◆第67話:仲間との再会◆
魔哭神が破れ、玉座の間には沈黙が訪れていた。
柱にはひびが入り、天蓋や絨毯は焼き焦げ、豪奢な神の椅子は煤けていた。
そして、ここには最早誰も居ない。
神は消え去り、神の戦具すらもいずこかへ消え去っていた。
カツン――カツン――
二人分の足音だけが、だだ広い空間に反響した。
小気味いい音ではない。たどたどしく、時折引きずるような、壊れた歩みの音だった。
肩を貸し合いながら、セディオスとエクリナは瓦礫の残る階段をゆっくりと下っていく。
決戦の名残が残る空間を、二人は確かに、生きて歩いていた。
「ごほ、ごほ……はあはあ……」
一歩ずつ進むたび、セディオスは堪えきれず血を吐いた。
鉄の味が口に広がり、閉じていても端から血が零れ落ち、壊れかけた鎧に滴っていく。
エクリナに半身を預け、歩みを進めていた。
「耐えるのだぞ……先ほどの場所に戻れば、ティセラから治癒を受けられる。それまでの辛抱だ……」
エクリナもまた、魔力が枯れて脚が重い。
全身の動きが鈍く、歩くたびに膝が震え、指先に力が入らない。それでもセディオスの半身を支え、見捨てずにいた。
階段を踏み外さぬように、歩幅を併せ、ゆっくりと進んでいく。
ようやく辿り着いたのは、大広間へ続く扉。
重く軋むそれを押し開けた瞬間――視界に、倒れ伏した影がいくつも飛び込んできた。
焦げた匂いに鉄錆の香り、血と魔力の残滓が混じる。
戦場の熱がまだ残る大広間、その中央に仲間たちはいた。
「……ティセラ……ルゼリア……ライナ……」
エクリナの声は掠れた。
セディオスを扉際にそっと座らせると、彼女は迷わず駆け寄った――いや、駆けようとして、足がもつれて転びかける。
踏ん張って、膝で滑るように距離を詰めた。
ティセラの傍らに膝を付くエクリナ。
「息は……あるな……良かった。ティセラ……ティセラ……無事か? 目を覚ますのだ……」
祈るように、願うように、親友たるティセラに囁くように声を掛ける。
髪についた瓦礫を払いのけ、頬を撫でるエクリナは涙を溜めていた。
やがて――
「――……エク……リナ……エクリナっ!」
呻くように声を出し、残った力で目を開いたティセラが、泣き崩れるように叫ぶ。
再会の喜びと安堵、全ての想いが涙になって頬を濡らした。
「終わった……魔哭神は討ち果たした。すべて、終わったのだ……」
震える手でティセラの肩を抱くエクリナ。
その声音は、かつての“魔王”のものではなかった。
――親友の目覚めに安堵する少女そのものであった。
その声に、他の二人も気づいた。
「ん……? エクリナ……? 本物……?」
「よかった……ほんとうに、よかったぁああ……!」
ルゼリアとライナが泣きながら飛び込んでくる。
ティセラは泣き崩れ、ルゼリアは声を殺しきれずにしゃくり上げ、ライナは子どものように笑い泣きした。
三人はエクリナに縋り、肩を寄せ合い、声を上げて泣いた。
「ルゼリア! ライナ! よくぞ無事であった!」
「本当に……大儀だったぞ!!」
炎雷の姉妹の頭を抱き、喜びのあまりに髪を掻くように撫でるエクリナ。
その指がほどけた瞬間、堪えていたものが決壊した。
「やったぞぉぉぉ!! うぬら……うぬらぁぁ……っ!! 誰も欠けてない……っ!! 生き残ったんだぞぉぉぉ!! うわぁぁぁぁ!!」
勝鬨をようやく上げ、生還を噛みしめ、号泣し、顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
王の威厳も、魔王の仮面も、ここではいらなかった。
その光景を少し離れた場所で見つめる男がいた。
「良かったな……エクリナ……」と掠れた声でつぶやく。
泣き叫ぶ声が、抱き合う光景が、セディオスが得たものであった。
安堵の笑みを浮かべ、エクリナらが泣く姿を見護っていた。
笑みの影で、魔核の痛みが心臓を殴り続けるように響いていた。
――だが、この時ばかりは気にならないほどの安らぎを彼は得ていた。




