第五十五話 あんたの街やろ!
ハナコとコノハ、二つの影が
夜の華那古神社へ舞い降りた。
そこは神社の裏手。かつてコノハが太郎と
神主の修行に励んだ、馴染み深い場所だった。
この地形は、すべて把握している。
ここは、コノハの庭だ。
「ここに何があるんか、うちにはわかりまへん。
せやけど、この先へは通しまへん」
コノハは拝殿を背に立ち
静かに、だが断固とした拒絶をハナコへ突きつけた。
「コノハちゃん、そんなことしても意味ないよぉ」
ハナコが、ひどく冷めた薄笑いを浮かべる。
「ねぇ。コノハちゃんは結局
天照の本家の言いなりなんだよねぇ?」
「……せやな。教えに従うんは、うちの務めやさかい」
「やっぱりさぁ。
ハナコとお友達のフリ、していただけなのかなぁ」
ハナコの瞳から、温度が消えた。
――違う!そんなんやあらへん!
「本家の命で、ハナコさんに近づいたんは事実や
……けどな、あんたを友や思うてる気持ちに
嘘偽りなんて一つもあらへん!」
「じゃあ、どいてよぉ。
お友達がお願いしているんだからさぁ」
「……お断りどす!」
コノハは叫び、地面に両手を突いた。
「ここで何をしはるつもりなんか……
今のあんたを救うんが、今のうちの務めや」
コノハが大地に神通力を流し込むと
大地がうねり、巨大な土壁が神社を覆う。
同時に木々が狂ったように成長し、
無数の蔦がハナコへ殺到した。
「わかったぁ。
……じゃあ、遊んであげるねぇ」
ハナコが掌をかざした瞬間、どす黒い波動が舞う。
襲いかかる蔦が瞬時に枯れ果て、灰となって霧散する。
ハナコはその灰を切り裂き、
弾丸のような速度でコノハへと突撃した。
「ちっ……!」
正面から受ければ、肉体が砕ける。
コノハは間一髪で横へ跳んだが、
直後にすぐ衝撃波が襲い、肌を焼く。
――有機物はあかん……
気ぃは進まへんけど……ほな、これや!
コノハは再び地を打った。
「はっ!」
地中から巨大な岩塊がボコボコと隆起し
四方からハナコを押し潰さんと迫る。
ハナコは飛び上がり宙へ逃げたが、コノハは逃がさない。
操作された岩が方向を変え、空中のハナコを追撃する。
自分を襲う岩を見下ろし
ハナコはただ、静かに手をかざした。
「……消えてぇ」
放たれた黒い波動が、迫りくる岩を蒸発させる。
波動は勢いを殺さぬまま地面へと着弾。
ドォォォォン!!
凄まじい地響きと共に衝撃が大地を突き抜け
コノハの体を容赦なく跳ね飛ばした。
「かはっ……!」
自ら固めた土壁に背中を叩きつけられ
コノハの肺から空気が搾り出される。
身体に幾重にも張っていた結界が、
シャボン玉のように弾け飛んだ。
「あきまへん……力量が、違いすぎます……」
――うちは戦いの神やあらへん
無理に振るうてるだけや。
それに比べて……あの人は!
残酷なまでの格差を前に、コノハの指先が絶望に震えた。
立ち込める土煙を割り、ハナコがゆっくりと降りてくる。
「……あはは、ハナコ。
ちょっとやりすぎちゃったかなぁ?」
無邪気に、空っぽな瞳でニコニコと笑っている。
「……ほんまどす。今の一撃
まるで小さな隕石が落ちたようどした」
コノハはよろめきながら立ち上がり
周囲の景色に息を呑んだ。
そこには、街の灯が一つもなかった。
小華市を包んでいた光は完全に消え失せ
世界は底知れない闇に沈んでいる。
ガラスなどは、ことごとく砕け散り
人々はパニックに陥っているに違いない。
「あんたの街やろ、ここは!
やっと氏神になったばかりやないどすか!」
絞り出すようなコノハの叫び。
これまでハナコと過ごした時間、言葉、
すべて無駄だったというのか。
「ハナコ、それもう……辞めるのぉ」
ハナコは首を傾げ、楽しそうに言い放った。
「全部、綺麗に無くしちゃう。
その方が、きっと楽だからぁ」
「でもぉ、これじゃなぁんにも見えないよねぇ?」
ハナコが、コノハが急成長させた大木に手をかざした。
――ボォッ!
瞬間、巨木が内側から燃え上がった。
――アカン! このままやと山火事になる……!
コノハは咄嗟に地面を叩き、全神経を集中させた。
「ふっ……!」
神社一帯に不可視の結界を張り巡らせる。
せめてこの周りの酸素だけでも確保しなければ。
神であるコノハたちに酸素は不要だが、
この場には、いずれ太郎がやってくる。
太郎を迎え入れるための、決死の時間稼ぎ。
コノハには、まだ奥の手が残されている。
だが、それを使うにはまだ早い。
ハナコの狂おしいほどの熱を抑え込むため。
コノハは震える指を土に突き立てた。
迫りくる絶望に、
ただ一人、抗い続けた。




