◆第64話:終焉を導く刻◆
ヴァルザの笑いは止まなかった。
「くふ……いいぞ。玩具がなければ退屈で仕方なかったが、ようやく愉しめそうだ。
もっと見せろ……その“魂の揺らぎ”を!」
天へ掲げた大杖から放たれるのは、歪な魔方陣。
「万骸の讃歌〈ネクロ・レクイエム〉、
そして……天断の喇叭〈シエル・トランペット〉。」
死霊の咆哮と天崩の光柱が重なり、炸裂する。
「ティセラが言っていたな――“あの術式、止めないと死ぬ”となッ!」
セディオスが叫び、光を纏った剣でその魔法陣を叩き斬る。
「煌斬聖破!」
衝突、爆風、閃光。
エクリナがその隙を縫い、空間を穿つように跳躍。
既に詠唱は完了していた。
「魔盾盤ヴェスペリア、リミット解除!、
空間極大魔法――アニヒレイト・ゼロ=ディメンション!!」
冥闇の空間が破壊され、ヴァルザの身体を飲み込まんとする。
が――
「遅いな。それは既に“見た”魔法だ」
ヴァルザの身に宿る魔核が閃光を放ち、空間を拒絶。
そして、彼の手には大剣形態《セファル=クレイモア》が握られ、刀身には空間魔法を纏っていた。
「お返しだ――《終焉剣舞・模刻》!」
セディオスと同じように戦技と魔法を組み合わせた技。
空間が崩れ、地が裂け、剣閃がエクリナとセディオスを弾き飛ばす。
だが、彼らは即座に立ち上がった。瞳の奥には、もはや迷いはなかった。
「この程度……で、止まっていられるか……!」
「我らの誇りにかけて、貴様を倒す!」
魔王と剣士は再び並び立つ。
ヴァルザは満足げに笑いながら、背後にもう一つの魔方陣を展開する。
ヴァルザの唇が、ゆっくりと綻ぶ。
「ふふ……そろそろ、“本当の痛み”を与えてやろう。これは――最も美しい葬送の旋律だ」
ヴァルザが掲げた《律創杖剣〈レギオン・セファル〉》から、数十の魔術式が浮かび上がる。
空気が震え、玉座の間全体が悲鳴を上げる。
光が収束する中、詠唱が響いた。
「嘆きの残響、涙の沈黙、命の終焉を束ねしは――裁きなき審判の燈。
咲かせてみせよう、この世界に“終わり”という名の花を……!」
そして、高らかに叫んだ。
「――ディス・イレ!!」
放たれた蒼白の魔炎は、玉座の広間を一瞬で呑み込んだ。
全てを灼き、喰らい、因果すら灰燼に帰す葬火。
地面が崩れ、魔力の奔流が暴れ狂う。だが、それに対し――
「我が王命に従いし夜よ……顕現せよ、終わりを告げる黒き月。
天を焦がし、地を穿て。命も、咎も、運命すらも――一つ残らず、焼き尽くしてみせよう……!」
エクリナの詠唱が響き渡る。
「――ディア=エクリプス・サンクションッ!!」
放たれる、二つの終末。
蒼白と漆黒の奔流がぶつかり、爆風が玉座の間を引き裂く。
瓦礫が落ち、視界は閃光に白く塗り潰された。
……激しい轟音で、音が聞こえなくなる。
ただ、荒く胸を打つ鼓動だけを感じる。
静寂を破ったのは、セディオスの踏み出す足音だった。
「いましかない……!」
セディオスが跳んだ。広間を斜めに切り裂くように、疾風のごとくヴァルザへ肉薄する。
「――フェイト・スラッシュ!!」
一撃目がヴァルザの脇腹を狙い、鋭く振り抜かれる。
が、三重の結界が魔力の盾となって軌道を逸らす。
「その結界は無敵ではなかろうッ!――ルミナス・クリムゾン!!」
炎と闘気をまとった横薙ぎの斬撃が、結界を震わせる。
赤き光が火花のように散る中、さらに畳みかける。
「――テンペスト・ブレード!」
連撃、連撃、さらに連撃。風を纏った剣閃が、竜巻のようにヴァルザを包む。
装甲を叩く鋼音と、魔力障壁の軋む音が玉座の間に響く。
竜巻のごとき剣閃が広間を覆い尽くした。
石床が裂け、瓦礫が宙を舞う。
……しかし、その渦の中心にヴァルザは立っていた。
衣の裾は裂け、口元には嗤いが浮かぶ。
「……面白い」
押し込まれ引きながらも、全身から魔力が逆流するように溢れ出し、爆ぜる雷光が竜巻を裂いた。
「逃がすか――アストラル・リバース!」
セディオスが魔剣を掲げ、反射の魔力を発動。放たれた雷はそのまま反転し、ヴァルザの周囲が爆ぜた。
(ここだ――!)
「その隙――貰ったぞッ!――孤絶・断境閃!!」
振り下ろされた一閃は、三重の結界に裂け目を刻み――
瞬間――鋭い破砕音とともに、結界を構成していた《三重輪トリプル・インスクリプト》が負荷に耐えられず砕けた。破砕された結界が散り散りの破片となり、空中に煌めきながら消えていった。
爆ぜる魔力の余波が玉座の間を駆け抜け、空気が一瞬、凍りつく。
「ほぅ……吾が自慢の結界術具が……割れたか……」
ヴァルザの瞳が細まり、口元に笑みが浮かぶ。
「その力、ますます愛おしい……だが、まだ“この程度”でしかないな」
――決着の刻は、すぐそこに迫っていた。




