第五話 どう思ってるのぉ?
「ひなた、また『彼氏』と登校したの?」
教室に入るなり
友人の美香がニヤニヤしながら茶化してきた。
「彼氏じゃないって」
いつもの決まり文句。
けれど、今日の私の声は少しだけ震えていた。
……だって、今日はハナコさんがいる。
本当に、「彼氏」じゃなくなっちゃうかもしれないんだ。
私は、自分に自信がない。
ソフトボール部では頼りにされているけれど
それはあくまでグラウンドの中だけの話。
女子力なんて皆無だし、胸だって小さい。
自信のなさを隠すように、
プライベートではいつもキャップを深く被ってしまう。
帽子のツバで顔を隠すのは、私の悪い癖だ。
それでも、たーくんは。
いつも私を「お姉さん」として慕ってくれていた。
たーくんがいてくれるから
私は自分が「女の子」でいられた。
たーくんの世話を焼くのも。
たーくんの隣にいるのも。
私が、私らしくいられるための、大切な居場所だった。
でも……いつの間にか
ただの幼馴染じゃなくなっていて
……好きになっていた。
「もー、変なこと言わないで。ホームルーム始まるよ」
強引に話題を切り上げ、席に座る。
けれど、先生の言葉なんて一つも頭に入ってこなかった。
昨日はつい強がって
「綺麗な人なら誰でもいいんだね」
なんて意地悪を言っちゃったけど。
あんな本物の美人に、私が勝てるわけない。
一緒に暮らすなんて、私だってしたいのに。
ずっと一番近くにいたのは、私だったのに。
思考がぐるぐるして、胸の奥が苦しくなる。
しばらくすると、下の階から騒がしい音が響いてきた。
また始まった……たぶん、天道。
ホームルームも終わったことだし、様子を見に行こう。
……たーくんが心配だ。私が守ってあげなきゃ。
下の階の二年の教室へ行くと
案の定の光景が広がっていた。
でも、今日は少し様子が違う。
いつもは巻き込まれないように逃げ回るたーくんが
一番前で必死に天道を止めていた。
クラスみんなで抑えているから、
私の出る幕はなさそう。
ふと視線を外すと、
人だかりから少し離れたところにハナコさんがいた。
「大丈夫?」
私が駆け寄ると、ハナコさんはヘラッと屈託なく笑う。
「あっ、ひなたちゃん。大丈夫だよぉ」
と、柔らかく言った。
その仕草も、響く声も、あまりに「女の子」で。
悔しいけれど、憧れてしまう。
「天道と同じクラスなんて、大変だね」
「うぅん、楽しい人だよねぇ」
ハナコさんは楽しそうに
暴れる天道を見つめ、ふと表情を和らげた。
「それに……太郎くんも結構、男らしいんだねぇ」
「たーくんが? ……そうかな」
「だってぇ、天道くんが暴れた時に
ハナコを守ってくれたよぉ」
……そっか。
だから、ハナコさんはここにいて
それで、たーくんが張り切ってるんだ。
胸のあたりが、チクッと刺すように痛む。
「そういえばぁ
ひなたちゃんに聞きたかったことがあるんだぁ」
ハナコさんは口元に人差し指を当てて、小首を傾げた。
「うん、なあに?」
「昨日、私に『太郎くんをどう思ってる?』
って聞いたでしょぉ?」
「ウニクロで?……うん、聞いたね」
「ひなたちゃんは
太郎くんのこと、どう思ってるのぉ?」
……っ!
鏡を見なくてもわかる。絶対に顔が赤くなってる。
ちゃんと答えなきゃ。
「好きだ」って、ハナコさんに宣言しなきゃ。
「……た、たーくんは……弟みたいなもの、だから……」
私は逃げるように、ハナコさんから顔を背けて答えた。
どうして。どうして、言えないんだろう。
「そぉなんだぁ……」
ハナコさんの声が降ってくる。
私の気持ちなんて、きっと全部お見通しなんだろう。
「これからも、退屈しなそうだねぇ」
この人……いや、この女神様は。
今、どんな顔をしてそんなことを言っているんだろう。
私は顔をそらしたまま
ただ、ぼやける視界の先にある窓の外を
じっと見つめることしかできなかった。




