◆第62話:玉座の門を越えて◆
魔哭神の居城――
荘厳かつ冷ややかな空間が広がる、玉座に続く大広間。
魔王と剣士、そして三人の臣下が玉座の扉前に立っていた。
「……流石に扉の解除は難解だな」
エクリナの声が低く漏れた。
大広間は、ただならぬ威圧感を漂わせ続けている。
数十体のゴーレム像が壁際に並び、赤い魔眼を沈めて待機している。
「このゴーレムたちは……扉に付与されている術式と連動してますね。起動条件を満たせば、一斉に動き出します」
ティセラが周囲の魔力干渉を分析し、額に皺を寄せた。
「なるほど、扉の術式を解くにしても手順が幾つかいるな、まずは―――」
エクリナが言いかけた瞬間。
バチィッ――!
耳をつんざく音と共に、扉を囲む術式が干渉しあい、凶悪な反応を起こす。
「なんだ!?、勝手に……く、ヴァルザめ。罠を……!、急がねば!」
エクリナが空間干渉による術式無効化を試みると、扉の封印は確かに解除された。
だが、扉の背後に隠されていた起動術式までには及ばず、更に防衛の術式が発動した。
「魔力反応……、複数体……空間転移っ!? これは……!?」
ティセラが顔色を変える。
ゴゴゴゴ……ッ
床が震え、壁が軋む。
並んでいたゴーレム像が、一斉に赤い魔眼を見開いた。
さらに空間が歪み、次元の狭間から闇の兵が続々と転移してくる。
将級、上級、中級、下級――戦場で幾度も対峙した兵が混成され、
数百の軍勢が広間を埋め尽くしていく。
「大広間そのものが、“最終防衛陣”か……!」
セディオスが剣を抜き、身構える。
だが――ティセラは、扉を開け放つ。ほんの一拍、目を閉じて静かに言った。
「……エクリナ、セディオス。先に行ってください」
「なに?」
「この戦力は私たちで止めます。貴女たちは……玉座へ」
「馬鹿を言うな! うぬらをここに残してなど――!」
エクリナが叫ぶが、ティセラは微笑みながら、肩をそっと押した。
「我らの王が、真の敵と対峙する時です。これは、私たちの誓いの戦い――」
「ティセラ……」
「必ず……生き残ります。だから必ず、再会しましょう」
ティセラの後ろで、
ルゼリアは口元に静かな笑みを浮かべ、「ご武運を」と深く一礼し、
ライナはいつも通りの笑顔で「勝ってね!」と手を振った。
ティセラはセディオスに目配せをし、ほんの刹那、深い信頼が流れた。
セディオスは「任せろ」と短く応え、エクリナの手を引いて玉座へ駆けた。
――そして。
重厚な扉が、世界を隔てるような鈍い響きを残して閉ざされる。
わずかな振動が足元を伝い、音が森閑とした廊下に溶けていく。
その音は、まるで運命の鎖が最後の環を繋いだかのようだった。
それは、もう後戻りできぬ戦いの始まりを告げる音だった。
◇ ◇
「さて、私の盟友で王の使命を全うさせるためです」
とティセラの声にルゼリアとライナも防衛の軍勢を冷たい眼差しで一瞥し―――
「「「ここで潰します!!」」」
言うと同時に、ティセラの掌から結界術式が放たれた。
煌めく魔法陣が大広間全体を包み込み、内部を封鎖する。
「敵は排除します!」
ルゼリアが唇を吊り上げ、魔導戦具《焔晶フレア・クリスタリア》を起動させた。
「王様のためなら、なんだってやってやるよ……ッ!」
ライナは雷光をまとい、《魔斧グランヴォルテクス》を構える。
――そして、殺意に満ちた敵軍勢が一斉に襲いかかる。
「インフェルノ・アークフレア――焼き尽くしなさいッ!!」
ルゼリアが詠唱と共に放った高位魔法が、無数の雑兵を包み、焼き払った。
「ライトニング・ヴァンキッシュ――喰らえぇッ!!」
ライナがゴーレムへ突撃。雷を纏った槍撃が、機械兵の装甲を貫く。
「結界変位――アブソリュート=コードフィールド展開。魔力停止準備……完了」
