◆第89話:繰り返す《完璧》◆
翌朝――。
“昨日と変わらぬ光景”が広がっていた。
焼きたてのパン。温かなスープ。賑やかな声が交錯する食卓。
まるで昨日をなぞるように。
「朝食は我が用意してやったのだ。感謝するがよい、セディオス」
「ありがとう、エクリナ。いただくよ」
無造作に逆立つ茶髪の男が微笑む。
その笑顔に頬を染めて返す少女――碧眼のエクリナは、けれどその胸中に微かな違和感を覚えていた。
(……この会話……昨日も、聞いたような……?)
ふと感じた“繰り返し”に、彼女は目を伏せ、静かに思案する。
◆
庭では、ライナとルゼリアが模擬戦を繰り広げていた。
跳ねる赤髪、ひらめく青い髪。その動き、その言葉、その掛け合い――どれもが既視感に満ちている。
「はい、そこで踏み込みすぎです、ライナ!」
「うぇ〜、また怒られた〜!」
声のトーンも、息づかいも、まったく同じだった。昨日と――。
(……これも……昨日、見た……)
エクリナはそっと足元の草花に視線を落とす。
そのとき――ほんの一瞬、花の色が白黒に褪せ、すぐに元へ戻った。
(今のは……?)
見間違いか、錯覚か。
だが、どこか“作り物のような”冷たさが、微かに肌を撫でた。
(いや……これは、ただの勘違いではない)
胸の奥に、冷たい確信のようなものが刺さっていた。
◆
その夜。
庭が一望できるテラス。
薄明かりの中、風が無音に揺れていた。
エクリナは隣に座るセディオスへ囁く。
「なあ、セディオス……うぬは、この日々を、どこまで覚えている?」
セディオスは一瞬、驚いたようにまばたきをし、そして穏やかに笑う。
「何を言ってるんだ、エクリナ。毎日、楽しく過ごしてるじゃないか」
その言葉に、エクリナも微笑んだ。
だが、そこには確かな影があった。
「……そう、か」
(この表情も……返しも……完璧すぎるのだ)
彼の笑みが、遠く――“描かれたもの”のように見えた。
(ならば我が、確かめねばなるまい。この《平穏》の正体を――)
夜風が頬を撫でる。
冷たく、まるで“外”から吹き込んでくる風のようだった。
エクリナは静かに目を閉じた。
音も、匂いも、息づかいすら――一瞬だけ、世界から消えた。
次回は、『10月16日(木)20時ごろ』の投稿となります。
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