◆第68話:魔王の城、メイドの誓い ◆
それから、しばしの休息が与えられた。
ティセラは簡易の回復術式を展開し重傷のセディオスの治癒を行い、残っていた回復薬を皆に分け与えた。
「セディオスはしっかりと約束を守ったんですね、まさか魔核を犠牲にするとは想像しませんでしたが……、エクリナを助けてくれて………ありがとうございます」
涙を浮かべて感謝するティセラであった。
息を詰め、嗚咽をこらえる。
セディオスはそっとティセラの頭を撫でて答えるのであった。
ルゼリアは無傷だった鍋と布を探し出して食事の支度を始め、本日は主なき城の一角で、野営することとなった。
エクリナとライナは物資を調達するため、まだ無事な区画を探索する。
その途中、朽ちた一角で”イイもの”発見したのだった――
◇
翌日。
城を離れ、丘の上に立った五人は足を止めた。
振り返れば――神の城が、夕陽に沈む影となって佇んでいる。
滅びの神が消え、戦火を生んだ存在はもういない。
けれど、その勝利が語られることはない。
人々は知らぬまま、ただ静かに平穏を享受するだろう。
長き戦いは、知らず知らずのうちに幕を閉じたのだ。
しばし黙して城を見つめ――やがて五人は視線を前に戻す。
主を失った城を背に、新たな日常へと歩き始めた。
◇
森に張った野営地で、エクリナは一人星空を仰いでいた。
旅の目的を完遂した日の夜は格別だった、瞬く星の輝きが心を満たす。
しかし、目的を喪ったその姿は、どこか虚ろで、儚かった。
「……我は、もう、何のために存在すればよいのだ……」
ぽつりと漏れた言葉に、静かに隣へ腰を下ろす男の姿があった。
かつて、名誉も故郷も剥奪され、彷徨っていた男。
命を削るように戦い続けてきた放浪の騎士は――
その旅路の果てに出会った少女の“心”に、救われていた。
「なら、ずっと傍にいてくれないか?」
「……んん?」
「俺の生きる道標になってほしい……エクリナ、お前が傍にいてくれれば、それでいい」
「かつての俺は、全てを失っていた。だが――今は違う。お前が、“俺の在り方”を教えてくれた」
一瞬、エクリナは目を伏せ、長い沈黙の末――
頬を伝う一筋の涙を、指先で拭いもせずに、微笑んだ。
「……そうだな。それで十分だ。うぬと共に在れるのならば――それが、我の“いま”だ」
◇
焚火を囲み、エクリナは皆に語りかけた。
「我らは苦楽を共にし、命を賭し、協力し、大義をなした」
「……だが、もはや“魔王軍”は不要であろう…………。本日を以て、解散とする」
驚愕の声が広がる前に、エクリナは微かに笑みを浮かべた。
焚火の赤い光がその横顔を照らし、彼女は一拍だけ息を整える。
「その代わりに、提案がある――“家族”にならぬか?」
ティセラが目を見開き、ルゼリアが頭をかしげ、ライナは一瞬意味を測りかねて口をぽかんと開けた。
「人と同じように、同じ屋根の下で暮らし、笑い合い、支え合う……その日々を、我らでも築いてみたいと思うのだ」
一瞬の沈黙が落ちた。焚火がはぜる小さな音が、やけに大きく響く。
ティセラがゆっくりと口を開く。
「……エクリナ、それって、つまり……私たちはもう、王の“部下”じゃなくて……?」
「そうではなく、“家族”という枠で生きていこうということだ。どうだ?」
四人は、旅路で交わした思い出を一つひとつ思い返す。
そして――
「賛成です」
「……ん、いいと思います」
「もちろん、王様と一緒なら!」
「エクリナがそう言うなら、俺も従おう」
焚火の赤い光が、皆の頬を淡く染める。
炎のはぜる音だけが、エクリナの言葉を静かに包み込んでいた。
こうして、新たな“家族”が生まれた。
◇ ◇
その後、”緑風郷リマリス”の外れで、一つの館が売りに出されていることを知る。
古びてはいたが、広く、周囲も静か。加えて、魔法書までついてくる好物件だった。
「うむ、よい館だな。街は遠いが、歩けばよい――ここを買い取るとしよう!」
「いや、金がないぞ……?」とセディオスが指摘するも。
「大丈夫だ、金ならある!」と、エクリナは《次元重層収納式〈ミディア・アーカイヴ〉》から山ほどの金貨を取り出して見せた。
「まさか……これは」
「ふふ、神を討った報酬がこれくらいあっても良いであろう?」
城の倉庫で見つけた戦時資源の山。これが、彼女たちの新しい生活の始まりとなった。
◇ ◇
館の中。引っ越し当日。
皆がエクリナの言葉に耳を傾けていた――のだが、あまり集中できていなかった。
視線が、エクリナへと吸い寄せられている――だが、それは彼女の放つ魔力ではなく……
……誰も、すぐには言葉を発せなかった。
空気が、ふわりと甘く揺れる。
「……セディオスは館の主に、ルゼリアは魔法書の管理、ライナは食糧調達、ティセラは生活用魔導術具を……」
全員の視線は、彼女の姿に釘付けだった。
――エクリナは、見慣れぬ姿で立っていた。
ふわりと揺れるスカートに、白いエプロン。
丁寧に整えられた髪にヘッドドレス。
膝丈のドレスにレースが揺れ、足元には上品なブーツ――
そう、彼女は“メイド服”に身を包んでいた。
「ん? ああ……考えた末に決めたのだ」
「これからは、我は“メイド”となってセディオスの傍に仕えることにした」
「……罪多き我は、妻にはなれぬ。だが、せめてそばにいたいと願った――」
「この姿ならば、許される気がしたのだ……」
頬を赤らめながら語るその表情に、誰もが声を詰まらせた。
そして――
「王様、それ似合ってる!」
「その……凄く、いいと思います……!」
「友の選択ならば……」
「エクリナ、……その姿、お前らしいな 」
皆が笑顔で、彼女を受け入れた。
こうして、“元魔王”は新たな生き方を選んだ。
メイドとして、家族として、そして一人の少女として――
魔王メイド・エクリナのセカンドライフが、ここに始まった。
――そして、静かな日常のなかで、新たな物語がまた始まっていくのだった。




