第五十一話 静かなプロローグ
「ふぇぇ……全然わかんないよぉ」
ハナコさんはテーブルに突っ伏して駄々をこねる。
夏休みも最終日、俺とハナコさんは
学校で出された課題を終わらせるのに必死になっていた。
「どの辺が分からないの?」
「全部ぅ……全部だよぉ。
ハナコこんなことしたことなかったしぃ……」
そりゃそうだよな、一万年近く生きてても
普通に生きてりゃ三角関数も素数も使わないもんな。
……これ、意味あるのか?
ありがちな勉強に対する疑問を持つが
首をブンブン振ってから俺は答える。
「でも、ハナコさん、
俺達と一緒に暮らすって決めたんだろ?
こーゆーのも知っといた方がいいって」
「うぅ……だよねぇ、
神通力も使えないし、ハナコ、頑張るよぉ」
そう言って少し体を起こし、教材に向き合った。
ピンクのシャツに、白いカーディガン。ロングスカート
頭には輪っかがあり羽がパタパタなびく。
そんなハナコさんをぼーっと見惚れていた。
「……太郎くん」
「えっ!あっ、はい!」
不意に名前を呼ばれ、
俺は心臓が跳ねるのを感じながら裏返った声が出る。
「どぉしたのぉ?ハナコの事じーっと見て?」
ニマーっとハナコさんが話しかけてくる。
「え、いやハナコさんの服
よく似合ってるなって思ってさ」
「えぇ、いつもの服だよぉ」
「そうだけども……」
俺もアタフタしながら答える。
こういう時どうすればいいのか……
三角関数より、女の子との距離の測り方を知りたい。
「でも、ありがとうねぇ」
「最初に太郎くんと会ってウニクロ行ったでしょぉ?」
「そういえば……うん」
「これ、あの時ひなたちゃんに選んでもらった服だよぉ」
ハナコさんは嬉しそうに服を見つめる。
そうだった……つい3ヶ月くらい前なのに
遠い昔の事の様に思い出す。
「そっか、あの時は一緒に歩いてるだけで
めちゃくちゃドキドキしてたなー」
「……今はどぉなのぉ?」
向かいに座っているハナコさんが
テーブルに身を乗り出し顔を寄せてくる。
「そりゃ……今も、だけど……」
もう、辛抱たまらない。
落ちつけ! 素数を数えるんだ!
そんな時、俺のスマホが短く震えた。
ひなたからのメッセージだ。
『今から、いつもの公園で少し会えないかな、2人で』
どうしよう……ハナコさんいるけど、
……『少し』って言ってるし、
ちょっと行って帰ってくればいいか。
「ハナコさんちょっと外、行ってくるよ」
「ふぇ、どこ行くのぉ? ハナコも行くよぉ?」
ハナコさんがキョトンと聞いてくる。
「いや、ちょっとコンビニでおやつ買ってくるよ
ハナコさんのも買ってくるから、待ってて」
ちょっとだけ嘘ついてしまった……
でも、ちゃんとおやつ買って帰れば
問題ないよな、大丈夫。
「……うん、わかったぁ、待ってるねぇ」
ハナコさんが少し寂しそうに言う。
そうだな、なるべく早く帰ろう。
俺はサイフをポケットに突っ込むと
急いでひなたの待つ公園に向かった。
※ ※ ※
ハナコは再び課題をしようとテーブルに向かう。
テーブルには太郎が
忘れていったスマホが置いてあった。
「いいなぁ、ハナコもやっぱりこれ欲しぃ」
好奇心に誘われるまま、液晶の表面をそっとなぞる。
ロックのかかっていない画面が明るく灯り、
開いたままだった、ひなたのメッセージが画面に映る。
……ドクン、
「……あれぇ?」
ハナコはコテン、と首を傾げる。
いや、太郎はそんな事しない、
嘘なんかつくわけない。信じるって言ったはずだ。
そうだ、スマホを忘れていったんだ。
渡しに行けばいいんだ。それだけだから……
「もぉ……太郎くん、仕方ないなぁ」
ボソリと、ハナコは自分に言い聞かせるように
太郎の言っていたコンビニとは逆方向の、
日の落ちた公園に1人向かっていった。




