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1年後

 商談を終えて外に出ると先輩は、予想通りの、そして恐れていたことを言った。

「腹減ったな。この辺、全然食べる所ないんだよな。カレーでいい?」

 この辺でカレー屋と言ったら、あそこしかない。


「良いっすよ」

 智樹は動揺を悟られないように即答した。

 まさか1年前、そこのカレー屋を入社2週間でバックレたなんて、とても言えない。


(もう1年前だし、たった2週間しか一緒に働いていないんだ。覚えているわけがない)

 智樹は自分にそう言い聞かせた。


 格好だって当時は私服、今はスーツ。髪型も多分違う。

 しかし、念には念を入れてマスクを取り出して着用した。

「いや、今日、花粉凄いですね。朝薬飲んだんですが切れてきました」

 その言い訳に先輩は「そうか。大変だな」とだけ答える。

 もう、頭はランチでいっぱいのようで、スタスタと歩いていく。

 元々大柄な先輩が、大股の速足で歩くので、智樹は付いて行くのに必死だ。


 そんな先輩が少し歩みを弛めたのは、公園の桜を目にした時。

「おう!咲いてる!いいな~。働く気なくなるよな」

 すっかり上機嫌な先輩だが、この公園と桜は智樹にはあまり見たくない光景だった。

 

 そんな智樹の気は露も知らず、先輩は再び足早に進み、店につくと躊躇なくドアを開けた。


「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」「いらっしゃいませ!」「いらっしゃいませ!」

 活気のある山彦挨拶で迎えられる。


(店長だ!)

 智樹はすぐに気づいた。他にも記憶にある顔がちらほら。

 ということは向こうも・・・いや、こちらは多くの客の中の一人。そんなことは無いだろう。

 

 智樹はマスクを鼻まで上げ、先輩に隠れながら促された席に座る。


「どうも~」

 と、軽く案内の店員に手を上げる先輩。

「いつも、ありがとうございます。スーツ姿は珍しいですね」

 等と談笑を交わしている。


 その間、智樹は下を向いていた。大柄な先輩より更に大柄なその店員はよく覚えている。

 近藤さんと言ったっけ。

 不器用で、スタッフの仲で一番物覚えが悪かった。

 

 接客業は未経験とのことで表情が硬く、研修中は絶えず「笑顔!」と周りから指摘されていた。

 正直、智樹は近藤さんのことを下に見ており、お荷物だとすら思っていた。


(こんな自然な笑顔で、ハキハキと話せるんだな)

 その別人のような立ち振る舞いに、1年と言う年月を感じずにはいられない。


「常連なんですか?」

 近藤が離れたのを見て智樹は声をかける。

「ああ。休日に家族でこの公園よく来るんだよ。ウチから車で20分ぐらいなんだ」

 そう言いながら先輩は手慣れた手つきでタブレットで注文をした。

 カレー並に、ねぎ塩焼うどんをトッピングしている。


「それ、トッピングなんですか?」

「ああ。ここは主食がトッピングできるんだ」

 自慢そうに説明する先輩。

 主食をトッピング?!正直意味が分からない。


 タブレットを見ると、1年前と随分画面デザインもメニューも変わっている。飲食店と言うのは変化が早いのだろう。

 智樹は無難にチキンカツカレーを注文した。


「しかし、古いシステム使ってましたね」

 智樹は先輩に先の商談の話を振った。地元のスーパーのPOSシステムのリニューアルという案件だ。

「ああ。地方はそんなもんだよ。だからCが読めるヤツはホント助かるんだ」

 先輩が言う。

 『C』とは厳密にはC言語というプログラミング言語のこと。広義にはその派生のC++やC#という言語までを指す。何でも出来るのでかつては隆盛を極めたが、難解なので、今時は主流ではない。

 しかし、基幹系のソフトウエアは頻繁にリニューアルするものではないので、まだまだクライアント資産としてCで書かれたソフトウエアは多く存在する。


「しかし、お前若いのに、なんでCなんて使えるんだ?」

「学生の頃、ゲームプログラム齧ってたんです」

「学生っていっても、お前の年齢じゃ、もうそんな時代じゃないだろ?」

「家に本がいっぱいあったんです。父がIT系だったんで」

「なるほどな。しかし、お父さんの世代だとガチ勢もガチ勢だよな。IT系が超絶ブラックだった時代だろ?」

「ええ。今も楽だとは思いませんが、父に言わせるとぬるま湯だそうです」

 そう、智樹は父の背中を見てIT系の道を避けた。

 プログラムは楽しいと思ったが、仕事にするもんじゃないと。


 プログラミング系の特技はずっと隠していた。今回転職サイトに書いてみたのは、ほんの気まぐれだ。

 いや、本当に気まぐれだったのかな?


