第五十六話 めちゃくちゃアリだぞ!
「良かった……ひなた、本当にありがとう」
明日からも、ひなたがいてくれる。
また、あの騒がしい日常に戻れる。
ひなたの気持ちは、なんとなくわかっていた。
……俺がもっと早く言えていれば。
それでも、また、ひなたの優しさに甘えてしまっている。
さっきから街灯が、チカチカと不規則に点滅してる。
「……そろそろ、帰ろうか」
ひなたが街灯を見上げ
不安を押し殺すような笑顔で言った。
俺も「そうだね」と歩き出そうとした、その時――
「たろっちッ!!」
夜の静寂から突然、
ウズメさんが俺たちの目の前に飛び降りてきた。
「あっ、ウズメさん。こんばんは
……って、どうしたんですか?」
慌てたようすのウズメさんに俺は反射的に挨拶を返す。
「挨拶なんていいし!
たろっち、今すぐハナコんとこ行くよ!」
捲し立てるように言うが、情報が理解できない。
「えっ、一体何が……」
言いかけた瞬間、地底から響くような
「ゴゴゴ……」という鳴動が空気を震わせた。
足元が大きく揺れ、激しい地震に思わずよろける。
音の方向は……うちの神社!?
「ハナコが暴れてるし……
あーしらは、ハナコを止められるのは
あんたしかいないって思ってるし!」
「……え?」
ハナコさんが、これを?
再び街灯に目をやると、支柱が激しくしなり
電球が狂ったように明滅を繰り返していた。
「とにかく、あーしの背中に乗って!」
ウズメさんが有無を言わさぬ勢いで背中を向ける。
「ウズメさん、私は……!?」
ひなたが慌ててウズメさんに詰め寄った。
「ひなっち。これ、
マジで死ぬかもしれん。……冗談抜きで」
ウズメさんは、真剣な眼差しをひなたに向けた。
「いい? ひなっちは今のうちに
できるだけ遠くに逃げな」
「そんな! なんでたーくんだけっ!」
「あー、もう! 今は世界がヤバいんだってば!
たろっち、早く乗りな!!」
怒涛の勢いに圧され
俺は促されるままウズメさんの背に飛びついた。
世界がヤバい?
……アニメかよ。
俺には、全く実感が湧かなかった。
「たーくんっ!!」
ふわりとウズメさんが浮き上がった瞬間
地上からひなたの叫びが聞こえた。
「ひなた、大丈夫だから!
明日からまた、みんなで仲良く、だよね?」
見えない不安に押し潰されそうになりながらも
俺は努めて明るい声を絞り出した。
ひなたが、涙を堪えるように「うん」と頷く。
「……じゃあ、そのためにハナコさんと話してくるよ」
それだけ言い残すと、ウズメさんが一気に加速した。
なんだかんだ言いながら、ウズメさんは俺に
ひなたと最後の一言を交わす時間をくれたんだ。
「たろっちさー……一応、クチ拭いときな。
ひなっちの口紅ついてるし」
「えっ!?」
俺は慌てて制服の袖で口元を拭った。
この土壇場で、なんつー恥ずかしい指摘を……!
「やっぱ、あんたがトリガーになったかー
認識パターン『リヴィアタン(嫉妬)』だってさ
……マジでヤバいよねー」
おぶさっているから顔は見えないが
きっといつものヤレヤレといった
呆れ顔をしているに違いない。
リヴィアタン……? なんのこっちゃ、さっぱりだ。
「え、ちょっ……待てって、ヤバっ!」
ウズメさんが慌てて前方に掌をかざした。
「たろっち!一応結界は張ったけど
衝撃までは抑えきれん!
遠慮せんでいいから、しっかり掴まるし!!」
返事をする間もなかった。
ドォォォォンッ!!
鼓膜を引き裂く轟音。
衝撃波が俺たちを吹き抜けた。
「うわああああっ!?」
俺は必死にウズメさんの背中にしがみついた。
振り落とされたら絶対死ぬ!
一瞬の衝撃が過ぎると
ウズメさんは再び猛スピードで飛行を再開した。
「激ヤバじゃん……コノハっち、これ耐えきれんの?」
「い、今の……ハナコさんがやったんですか……?」
眼下の景色を見て、戦慄した。
さっきまでの見慣れた夜景が消え失せ
完全な闇に飲み込まれている。
「そーだよ! あいつ、今は嫉妬で狂ってんの!」
神社が近づくにつれ
裏山がメキメキと音を立てて激しく燃え始めた。
「ヤバっ……でも大丈夫、結界が張ってある。
コノハっちも無事みたい……良かった」
神社の裏手、コノハさんの側に降り立つ。
俺はウズメさんの背から飛び降り、
地面に膝をついたコノハさんに駆け寄る。
彼女は座り込んだまま大地に両手を突き
肩を大きく上下させて荒い息を吐いている。
「コノハさん! 大丈夫ですかっ!?」
俺は、震える彼女の肩を強く掴んだ。
「………太郎さん。なんとか、間に合ったみたいどすなぁ」
コノハさんは力なく微笑んで俺を見上げた。
「あれぇ? 太郎くん。それに、ウズメちゃんもぉ……」
炎の中から現れる、けれど氷のように冷たい声。
俺は声のする正面を向いた。
……ハナコ、さん?
目が赤い。羽が真っ黒だ。
いつもの優しい微笑みとは違う。冷たい笑み。
そして――
……なんだか、ものすごく
セクシーな格好をしている……!
世界だの嫉妬だの、情報過多すぎて
頭がパンクしそうだ……でも……
……アリだ。めちゃくちゃアリだぞ!
闇堕ちハナコさん……っ!




