第五十八話 『愛の力』
「どういうことなんですか、それ……っ!」
今にも内側から弾けそうな岩塊の前で、
俺は声を荒らげた。
「天照の力は『浄化』。悪いモノは全部消すし!
でも須佐能男を呼べば
ハナコは間違いなく斬り刻まれる……
あーしは、そんなハナコは見たくない!」
ウズメさんも、緊迫した表情で叫び返す。
「だからって、消滅させるなんて――!」
「だから!たろっちを呼んだんでしょ!!」
俺の言葉を遮るように、ウズメさんが叫んだ。
「ハナコの恋人なんでしょ?彼氏なんでしょ?
だったら……あんたがこっち側に連れ戻してよ……」
「あーしがハナコを抑える。その隙に話しかけて
ハナコの目を覚まさせてよね」
「そんなこと言われても、どうやって……」
実際、何を言えばいいのか。
今のハナコさんに届く言葉なんて、1つも思いつかない。
「あーしだって知らんし、そんなの!」
ドォォォォンッ!!
凄まじい破裂音と共に岩が砕け
中から漆黒のハナコさんが這い出してきた。
「……信じてっからね……『愛の力』ってやつ」
前に立つウズメさんの背中は耳まで真っ赤になっていた。
……言わなきゃいいのに。
「あれぇ……? コノハちゃんはぁ?」
首を傾げながら、クスクスと無邪気に笑うハナコさん。
「さぁね。お花でも摘みに行ったんじゃないの?」
ウズメさんが鋭い目つきで身構える。……でも
あんなに小さな「チビギャル」で大丈夫なのか?
「なぁんだぁ……つまんないことするから
もう壊しちゃおうって思ったのに~」
また、クスクスと笑う。
ハナコさんの笑いのツボが、よくわからない。
「ハナコさん! もうやめようよ!
一緒に、おうちに帰ろう!」
このままじゃ、彼女は天照に消されてしまう。
それだけは、絶対に嫌だ。
「太郎くん、ウザいなぁ……
ハナコのことなんて
なぁんとも思ってないくせにぃ……」
ハナコさんが、俺に向かって手をかざした。
「……消えちゃえ」
ゴォォォッ!
放たれた漆黒の波動。ぶつかると思った一瞬で
俺の前にウズメさんが立ちはだかった。
波動はウズメさんの直前で急カーブを描き
夜空の彼方へと消えていく。
「あっぶなー……ハナコさぁ……たろっち殺るのに
そんなにマジな出力出さなくて良くない?」
「……ウズメちゃん。なにぃ、それぇ?」
ハナコさんが不思議そうに小首を傾げる。
……くそっ、やっぱりハナコさんはかわいい。
「これ?『闇比礼』高天原の最新神器だし!
あんたの波動なんて、全部逸らしちゃうかんねー」
ウズメさんは、手に持った白いスカーフのような布を
ヒラヒラとさせて不敵に笑う。
「つまりさぁ……ウズメちゃんは
直接殴ってほしいってことだねぇ?」
ハナコさんが拳を握りしめた。
それだけで、周囲の空気が重く圧し潰される。
「まぁ、そうなるよねー
でも、そう上手くいくかなぁ?」
ウズメさんが目を閉じ、深く呼吸する。
その瞬間、彼女の手足がしなやかに伸び
大人の姿へと変貌した。
以前、夢野にダンスを見せたあの「真の姿」だ。
「さて。『天細女ダンスモード』だし」
ニヤリと笑う、
ハナコさんは一瞬で間合いを詰め
弾丸のような速度で襲いかかる。
しかしウズメさんは、流れるようなステップで
その猛攻をことごとく回避してみせた。
「ほら! たろっち!あーしに見惚れてないでっ!!」
俺はハッとした。
あまりの美しさに、本当に意識を奪われていた。
「ねぇ! ハナコさん! もうやめようよ!
どうして……どうしてこんなことするんだよ!」
ウズメさんの演舞のような回避の中
俺は大声でハナコさんに叫ぶ。
「太郎くんが、ハナコに嘘をつくからでしょぉ……」
ウズメさんへの怒涛の連撃を繰り出しながら
ハナコさんはゆったりとした口調で言う。
「嘘……? 嘘なんてついてないだろっ!?」
「ハナコ見たもん……
ひなたちゃんとチューしたよねぇ」
心臓が跳ねた。
「へ……っ!?み……見てたの?」
あまりの恥ずかしさに、顔が一気に沸騰する。
「やっぱりぃ……
おやつ買うって言ったよねぇ?」
「違うって! あれは、ひなたが突然でっ!」
「おやつ買うって嘘ついて
ひなたちゃんとチューしたんでしょぉ?」
「それは……!……それはそうだ!
そこは嘘ついた! ハナコさん、ごめん!」
叫びながら頭を下げる。
「ほらぁ、
嘘だぁ……嘘つきなんて
もう信じられないよぉ」
ハナコさんの拳が空気を切り裂く。
防戦一方のウズメさんの表情に余裕がなくなっていく。
「でも、聞いてくれ!
俺、ちゃんとひなたのことは断ったんだ!
俺には……ハナコさんがいるから!」
「……あっそぉ」……反応が薄い!
「だって……俺は……
は、は、ハナコさんが、好きだから……っ!!」
ついに言った。こんなに世界がヤバい時だけど
人生最大の告白をぶちかましてやったぞ!
…………。
……あれ? 普通こういうのって
告白したら、攻撃が止まるんじゃないのか?
ハナコさん、相変わらず微笑みながら
ウズメさんに殴りかかってるんだけど……!?
「……たろっち! もっと、こう……
他に言うことないの!?」
ウズメさんが華麗なステップで拳をかわしながら
焦ったような声を上げた。
「えぇっ!? 他って……!」
「ハナコさん、愛してる!」
「世界で一番、大好きだ!」
「そうだ!将来は一緒の墓に入ろう!!」
「ハナコ、死なないけどぉ……」
ハナコさんが、拳を振るいながら言い返した。
……あ、そうだった。神様だもんな。
てか、こんな状況でもちゃんと突っ込むんだ。
えぇと……他には……!!
「ウズメちゃん、避けるの上手いねぇ」
超高速のラッシュを叩き込みながら
ハナコさんが感心したように言う。
「当たり前だし。あーし、これ専門だし……っ!」
それを紙一重でかわし続けるウズメさん。
「でもさぁ。――こうしたら、どうかなぁ?」
言い終わるのが先か
ハナコさんが急制動でUターンした。
狙いはウズメさんじゃない。 俺だ。
ハナコさんが頭から突っ込んでくる。
ヤバい、ぶつかる――!
ドゴォォォンッ!!
……あれ? 痛くない。
目の前には、背中を向けたウズメさんが立っていた。
俺の代わりに、その一撃をまともに受けてくれたんだ。
「…………ぐはぁっ!」
ウズメさんの身体が崩れ、そのまま膝をつく。
ハナコさんの一撃、たった一撃で
ウズメさんは元のチビギャル姿に戻ってしまった。
「太郎くんのことなんて、放っておけばいいのにぃ
……ウズメちゃんは優しいから、不便だよねぇ」
ハナコさんは、クスクスと残酷に笑った。
ウズメさんが力なく振り返り、俺を見て力なく笑う。
「……ごめん、たろっち。『愛の力』とか……
ちょろっと、甘く見すぎてたわー……」
膝をつくウズメさん。
ゆっくりと歩み寄る漆黒の女神。
これ、マジで絶体絶命なんじゃないのか……!?




