◆第61話:魔哭神の城に到着、隠密突入◆
◇ ◇
暗雲に覆われた黒き城塞――その姿が、深い霧の向こうに沈んでいた。
禍々しい魔力が絶え間なく城全体から発され、風も鳥も拒むように辺りは沈黙に支配されている。
この地こそ、かつてエクリナたちを創り、歪ませ、そして踏みにじった存在。
――魔哭神ヴァルザが籠もる居城であった。
「……ついに来たな」
森の茂みの中で、セディオスが呟いた。
「うむ……我らが決着をつけるべき地だ」
エクリナは鋭い瞳で城を見据える。
五人は無言のうちに頷き合い、森の闇に身を溶かすように前進していく。
城壁近辺に“生物型”の警戒兵はいなかったが、その代わりに魔力の感知網が張り巡らされていた。
「侵入者検知型の魔導術具が埋設されています。この程度なら……任せてください」
ティセラは足元の石に触れ、小さく詠唱する。
「デコード・セクター〈干渉中枢逆断式〉――解除」
術具を構成する魔力回路が静かに無効化され、結界の反応が途絶えた。
「うまくいきました。……けれど、これは“表向き”の罠。ヴァルザの性格なら、必ず重ねています」
「当然だ……奴は何も信じぬ。すべてを道具にし、二重三重の結界を張るのが常だ」
エクリナが呟き、右手を掲げる。
「空間干渉〈ヴェスペリア・オーバーコード〉……起動」
目には見えぬ多層の術式が浮かび上がり、ひとつひとつ剥がされていく。
城そのものが生きているかのように、石畳の下から低い脈動が伝わってきた。
遠くの回廊からは、呻きとも笑いともつかぬ音が響く。
「……慎重に」ティセラが息を殺して呟く。
セディオスは剣に手をかけ、闇の奥を睨んだ。
「何かが、こちらを見ている……」
背筋を這う冷気がさらに濃くなる。
ライナが思わず肩をすくめる。
「うぅ〜……まるで、ずっと監視されてるみたいだ……」
「それが“魔哭神”のやり方だ」セディオスが低く返す。
「敵も味方も信じず、疑うことで“絶対の支配”を築く」
「ならばこそ、そこを突いて終わらせる」
エクリナの声は、冷たくも決意に満ちていた。
◇ ◇
やがて五人は、城の中枢部――“玉座前の大広間”へと到達する。
重厚な扉を押し開けた瞬間、圧迫感と死の匂いに満ちた空気が流れ込んだ。
天井は高く、荘厳な装飾が施されていたが、その美は禍々しい瘴気に覆い隠されている。
広間の両翼には、起動を待つ兵装が沈黙していた。
・重盾と斧を構えた近衛型の重戦士ゴーレム。
・魔法陣を刻まれた衣を纏う浮遊型魔導士像。
・天井の梁に潜む異形の狙撃兵。
いずれも“まだ”動かない。
だが、瞳に埋め込まれた魔石がわずかに赤く脈打ち、指先がかすかに震える。
――一歩でも誤れば、即座に動き出すだろう。
「……これらは玉座前の最終防衛。侵入者を迎えるための自動兵器のようですね」
ティセラが低く告げる。
「広間そのものが“鍵”か。……ここからが本番だな」
セディオスの声に、全員の緊張が一段と高まる。
エクリナは床の紋章を踏みしめ、周囲の空間に干渉を始めた。
「ふふ……やはりな。これは奴の“傲慢”の象徴だ」
漆黒の魔力が彼女の足元に広がり、声が響く。
「我らは、もうお前の玩具ではない」
その瞳に宿るのは怒りと決意。
「ヴァルザよ……! 今こそ、この玉座から引きずり下ろしてやる!!」
玉座へと続く道に立つ五人。
――魔哭神との“最後の舞台”が、いま静かに幕を開けた。




