◆第58話:絆を結ぶ旅路◆
森を抜け、丘を越え、空の高みへと続く道を。
魔王一行の旅は、静かに、しかし確かに始まっていた。
セディオスの案内で進路は選ばれていた。
「この辺りには、魔哭神軍が侵攻した影響が強い。人々に見つかれば厄介ごとになる。
補給が必要な時だけ、慎重に立ち寄るべきだ」
「ふむ……面倒な連中に目をつけられてはたまらん。今は力を蓄える時と心得よう」
◇
その晩。
野営地の焚き火から、香ばしい匂いが立ちのぼった。
「焼きすぎだ、ライナ」
「う、うん。でも王様って、ちょっと焦げてるほうが好きだって……」
「その通りだが、焦がしすぎは味が飛ぶ。火加減を調整しろ」
セディオスは獣肉と山菜を煮込み、手際よく食事を整えていく。
その姿を、ティセラはじっと観察していた。
「……意外です。元騎士の手つきとは思えないほど手慣れてますね」
「追放されてからは、あらゆる雑役をこなした。料理もその一つだ」
「それなら、毒も混ぜられますね」
ティセラが視線を逸らしつつ呟く。
「……否定はしない。だが今は、その必要がないと君も分かっているはずだ」
「ティセラ、過剰な警戒はやめておけ」
エクリナが口を開く。
「とはいえ、我も完全には信用しておらぬがな……」
「当然です。私たちの拠点を潰し、我を斃した者ですから」
「……それでも、うぬが我らの敵でないのは、見れば分かる。
我の“怒り”に、剣を返さなかったからな」
焚き火の灯に照らされ、セディオスは無言で肉を裏返していた。
◇
翌朝。
エクリナとライナは訓練を行っていた。
「王様! もっと腰を落として、踏み込みのときに力を込めるんだ!」
「ぐ……むぅ、やはりこれは……腰が痛い……!」
「正しい姿勢は筋肉痛を生むものだ」
背後から、セディオスが冷静に補足する。
ライナは苦笑しながらも木槍を構え直した。
一方その頃、ルゼリアとティセラは魔導戦具の調整に余念がない。
セディオスも黙々と剣の手入れをしていた。
「……貴方の剣、《魔剣アルヴェルク》は魔導触媒なんですね」
ティセラが問いかける。
「ああ。俺の魔剣は、己の魔力を糧に収束させ、斬撃の威力を増す。
すべてを断ち切るためにな」
「エクリナの“空間魔法”と交差しても相殺されなかったのは驚きでした」
「こちらも同じだ。彼女の魔法には……恐ろしい深みがある」
ルゼリアは無言で研磨したナイフを差し出す。
「この方が刃こぼれしにくいです。山の獣の骨は硬いので」
「ありがとう。助かる」
短いやり取りの中で、わずかに声が柔らかくなっていた。
◇
その夜、再び焚き火を囲んだ五人。
エクリナは隣に腰かけたセディオスに水筒を手渡され、ふとその顔を見つめた。
「……何故、そこまでして我に尽くす? 主君だから、では納得できぬ……うぬは、我に何を見ている?」
焚き火の光に照らされながら、彼は穏やかに微笑む。
「……信じたいだけさ。お前という存在を」
一瞬、エクリナの表情が揺れた。
そして、何も言わずに水筒を持ち直し、ほんの少しだけ肩を寄せる。
それは、ごくわずかではあるが確かな「距離」が近づいた瞬間だった。
◇
「こうして旅をするのは……初めてですね」ルゼリアが呟く。
「戦うためだけに生きていた頃には、想像もできなかった」
ライナもぽつりと漏らす。
「でも今は……王様と一緒だから」
「……そうだな」
エクリナはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「我は再び“目的”を得た。ティセラ、ルゼリア、ライナ。うぬらはその力を……もう一度貸してくれるか?」
三人は同時に頷いた。迷いはなかった。
少し離れた場所で、セディオスが焚き火に背を向けながら口を開く。
「……俺は、どこまでも付き合う。ただし――目的を見失わないこと。
それが条件だ」
「ふん……それがうぬの矜持というやつか」
「違いない」
やがて、焚き火の音だけが夜を包む。
それぞれが眠りにつき、魔王の旅路は再び歩み始めていた。
信頼と警戒の狭間で――世界の命運を握る者たちは、なおも前へ。




