。
しばらく曇天の元無力感にさいなまれ、やがては従者に諌められ歩みだす。その雷光がすべてを焼き払い、雨がすべてを潤した後の一筋の光芒を見ることはせずに。
短いし、拙い文章ですが感想などいただけると嬉しいです…