◆第60話:決戦前夜◆
夜風が静かに森を揺らし、葉擦れの音がささやくように響いていた。
人属領から離れて、神領に入って数週間。
長き旅路の果て、エクリナたちはついに“魔哭神”の居城――漆黒の塔がそびえ立つ山岳の裾野へと辿り着いていた。
焚火の周囲に、五人の影が揺れている。
橙の炎が木々の合間に瞬き、静寂の中に鼓動のような熱を灯していた。
「……いよいよだな」
エクリナが口を開いた。
その表情は厳しくも凛とし、かつての“復讐に燃える魔王”の面影ではなく、今や“仲間と共に進む者”としての威厳を帯びていた。
「この旅で、多くを見た。多くを知った。……うぬらと出会い、共に歩み、我の内にも“希望”というものが芽生えた」
炎の揺らぎに照らされながら、エクリナは視線を仲間たちへと向ける。
「だが、それでも魔哭神だけは……この手で討たねばならぬ。我が過去を終わらせ、未来を選ぶためにもな」
「王様……」
ライナが、そっとその言葉に応えるように頷いた。
「決着の時ですね」
ティセラが静かに続け、
「すべてを終わらせるために、ここまで来たのですから」
ルゼリアは焚火の炎に目を落としながら、ひとつ息を吐くように言った。
「私たちは、貴女に従い、共にこの道を歩むと誓った。その言葉に、偽りはありません」
「……うむ。我も、うぬらと共に、すべての因果を断ち切る覚悟だ」
互いの視線が交わり、炎の中心で、確かな絆が揺れた。
やがて、ティセラが静かに口を開いた。
「……そろそろ、それぞれ最後の確認をしましょう。突入後は、長く会話する余裕もありませんから」
◇
場所を離れ、セディオスとエクリナは人気のない岩場の縁に腰を下ろしていた。
焚火の残光が遠く、代わりに星々が二人を見下ろしている。
セディオスが薪をくべる姿に、ふと目を留めるエクリナ。
旅を始めて幾ばくの時が過ぎていた、いつの間にかセディオスに、少しだけ「安らぎ」を感じた自分に驚く。
「……まさか、あの時の“魔王”と、こうして並んで星を眺める日が来るとはな」
「ふっ、うぬこそ……仇敵として我の前に立ちはだかり、今や我の隣で戦おうとはな」
互いに口を閉じて、少しの沈黙が流れる。
そしてセディオスが、小さく吐息を漏らした。
「この旅で……あいつらと笑い合って、お前が人の心を持つ者だと知った」
「うぬが……あの闇に沈みかけた我を、止めてくれたからな」
エクリナは、碧い瞳を閉じ、過去を思い出すように呟く。
「ルゼリアも、ライナも、ティセラも……我が我であることを認め、共にいてくれた」
「……なら、守るしかないだろう」
「……ああ」
小さな灯火が、心に静かにともる。
互いに言葉を交わさずとも、そこにあったのは、確かな“信頼”だった。
それは、剣でも魔法でも築けぬ――旅の中でしか育まれない、絆という名の光だった。
◇
その頃、別の焚火の傍では――
ティセラ、ルゼリア、ライナの三人が輪を囲んでいた。
「……突入後、私たち三人で別に動く時が来るべきでしょう」
ティセラがぽつりと口にする。
「でも、王様は……絶対に怒るよ?」
ライナが少し不安げに言うと、ルゼリアがはっきりと頷いた。
「ならば、独断で動くまで。私たちの“意思”として」
「王様のために……僕、やるよ!」
「ええ、王のためならば。喜んで力を尽くします」
三人は視線を合わせ、小さく頷き合った。
――エクリナの知らぬところで、臣下たちの密談が交わされる。
◇
星々の夜が深まっていく。
焚火は徐々にその勢いを弱め、やがて静かに、最後の火花を散らした。
魔王と仲間たちは、来たる決戦に向け、心をひとつにする。
過去と未来が交差する――その“扉”の前で、彼女たちは、今まさに覚悟を決めたのだった。
星々の瞬きの向こう――
漆黒の山岳に、禍々しい光を帯びた塔がそびえている。
その輪郭は夜の闇よりも深く、見つめる者の心を無言で蝕むようだった。
――次なる夜明けが、運命を決する戦いの始まりであることを、誰よりも理解しながら。
その先に待つものは、破滅か、それとも希望か――
次回は、『9月7日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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