◆第65話:覚悟の三重奏◆
戦場と化した大広間の扉前、少女たちの荒い息遣いだけが響いていた。
敵――魔哭神が送り出した第五の波を前に、ティセラ、ルゼリア、ライナはついに膝をついていた。
魔導ゴーレムの大半はすでに沈黙し、漆黒の兵たちの四波を撃退した直後であった。
だが、再び広間には鎧兵の足音が響き渡る。
第五波――更に大群が、音もなく現れたのだった。
「……キリがないですね……」
ティセラが呟く。その声に、疲労と冷静が入り混じる。
「でも、ここを突破されると……王様が危ない!」
「……ええ、絶対に通しません!」
ライナとルゼリアが顔を上げ、わずかに血に濡れた額を拭った。
ティセラは無言でうなずくと、静かに魔導盤を展開した。
《浮遊式聖印装置ソリッド=エデン》四基の魔導戦具が大広間に配置され、彼女たちを中心に輝き始める。
「詠唱時間は、私が稼ぎます。ルゼリア、ライナ、最大出力でお願いします」
その直後、ルゼリアが前方へ炎の壁を展開し、敵の進軍を一瞬止める。
ライナは左右から迫る砲撃を雷撃で打ち消し、ティセラは光壁で三人を包み込む。
わずかに稼いだその時間――
それこそが、極大魔法の詠唱に移るための最後の猶予だった。
そして、切り札の詠唱が始まる。
敵はそれを察知し、暴風のような総攻撃を仕掛けてきた。
ゴーレムの砲撃、兵士たちの剣、魔力弾が結界を叩きつける。
「聖き空に、偽りの楽園など要らぬ――焦がし尽くせ、星の焔よ。天の階より顕現せよ、罪を数えし紅蓮の鉄槌。救いも許しもない、この焔こそが裁き……!」
ルゼリアの紅髪が揺れ、魔導戦具《焔晶フレア・クリスタリア》が〈紅蓮双輪〉へ花びらのように展開し全出力で輝いた。
怒涛の攻勢が、ティセラの結界に亀裂を刻む。
「崩れよ、刃よ――裂けよ、空よ――この身が砕けようとも、我が雷は止まらないッ!
千の嵐を、零に収め――いま、世界を塗り潰せッ!!」
雷を纏ったライナが叫ぶ。足元に雷痕が走り、《魔斧グランヴォルテクス》が雷殛槍刃となり、数倍の大きさまで展開し唸りを上げた。
意思なき有象無象は、結界の局所破壊を狙う。
同一点へと攻撃を重ねてくる。
「静寂なる加護よ、今こそ姿を帯びよ……この地に影を許さぬ、白き拒絶を押し出せ。
見えぬは慈悲にあらず、打ち砕く断罪の盾なり――全ての悪しきを光で裁け!」
ティセラの詠唱が完成する瞬間――
結界の所々が砕け、三人に攻撃が届き始める。
火花が頬を焼き、痛みが走る。だが誰も声を止めなかった。
ティセラは極大魔法を制御しつつ、結界を重ね、維持を何とか図る。
切り札の極大魔法を最大威力で放つため、こらえる必要がある。
「くぅっ……限界、までは……」
理屈では持たない――それでも、感情が命じていた。倒れるのは、詠唱の後だ。
ティセラの額から、冷や汗が一筋伝う。
視界が滲む、骨が軋む音が耳の奥で響く。
腕が震え、膝をつきそうになる――それでも、詠唱だけは止められない。
――そして、ついに。
《浮遊式聖印装置ソリッド=エデン》の一基が砕けた。
「今……っ!!」
その声が、最後の合図となった。
「――セレスティアル・ヴォルカニクス!!」
天が裂けた。
無数の紅蓮の隕石が降り注ぎ、炎の雨が敵を焼き尽くす。
「――ゼロ=アーク・イグナイトッ!!」
雷がうねり、巨大な雷殛槍刃が投擲され閃光とともに敵陣を貫く。全てを焦土へと変える。
「――インヴィジブル=パラディウム、起動ッ!!」
目に見えぬ巨大な光壁が地を穿ち、敵を押し潰す。
その白き結界は、転送術式すら飲み込み、魔力の流れを断ち切っていく。
三人の詠唱が重なり、世界が震える。
紅蓮、雷撃、白光――三つの極大魔法が同時に解き放たれ、閃光と轟音が戦場を呑み込む。
一瞬で全てが燃え、砕け、押し潰された。
城を破壊せんがごとく、注ぎ込むは魔力だけではない。
忠誠・仁義・覚悟、全てを糧として約束を守るために……
◇
灰燼と化した大広間に、爆風と閃光の余韻だけが残る。
そこに立つのは、疲労困憊の三人の少女たち――
「……はあ、はあ……これで……終わった……?」
ライナは力尽きた《グランヴォルテクス》を回収し、魔斧を支えに立ち微笑む。
「ん、なんとかなりましたね……王のため、ですから……」
ルゼリアが苦しげに、しかし笑って呟いた。
そして二人は崩れ倒れた。
ティセラは二人を確認し、薄く微笑んだ。
「何とか……守りましたよ、エクリナ……」
その声を最後に、ティセラもまた、力尽きてその場に崩れ落ちた。
戦場には、焦げた空気と、静寂だけが残されていた。
――だが確かに、彼女たちは守り抜いた。
魔王の背を、未来のために。
次回は、『9月14日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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