第三十二話 太郎なんていらない!
「どの立場で言ってるの?」
大粒の涙が溢れて止まらない。
強い言葉を使うと、気持ちが止まらなくなる。
「ひなたちゃん……」
ハナコさんはオドオドして言う。
「あんたが彼女なんでしょ?」
「あのねぇ……それは"お願いの契約" だからぁ」
「そんなの、本当はどうとでもできるくせに!」
「わかるんだよ、あんたの態度見てれば
今まで、できた事ができなくなってるんでしょ?」
「最初からずっと落ち着いてる
そんな訳ないじゃん!もっと慌てるよ、普通!」
「………」
「ほらっ、やっぱり!」
「あんただって今が楽しいから"彼女" でいるくせに!」
「違うのぉ……好きとかじゃないんだよぉ」
「でも……でもっ!」
言い淀む。一番言いたくなかった、敗北宣言を口にする。
「太郎は、あんたの事好きじゃん!」
「今だって、あんたのためにこうやって
みんな集めて頑張ってるんでしょ!」
惨めだ、こんなふわふわして本気でもない女に
ずっと好きだった男を取られるなんて……
「ひなたちゃん、違うのぉ……太郎くんだって
ひなたちゃんと一緒の方が幸せなんだよぉ」
「ふざけないで!」
ハナコさんの言葉を大声で制止する。
「たーくんの幸せを、あんたが決めないで!」
「私は……私は……
あんたを好きな太郎なんていらない!」
ハナコさんがそっと、近づいて私の背中を擦ろうとする。
「触らないで!」
泣きながらハナコさんに威嚇する。
………あれ?
ハナコさんの目が赤い……?
もう一度目を擦って、ハナコさんを見る。
やっぱり青い……夕日が反射したのかな。
数分間、泣きじゃくってる間
ハナコさんは黙って隣に立っていてくれた。
冷静になると、わかってくる。
カッコ悪い……八つ当たりしてるんだ。私。
ハナコさんに「たーくんを譲る」って言われて
ホッとしてしまった。そんな自分が、一番許せない。
「ハナコさん……ゴメン、言い過ぎた」
「うぅん、大丈夫だよぉ、ハナコもごめんねぇ」
何が大丈夫で、何がゴメンなんだろう?
明日からギスギスしないために
お互い表面だけの謝罪をする。
こんな事は意味ない、わかってるけど……
「私も……負けないから。今のまま諦めたくない」
精一杯、強がる。
ハナコさんが、どれだけ美人でスタイルが良くても
私だってずっと、たーくんが好きだった。
やっぱり諦めたくない。
ハナコさんは人差し指を口に当て、少し静かになる。
私の気に障る事を言わないように
言葉を探しているんだ。情けないな、私。
「ハナコもねぇ……
太郎くんのことも、ひなたちゃんのことも……
もうちょっと考えてみるねぇ」
圧倒的な差があるのに、わざわざ手を抜いてもらって
同じ土俵に立ってもらっている。悔しい……
でも、今は我慢だ。私がもっと強くならなくちゃ。
「うん、明日も集金しなきゃだしね」
「明日もかぁ、あと何件くらいあるのぉ?」
「ちょっと待ってね、えっと……」
名簿を確認する、すっかり日も落ちてしまって読めない。
「ゴメン、ハナコさん、暗くて読めないや」
顔を上げて、ハナコさんを見る。
他愛のない雑談だ。
あと何件か?なんて、どうでも良かったんだろう。
ハナコさんは、何かを考えるように
ぼーっと、月を見つめていた。




