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小さな聴講者

作者: しゃばくん
掲載日:2025/10/05

 市の主催する科学講演会の臨時スタッフとして雇われたタカシの最初の仕事は、講演に関する市民たちからの問い合わせメールに対応することであった。講師として招かれる博士は最先端の研究内容を分かりやすく噛み砕いてメディアで紹介することで人気があり、様々な立場の者から立て続けに問い合わせが来た。

 あるメールには、参加者が写真に写りこむようなことはないですか?との質問が書かれていた。今回の公演では講師の意向で会場での撮影が許可されている。偶然写りこんだ姿がSNSなどで不本意に拡散されてしまうようなことを恐れているのだろう。カメラを持っている観客には特に注意をはらって対応していますと回答した。さらに追記で、じっとしているのが苦手ですが平気ですか?と書かれていた。落ちつきのない科学好きな少女の姿を思い浮かべつつ、なるべく音をたてないようにねと返信した。


 「そろそろ大丈夫じゃないかと思っているの」と蝶のリリーは、恐る恐る家族に告げた。二週間前の悪夢の記憶は、蝶たちの間に根深い恐怖を植えつけていた。

人間が住むエリアには本来蝶の天敵は存在しないので、蝶たちは自由に飛び回ることが可能であった。しかしその日偶然、人間の飼い犬の口に蝶が間違えて飛び込み、食べられてしまった。通常食べることのない昆虫の味を覚えた犬が仲間を連れて二日後に蝶の群れを襲撃し、一族を食い尽くした。

 この事件をきっかけに蝶たちは、犬たちからその味覚の記憶が消え去るまで、彼らが住む人間の街に近づいてはいけないと、お互いに言い聞かせた。人間の持つ科学技術に興味があり、いつの日か人間に直接接触して話を聞いてみたいと考えていたリリーはショックを受けた。じっと我慢して二週間が経過したところで、そろそろ行ってみてもよいかと家族に相談したのだった。絶対に犬の目に触れることがないようにという条件つきで、親たちはしぶしぶ許可した。


 果たして実際のところ講演会の最中は、たいしたトラブルもなく時間が過ぎた。講師のファンと思われる客たちはカメラを持参し、講師の姿を撮りまくっていたがみなマナーをまもり、観客の姿が映りこまないように慎重にカメラの方向を確認しながら撮影していた。また、会場は屋外であったため、時々空を横切る鳥の姿や、機材に止まって羽を休める昆虫の姿などを写真に収める者もおり、のどかな空間となっていた。タカシも公演中ほとんどスタッフ席から動く必要もなく、安心して過ごすことができた。


 数日たったあと、講演会のスタッフらとともに食事をする場所に招かれた。彼らは会場で撮影した講師の写真を見せ合いながら、感想など言い合っていた。

 そのときふと、偶然ラジオで「生き物アワー」という番組が流れているのを聞いた。生き物たちからの投稿を紹介するというという内容のようだ。

 「きまぐれ蝶々さんからの投稿です。」

「わけあってしばらくの間、人間世界に近づかないようにしていたのですが、先日勇気を出して科学者の方の講演を聞きにいきました。事前に優しいスタッフの方にメールで相談もできたので、安心して話を聴くことができました。これからも目立たないように気をつけながら人間世界を探索したいです」

 タカシはそれを聞いた瞬間、自分のことだと気づいた。あのメールでは確かに「観客は写させない」と書いたが、人間以外の観客のことまで想定はしていなかった。

とっさにタカシはみんなのスマホを見回し、どの写真にも同じ蝶が写っていることに気付いた。タカシは立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ。「だめだ!みんな、写真を消去してくれないか!」

 なんという間違いを犯してしまったのだ。写真で姿をさらすことを最も恐れている蝶の姿を、まざまざと写真に撮ることを許してしまっていたのだ。

 同席者たちは彼の話をまともに受け取らなかったが、「そういえば、犬が蝶の群れを襲ったなんていう事件があったのを覚えているよ」とひとりがぼそりとつぶやき、事件の詳細を、苦笑いながら説明してくれた。

 すでに会場を訪れた何人もの客が写真を持ち帰り、SNSに拡散させていることだろう。遠くないうちに蝶の姿は再び犬の目に触れ、二週間前の悲劇が繰り返されることになるのだろうかと、タカシは果てしない後悔と絶望に襲われるのであった。

(おしまい)


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