第二十九話 かしこみ〜かしこみ〜
俺と来人でチーム分けされて、数日……
通信講座の祝詞のDVDをBGMに
青少年イベント向けの補助金申請書を書いていた。
――かしこみ〜、かしこみ〜、もぉ〜すぅ――
テレビから流れるその声を、もう何度聞いただろうか。
終わらない書類、鳴りやまない祝詞。
ついに「かしこみ〜」のフレーズが
夢の中にまで出てきた。
「うっす! 公園の使用許可、もらってきたぞー!」
来人が元気よく市役所から帰ってきた。
……もう、うんざりだ。
一体あと何枚書けば、この呪縛から解放されるんだ?
「なんだよ太郎、元気ねーな」
返事をする気力すら湧かない。
俺はぶつぶつと「かしこみ……かしこみ……」
と念じながら、ひたすら空欄を埋めていく。
「あとこれな、太郎、
火気使用の申請、不備で差し戻しだってさ」
来人が、積み上がった書類の山に
容赦なく新たな紙束をドサッと重ねた。
「あああああ、もう! こんなの全部できるか!」
「落ち着けって! 大体1/5くらいは終わっただろ
あとちょっと、あとちょっとだって」
「全然まだまだぁ……でもぉ、うすぅ……」
「語尾がおかしくなってるぞ?
それより早く書いちゃえよ。
商工会に行く前に、青年会にも寄りたいんだからさ」
顔を上げる、来人はなぜか楽しそうな顔をしていた。
「来人……お前、なんでそんなにノリノリなんだ?」
「それがさ、いい子のふりしてると
みんな親切に教えてくれるんだよ。
俺は『血税』を奪いに行ってるだけなのになぁ」
来人は真面目な顔で続けた。
「世の中って、こうなってんだな……
俺、将来は政治家になろうかな……」
日本が悪くなりそうな動機だな……
でも、今はやるしかない、それだけは事実だ。
俺は必死で書類を書き続ける。
ピンポーン♪
「こんにちわえ、太郎さん。この前はおおきに」
玄関に向かうとコノハさんが来ていた。
ちょっと怖い人だけど
疲れた身体に、美人は五臓六腑に染み渡る。
来人は目を見開いて、固まってしまっていた。
「こんちわっす、どうしたんですか?」
「まあ……相変わらず、気取らんご挨拶どすこと
うちが来たかいがあった、いうもんどすなぁ」
「た、太郎、誰だよ?この絶世の美女は!!」
来人は、鼻息を荒く小声で聞いてきた。
「ハナコさんの神トモだよ、
木花咲耶姫命のコノハさん」
「何かあったんですか?
ハナコさんなら、今は寄付金集めで外出してますよ」
「太郎さん、神主のお勉強してはるんやろ?」
コノハさんが、テレビから流れる祝詞のDVDを見る。
「……ふふっ、これはこれは
たいそう勇ましい祝詞どすこと」
「はい、ハナコさんのお祭りするんで勉強しようかと」
「うちもハナコさんに頼まれましてなぁ
太郎さんがお勉強してはるさかい
教えたげておくれやす、て」
「このようなまがいもんの講座では
心もとないどすな
うちが礼儀作法から、よう教えたげますえ」
「……え?」
コノハさんはふーっとため息をつく。
「神主を目指さはるお人が、自宅でのんびりやなんて
今日から神社に籠もっていただきますえ」
「えぇー!でも他にも祭の申請の書類やらないと……」
「ほな、それも神社へお持ちしたらよろしおすやろ?
さぁ、参りまひょ」
「太郎、こんな美人と密室かよ……いいなぁ」
来人が、物欲しそうに言う。
いいわけあるか、たぶん地獄だぞ……これ、
「あなたさん。うちは人妻どす
その目つきは、身の程知らずどすえ
次に向けはったら……容赦はしまへん」
笑ってるのに、目は笑ってない……怖い。
これには、さすがの来人も……ってヤバい!
こいつ、この期に及んで興奮してる!
このままじゃ天変地異、起こされるぞ!
俺はコノハさんの視界から、来人を隠すように
慌てて彼女を外に連れ出す。
「さ、さぁ!神主の勉強、頑張りましょうね!」
「本場の指導、楽しみだなー!」
あれ? 目から汗が……
ハナコさんも、良かれと思って
コノハさん呼んでくれたんだよな。
うん、それはわかってるんだけど……
地獄が、より深くなった感じがした。
果たして俺は、書類と修行を両立して
この先、生き残れるのだろうか。




