◆第69話:終わりの先に灯る怪しい光◆
◇ ◇
柔らかな陽光が差し込む午後のテラス。
揺れるカーテンの隙間から、鳥の囀りと、微かに花の香りが漂ってくる。
エクリナは、一脚の椅子に腰掛けて、静かにまどろんでいた。
レースのエプロンが揺れ、白銀のカップからは、温かな紅茶の香りが立ちのぼっている。
ふと、瞼を開けて空を仰ぐ。
どこまでも青く、何もかもが平和で、穏やかだった。
「……懐かしい……まことに懐かしい夢であったな……」
口にした瞬間、胸裏をかすかに揺らすざわめきが残る。
それは怒りと絶望に沈んでいたかつての己の影――だが、今はもう過去の残滓にすぎない。
言葉は、遠き過去への返歌のように静かに響いた。
孤独に沈み、世界を裏切り、裏切られたと思い込んでいた、過ちと痛みの記憶。
そして――
セディオス。
あの男に出会い、止められ、導かれ、共に歩んだ旅のこと。
「……この前の、リゼルとの邂逅で……昔を思い出さされるとは……」
その呟きには、もはや苦しみではなく、過去を受け入れた者の落ち着きが宿っていた。
だが――内奥には、未だ消えぬ炎が、確かに灯っている。
視線を、テラスの先の庭へと向ける。
そこにあったのは、変わらぬ日常。
土の香りのする農園では、セディオスとティセラが肩を並べて種を植えている。
どこか楽しげな、仲睦まじい笑い声が風に溶けてゆく。
ルゼリアとライナは、干し終えた洗濯物を二人で丁寧に回収していた。
時折笑い合いながら、些細な言葉を交わしている。
――ああ、これが我が“家族”か。
エクリナはそっと目を細めた。
「……我が正しさは、今でもこうして証明されておる……」
あの日求めた答えは、剣でも、魔法でもなかった。
戦いではなく、繋いだ手の温もりの中にあった。
その確かな絆が、時を重ねてここにある。
どんな戦よりも、何よりも尊く、あたたかなもの。
彼女は椅子から立ち上がり、テラスの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「――さて……夕餉の支度をせねばな」
心からの微笑みを浮かべながら、ふわりとスカートを揺らして歩き出す。
日常を奪われた日々は、もう過去。
いま彼女が守るのは、戦場ではなく、このささやかな暮らし。
夕陽に染まるテラスを後にして、エクリナは静かに歩を進める。
その背には、王としての誇りと――
家族への、尽きぬ愛が、優しく灯っていた。
――魔王メイド・エクリナのセカンドライフ。
それは、静かなる幸福へと続いていく。
* * *
魔哭神の廃墟、玉座の背後から地下に連なる階段の先の暗い闇。
そこに灯るのは、魔導灯ではなく、虚空に浮かぶ薄青い映像。
「……ネヴァ。言った通り、“実験”で彼女の精神に干渉してみろ」
リゼルの指示に応じ、姿を現したのは――
ボサボサの淡桃色の髪に紅の瞳。くたびれた白衣を纏い、小柄な体に底知れぬ狂気を宿した少女。
幻術と意識干渉を得意とし、奇妙に間延びした声で喋るその少女こそ、ネヴァであった。
「はぁ~いぃ。夢としてぇ追体験させぇてぇ、その記憶をぉこちらにぃ映す感じでぇすぅねぇ~。
……ほらぁ、うまく映ってぇますよぉ」
薄青い光がゆらぎ、エクリナの歩んだ過去が次々と投影されていく。
ヴァルザの傍らに在った日々から、その選択の果てまで――。
◇ ◇
「ふ~~ん……やはりエクリナはヴァルザ様のお気に入りでしたか。あれほどの寵愛を……羨ましい限りですねぇ」
少女とも少年ともつかぬ、華奢な姿のリゼルは、微笑みながらも底冷えする視線を送った。
その口調は軽くとも、胸奥には嫉妬と執着の影が色濃く渦巻く。
「これが、彼女が選び取った軌跡……神の子が、人間を選んだ、と?」
「う~~ん、生まれながらの性格も作用しているんですかね?それはそれで面白い」
「そして――こいつがヴァルザ様を……ッ! こんな人間風情が!」
怒気を押し殺しきれず、机を打ち据える。
握った拳の内側から、じわりと赤い雫がにじみ出た。
しばし深く息を吐くと、リゼルは口角を吊り上げた。
「……まぁいい。復讐の機会は必ず訪れます。それより――"あれ"の実験を始めましょうか」
「……ネヴァ、こちらへ」
「はぁい、リゼル様ぁ。どうかなさいぃましたぁかぁ~?」
呼ばれたネヴァは、くたびれた白衣を揺らしながらリゼルへと近づいていく。
「次の計画の準備、どこまで進みましたか?」
「順調でぇす。素材の加工にあとぉ三日、術具の完成は……一週間とちょっとぉ、って感じでぇすねぇ」
「ふむ、遅らせるな。その間に、私も別件を進めておきます」
「おやぁ、外出ですかぁ?」
「ええ、大体の場所には心当たりがあります。五日以内には戻ります。受け入れの準備を」
「かしこまりまぁした。楽しみにしてまぁすよぉ、リゼル様ぁ」
ネヴァは無邪気な笑みを浮かべたが、その足元には加工途中の魔導器の残骸が散らばり、不気味な魔力の唸りが低く響いていた。
「……楽しみですね、エクリナ。あなたも、きっとそうでしょう?」
映し出されたエクリナを一瞥し、リゼルは背を向け、闇へと消えた。
残されたネヴァは唇の端をつり上げ、工房の奥で金属を削る甲高い音が鳴り始める。
やがてその音は、地下全体に不気味な脈動のように響き渡った。
四章の完結となります。
文量がラノベ一冊分と長い章となりましたが、書きたいことは網羅出来たつもりです。
タイトルに「セカンドライフ」と銘打ってますので、今回で「ファーストライフ」を描いたつもりです。
「ファーストライフ」は、恐らく誰しもが受け入れている現状であり、良くも悪くも「運」「選択」「覚悟」が付きまとうと思います。
私も早く「セカンドライフ」に移行できるようにしたいものです。
さて、次回からは五章に突入します。
セディオスメイン回ですので、お楽しみに!
次回は、『9月18日(木)20時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いしますm(__)m
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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