第五十二話 大切にできるよ。
明日から学校だっていうのに
夜に呼び出しなんて一体なんだろう。
俺は公園までの道を歩きながら
漠然とした不安に胸が騒いでいた。
明日になれば、またハナコさんとひなたと
三人でいつものように登校するはずだ。
今、この瞬間に伝えなきゃいけないことなんてあるのか?
すっかり日も暮れて、街灯がポツポツと灯り始めていた。
公園に足を踏み入れる。
あの夏の祭りの喧騒が、幻みたいに脳裏をかすめる。
ひなたと一緒に走り回り、みんなで成功させた、あの夜。
ベンチには、誰かの忘れ物だろうか。
祭のうちわがポツンと置かれていた。
その街灯の下に、一人の少女が立っていた。
……あ。
そこにいたのは、俺の知っているひなたじゃなかった。
いつもならTシャツとかチェックのシャツに
動きやすいロングボトム。
お世辞にも女の子らしいとは言えない姿だった。
今日のひなたは白いワンピース姿。
足元には、かかとの高いストラップサンダル。
短い黒髪には、花柄のヘアピンが添えられている。
……どこからどう見ても、一人の女の子だった。
俺に気づくと、ひなたはぎこちなく笑って手招きをした。
「……夜に呼び出しちゃって、ごめん」
街灯のそばまで行く。
彼女の顔を間近で見て、俺はさらに動揺した。
祭りのあの日と同じように、彼女は化粧をしていた。
綺麗な瞳をさりげなく強調するアイライン
薄く塗られたリップ……あの日と同じだった。
「……へ、変かな?」
ひなたは顔を赤くして、照れ隠しに髪をいじる。
「前はウズメさんたちにやってもらったけど……
自分でもできないかなって、練習してたんだ」
「……そ、そっか。
……綺麗だと思うよ」
ひなたの緊張が伝染ったのか
俺の心臓もバクバクと騒ぎ始める。
「最近さ……ハナコさんと
すごく距離が近くなったよね」
ひなたが、唇を強く噛みしめた。
「そ、そうかな……?」
少し、自覚はある。でも……
今にも泣き出しそうなひなたの前で
それを肯定するのは何かが違う気がして
俺の返事は曖昧になった。
「私は……嫌だ」
ひなたが、一歩踏み込んでくる。
「ハナコさんは綺麗だし
スタイルだっていいかもしれない。
……でも私の方が、たーくんを大切にできるよ。」
そう言いながら、ひなたが俺に抱きついてきた。
「ちょっ……! ひなた……っ」
突然のことで、反応が追いつかない。
ヒールを履いたひなたと視線は、ほぼ同じ高さにあり
そのまま首に腕を絡められた。
「たーくん……好き。ずっと、ずっと好きだった」
耳元で囁かれる告白。
甘酸っぱい匂い。
耳の奥をくすぐる吐息。
密着した体から伝わる彼女の鼓動。
俺の頭はどうにかなりそうだった。
ひなたは顔を少し離し
潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめた。
「……返事は?」
返事。そう、答えなきゃいけない。
けれど、突然の嵐のような展開に
思考が完全に置いてけぼりにされていた。
ひなたを見つめるだけで、俺はもう精一杯だった。
ひなたが静かに瞼を閉じる。
そして、
――唇に、柔らかな感触が触れた。
あまりの緊張に、俺は目を開けたまま固まってしまう。
ひなたの背後の暗がりに……ハナコさんが立っていた。
心臓が跳ね上がる。
瞬きをすると、そこにはもう誰もいなかった。
……見間違い、だろうか。
俺は強く目を閉じて、
震える手で、ひなたの肩にそっと触れた。




