第十三話 未だに信じられないんだよ
相撲部の面々に、ちゃんこにされかけた来人と
部室の前で派手に立ち回っていた俺と天道。
……現在、俺たち三人は、
部室棟のコンクリート床に並んで正座させられていた。
ハナコさんだけは、なぜかひなたの隣で
楽しそうに微笑んでいる。……解せない。
「あんたたちねぇ……部室の前でバカみたいに暴れて
迷惑だって思わないの!?」
腕を組み、仁王立ちで俺たちを見下ろすひなた。
その瞳には、ガチの怒りが宿っている。
「しかも、覗き!?
ほんっと……三馬鹿なんだからっ!」
「ひな……ひなた! 俺は違うから!
むしろ止めようとしてたんだって!」
「言い訳は聞きたくない!」
一喝。ソフト部のキャプテンの威圧感は伊達じゃない。
俺は思わず首をすくめた。
「ひなたちゃん、本当だよぉ。
太郎くん、ひなたちゃんのために
一生懸命頑張ってたんだよぉ」
……ナイスフォロー、ハナコさん!
女神の助け舟に、俺は心の中で拝んだ。
「へぇ……ま、まぁ、それはいいんだけど……」
ひなたが急に視線を泳がせ
頬を朱に染めてモジモジしだした。
「ハァ……ハァ……!
それで、自分はいつまでこの正座を
続ければよろしいでしょうか!大佐どの!
ハァ、ハァ!」
横を見ると、張り手でパンパンに腫れ上がった顔の
来人が、熱い吐息を漏らしていた。
……この男、この最悪な状況を
「非情な女上官による過酷な尋問」に見立てて
脳内補完プレイを始めてやがる。
やはり、覚悟の決まった漢は、格が違う。
「ひなた先輩! 僕も、覗きが目的ではありません!
僕はただ、太郎くんと正々堂々
決闘したかっただけで――」
「高校生にもなって、『決闘』なんて言わないの!」
ひなたの一喝に、完璧超人のはずの天道が
「ぐっ……!」と息を詰まらせて黙り込む。……強い。
「もういいわ。あんたたちは、さっさと帰りなさい!」
ひなたがシッシッと手を振った。
「たーくんも、ほら。一緒に帰るよ」
「……太郎くん。やはり君はずるいぞ!
天使と守護神を両手に携えるとは……
この、ハッピーセットめ!」
「そーだ、俺だって罵倒系のドS女上官、
欲しいっつーの!……あー、楽しかったー!」
ボロボロの体を揺らしながら、
清々しい表情で去っていく二人。
ひなたとハナコさん、三人での帰り道。
夕暮れに染まる道を歩きながら
俺は改めて謝罪を切り出した。
「ひなた、今日は色々迷惑かけてごめん」
「ううん、いいよ」
ひなたはどこか遠くを見つめたまま、小さく答えた。
「……覗かれないように
守ろうとしてくれたんでしょ?」
「それもあるけど、
あいつらと馬鹿やってるのが楽しくて。つい……」
「ホント、三馬鹿なんだから、
相手が私だからいいけど、ほどほどにしときなよ?」
呆れたように言いながらも
ひなたの口元は少しだけ緩んでいた。
「ひなたちゃんは守ってもらえたけどぉ
ハナコは今日、守ってもらえなかったんだよぉー」
不服そうに唇を尖らせ、
隣でハナコさんがぶつぶつと零す。
「えっ、なにそれ。たーくん、酷くない?」
ひなたがジト目で俺を見る。
「私、たーくんをそんな薄情な子に
育てた覚えはないよ?」
育てられた覚えもないけど……
そういえば、ハナコさんが気にしていた
「あの話」、まだ答えを出せていなかった。
「いや、なんでだろ……」
ハナコさんを咄嗟に庇わなかった理由。
自分でも腑に落ちないまま、ひなたの家の前についた。
「じゃあ、また明日」
ひなたと別れ、俺たちも帰路につく。
家族とハナコさんと食卓を囲み
風呂を済ませて自室へ戻る。
少しして、風呂上がりのハナコさんが
湿り気を帯びた金色の髪をなびかせて入ってきた。
……やっぱり、本物の女神みたいだ。
いや、本物なんだけど。
その姿を見た瞬間、すとんと腑に落ちた。
「……ハナコさん。俺、わかった気がする」
「ふぇ? 太郎くん、急に何言ってるのぉ」
「さっきの、ハナコさんを覗きから守らなかった理由」
俺は真っ直ぐに彼女を見た。
「ハナコさんって、凄く綺麗だろ?
一緒に過ごしてても、どこか遠い存在というか……
『彼女』だっていうのが、
未だに信じられないんだよ、俺」
「…………」
「ハナコさんと一緒に住んでるのに、
実感が持ててなくて。どこか他人事みたいに、
客観視しちゃってたんだと思う。
……ごめん。次は、絶対あんなことさせないから」
ハナコさんが、珍しく顔を赤く染めた。
「もー。家に着いてから
静かだなぁって思ってたけどぉ……」
彼女は少しだけ俯いて、照れくさそうに笑った。
「そんなこと、真面目に考えてたんだねぇ」
ハナコさんが、俺の正面に座って
おデコを人差し指でツン、と押した。
指先から伝わる柔らかな熱に、胸の奥がキュッとなる。
「ありがとうねぇ」
彼女が優しく微笑むと
俺の強張っていた心も自然と解けていった。
「……じゃあ、今日こそは一緒に寝るぅ?」
「いや、それは無理。
ハナコさん、寝相悪すぎるから死んじゃう」
「あらぁ、残念〜」
いつもの調子に戻ったハナコさんに
俺は心の底から安堵した。
俺は押し入れの布団に潜り込むと
暗闇の中、指先で押されたおでこを
そっとなぞってみた。