「お待たせしました」

 店員が運んできた先輩のメニューは文字通りのものだった。

 ライスと焼うどんがワンプレートに盛られ、カレーが添えられている。


「それにカレーかけるんですか・・・」

「ああ。美味いぞ。カレーかけりゃ、たいていのものは美味いんだ」

 先輩はものすごい勢いで平らげはじめた。 


 智樹も食べながら、それとはなしに周りを見る。

 徐々に思い出して来た。

 近藤さんだけじゃない。今いるスタッフ全員知っている。

 離職率が高いはずの飲食店で、自分以外誰も脱落していないのだろうか?


 当時の上長達に嫌気がさし、「こんな店すぐ潰れる」と思っていたのに、みな活き活き働いているように見えた。先輩だけでなく常連客も多そうで、スタッフと談笑するような光景も多い。


「面白い店だろ」

 智樹が店内を見渡している理由を知る由も無い先輩が、そう声をかけた。

「はい」

 とだけ智樹は答えた。


「よし、そろそろ出よう」 

 智樹は先輩に促されるまま店を出た。


 幸い、誰にもバレなかった。

 それが逆に取り残されたような寂しさを覚えた。


 その日の夜、智樹は自宅で私用のPCを開く。

 今日の商談で受注した仕事は、昔、自分がゲーム用に作ったライブラリが使えそうだったからだ。


 古いフォルダを探っていると、プログラムの他に様々なゲームの設定資料が出てきた。

 ついつい、それらを覗いてしまう。


「キッツイな・・・」

 とあるキャラクターの設定資料を開いた時、思わずそう呟いた。


 そのキャラクターは「漆黒の翼を喪失せし者」とある。

 堕天使が自らの存在に疑問を感じ、自らの黒の翼を引き千切ったキャラクターだという。

 そんな孤高の「漆黒の翼を喪失せし者」を絶えず構うパートナーが「愛のお化け」というニックネームの修道女・・・等と言う恥ずかしい設定がツラツラと書いてある。


 結局そのゲームは完成していないし、今更作りたいとも思わない。

 そんな作りかけが大量にある。


「父さんだって魔法使いなんだぞ」

 ふと、ゲームにハマっていた時に父が言っていた言葉を思い出した。


 業界のスラングで、上級プログラマのこと「ウィザード」と言う。

 確かに常人には理解できない呪文(プログラミング言語)を操り、不思議な現象を起こすプログラマーのことをウィザードとは言い得て妙だ。


(なら自分は古代語を操り、古の神々と交渉する賢者だな)

 智樹は次の仕事を、あえて中二病のように例えてみた。


(そうなってみるか・・・)

 今まで仕事は転々としてきた。今回の仕事もなんの執着もなかった。いつ辞めてもいいと思っていた。

 ただ、1年経って別人のようになった、かつての同僚達の姿が目から離れない。


(あの退職は間違いじゃない。自ら翼を引き千切っただけさ。そう。漆黒の翼を喪失せし古代語を操る賢者になればいい)

 智樹は数年ぶりに、夜遅くまでカタカタとPCを叩き続けた。



―了―

お題は「ねぎ塩焼きうどん」「愛のお化け」「漆黒の翼を喪失せし者」の三題噺


まず、登場キャラクターで唯一救いがまだ無い智樹にスポット当てようというのが確定事項。

そして、便宜上とはいえ前回名前有りキャラとして登場させた近藤も出そうかなというのが、お題を見る前からのラフでありました。


ねぎ塩焼きうどんは、前作で主食のトッピングという話を書いたので、すぐ使えそう。漆黒の・・・は現代お仕事小説では中二病ネタで使うしか無い。

で、黒歴史を踏まえて前に少し進む話にしようと。

ラストの充実した人々を見て歯を食いしばるという構成は、第一話と同じ。それで完結として形になるかなと。


ただ、愛のお化けに関しては、本当に上手く処理出来ず、軽く流してしまいました。

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― 新着の感想 ―
完結、お疲れ様です。 向うの企画で全部読んでましたが、改めて通しで読んでみると──最後にすべての元凶である智樹のエピソードで〆るあたりがニクいですねw 御田さんのお仕事小説って、代表作のスポーツト…
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