第八話 ウズメちゃんの黒歴史
「あーしの黒歴史を言うなし!」
父親だったナマコに向かって
ウズメさんが容赦ない怒声を浴びせる。
「ウズメちゃ〜ん、やりすぎだよぉ。戻してあげてぇ」
ハナコさんがおっとりと、
場を収めようと割って入った。
……そういえば。ハナコさんと初めて会った時
俺のことを「豚」に変えようとしていたな。
ハナコさん神通力なくなったから大丈夫だったけど、
あれ、ホントにやる気だったのか……マジで怖すぎる。
「ハナコも、お世話になってる人たちだしさぁ」
「むぅ〜……おい! そこのナマコおやじ!」
ウズメさんに凄まれ、床のナマコがビクッと跳ねた。
「今後、あーしの黒歴史は口にしない! いい!?」
ナマコがぐにゃりと体を起こし
必死にぺこぺこと平謝りする。
それを見て満足したのか
ウズメさんが再び掌をかざした。
ポン、と乾いた音と共に、父さんが元の姿に戻る。
「父さん!大丈夫!?」
「……人生で今ほど、
海水が恋しいと思ったことはなかったぞ……」
「ワ、ワシは少し休みますぞ……」
心底消耗した様子で、父さんは母さんの肩を借りて
よろよろとソファへ沈み込んだ。
「ん〜、いろいろ迷惑かけちゃうしぃ、
二階に戻ろうかぁ」
ハナコさんが困り顔で提案し
俺たちは再び二階の自室へ。
「そういえばウズメさんは、羽と輪っか、ないんですね」
ふと気になったことを口にしてみる。
「あー、あれついてるのハナコだけだし」
「え? そうなんですか?」
「あーし、いらなーい。踊るのに邪魔だしー」
「羽がないと飛べない……とかじゃないんですね」
「つーか、あんな小さい羽で飛べるわけないっしょ」
「ひどーい! 羽あった方が、かぁいいよぉ」
ハナコさんが頬を膨らませて抗議する。
「ウズメちゃんだって、羽があった方が
ダンスがもっと綺麗に見えるよぉ」
「いらんし。神は自分が
『なりたい姿』でいるもんっしょ」
ウズメさんは、ハナコさんに対しても辛辣だ。
……なりたい姿、か。
そういえば天道もハナコさんのことを
「僕の天使」とか呼んでいたな。
確かにあの羽と輪っかは
いかにも「天使」という記号そのものだ。
ハナコさんは窓の外を見つめ
いつものように人差し指を口元に当てた。
そしてパッと花が咲いたような笑顔になる。
「そぉだ! ウズメちゃんも、洋服買いに行かない?」
「え? ハナコが着てるみたいなやつ?」
「そぉそぉ。かぁいいでしょぉ?」
「まぁ……悪くないけど。
でも、今から仕立ててもらうのダルくね?」
「ふふっ。現世の服屋さんはねぇ
なんと、最初から仕立ててあるんだよぉ!」
「マジ!? それ超気になるんですけど!」
「じゃあ、飛んで行こうよぉ
ウズメちゃん、乗せてってぇ」
「そいやハナコ、飛べなくなったんだっけ。だるー」
ハナコさんは窓を全開にしながら
甘えるように首を傾げた。
「そんなこと言わないでぇ〜。よろしくねぇ」
ウズメさんは「はいはい」と投げやり気味に応じながら
ハナコさんをひょいとおんぶした。
かなり身長差があるはずなのに、関係ないらしい。
ウズメさんはハナコさんを軽々と担ぎ上げ
重力を無視してふわりと宙に浮いた。
「じゃあ太郎くん、少し遊びに行ってくるねぇ」
「うん、気をつけて。
ウズメさんがいるから大丈夫だろうけど」
「ありがとぉ〜。太郎くんも楽しんでねぇ!」
ハナコさんは上機嫌で手を振り
青空へと飛び去っていった。
俺も楽しむ? 何を一人で?
……そう首を傾げた、その時だった。
ピンポーン♪
静まり返った家に、来客のチャイムが鳴り響く。
父さんはナマコの後遺症で倒れてるし
俺が出るしかないか。
階段を降りて玄関に向かい、扉を開ける。
「……あ」
そこに立っていたのは
キャップを少し深く被った、ひな姉だった。