ティセラの《浮遊式聖印装置ソリッド=エデン》が四方に浮かび、起動した浮遊型魔導士の魔法発動を停止。
少女たちの戦いが始まった。
数では劣る。だが、意志では負けない。
一斉に動き出した機械兵たちの大軍。魔導士型は魔力収束の詠唱を開始し、重装歩兵型のゴーレムは大地を揺らしながら前進、弓兵型は頭上に構えた弓から殺到する矢の雨を生み出す。
「……来ます」
ティセラの瞳が、冷徹な光を帯びた。
一斉射撃。空が矢で覆い尽くされる――が、次の瞬間、ティセラの足元で陣式が爆発的に輝く。
「結界転位ディフレクション・フォートレス――反射開始!」
数百本の魔力矢が空間の歪みに吸い込まれ、進路を変えて敵軍へと跳ね返る。後方の弓兵ゴーレムが次々と味方の矢によって撃ち抜かれていく。
「小賢しい……っ!」
中級兵が怒声を上げて突撃するが、ルゼリアがそれを遮るように踏み込む。
「カーミネイト・インパクトッ!!」
焔晶が回転し、紅蓮の拳を放つ。火力に魔力を集中させた魔弾が弧を描き、前衛をまとめて吹き飛ばした。
「まだまだ全然足りないッ!」
ライナが叫び、ゴーレムの前に立ちはだかる。
「サンダークラッシャー・ドライブ!!」
雷を蓄えた《魔斧グランヴォルテクス》雷大両刃斧形態が高速回転し、四方から迫る重装ゴーレムの攻撃を押し返す。
一体のゴーレムの腕が雷に貫かれて爆発し、吹き飛んだ腕が隣の機体を巻き込む。
「させないよッ!!」
跳躍、そして落下。雷大両刃斧形態の一撃が、直下の機体を粉砕する。
「防衛魔導士像が再起動を……!」
ティセラの視線が跳ねる。空中に浮かぶ敵の魔導士像に向けて、《浮遊式聖印装置ソリッド=エデン》の四基を展開。
「聖律に従いし古き約定よ……この空に紡がれし十の印、我が結界を貫いて姿を現せ。正義ではなく、守る意志のために――、天に立て、輝ける盾よ!
〈セフィロト=ガーディアン〉、召喚する!」
結界魔法を“実体召喚”へ転化――巨大な〈光の守護騎士〉が顕現する。守護騎士は攻撃を悉く遮り、殲滅光撃で反撃した。
「ギ、ギギギ……ッ!!」
敵の上級指揮官型ゴーレムが動き出し、漆黒の大剣を肩に担いでティセラに狙いを定めた。
だが、その前にルゼリアが踏み込む。
「王の道を、邪魔するのは許しません!!」
〈イモレーション・ブラスト・ヘル〉――超高熱の焼滅砲が一直線に上級ゴーレムを貫く。
金属の装甲が熱で変形し、内部の魔導核が暴走、赤い光を放って爆散した。
「こっちもこれで!!」
ライナがもう一体の上級型に挑む。〈ライトニング・フォージ〉で跳びかかり、接近戦で連撃を叩き込む。
だが、圧倒的な防御力に魔斧が通らない――。
「っぐ……このッ……ならッ!!」
雷殛槍刃形態へ変形、斧刃を四方へ展開し、高速回転による貫通突撃――
〈アーク・ランサー・ヴォルト〉!
雷を纏った貫通斬がゴーレムの胸を抉り、魔核を貫いた。
「数、減ってきましたね……?」
ティセラが息を整えながら問いかける。
返事はなかった。額から流れる汗と血が、彼女たちの過酷さを物語っていた。
それでも――彼女たちは立っていた。
――この場を死守する。その意志が、全身から放たれていた。
「エクリナ。必ず辿り着いてください」
ティセラがそっとつぶやいた時、再び敵陣が動いた。
少女たちの死闘は、まだ終わらない――。
次回は、『9月11日(木)20時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いしますm(__)m
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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