◆第57話:旅立ちの誓い◆
柔らかな光が、石造りの天井に滲んでいた。
あれほど凄絶な戦闘の後とは思えぬ、静寂の空間。
結界に守られた拠点の一室に、エクリナはいた。
ティセラ、ルゼリア、ライナ――目覚めた“仲間”が、その周囲に集まっていた。
そして、その向かいに、ひとりの剣士が静かに立つ。
セディオス。
傷は癒えきっていない。だが、今こそ語らねばならなかった。
エクリナは立ち上がり、三人へと向き直る。
「……うぬらに、詫びねばならぬことがある」
その声音は、かつて“魔王”と恐れられたものとは違っていた。
どこか震えている。しかし、確かな意思を宿している。
「我は……ティセラが作った消滅術具で世界を穿とうとし、
ルゼリアとライナには物資を奪わせ、人の志すら砕かせた。
敵とはいえ、人の命を奪い、恐怖を与え……それは、結局“魔哭神”と同じ暴虐だったのだ」
ライナが小さく首を振る。
「王様……」
「だが、それでも止められなかった。仲間を護るために力に縋り、
その果てに――同じ道を歩んでしまっていたのだ」
しばしの沈黙。
だが、エクリナは俯くことなく顔を上げた。
「それでもなお、我は歩む。過ちを二度と繰り返さぬために。
真に“魔哭神”を討ち、終焉を超えた未来へ進むために――我は旅に出る。
このセディオスと共に、力を蓄え、世界を視て……もう一度、立ち上がるために!」
重い空気を裂くように、ティセラが前へ出た。
「ならば、私は再び貴女に従います。私の全ては、エクリナのためにある」
「私たちは、貴女の剣であり、盾です」
ルゼリアが静かにうなずき、ライナが言葉を継ぐ。
「どんなことをしたって、僕は王様が大好きだよ。一緒に行くよ!」
「……感謝するぞ、我が仲間よ。再び、共に歩めることを……誇りに思う」
その声に、曇りはなかった。
◇
翌日。廃墟の一角では新たな準備が始まっていた。
旅に出る――それは、荷を背負うことでもある。
「旅の移動負荷を抑えるには、空間圧縮の術式を応用した収納構造が必要です」
ティセラは魔導設計板の前に立ち、幾何学式を展開させた。
「名を《次元重層収納式ミディア・アーカイヴ》――
要するに、装備も食料も術具も、一括で収納・展開できる“旅の宝庫”です」
魔力球体の中心に金属製の刻印核を置き、術式が光を放つ。
「これなら戦闘装備も即座に展開できます」
ルゼリアは目を細め、うなずいた。
「おおっ、吸い込まれた!」
ライナは試しに魔導戦具を収納して、子供のように目を輝かせる。
その様子を、エクリナは少し離れて見つめていた。
◇
「我は……うぬを完全には許しておらぬ。だが、信じる努力はしよう」
セディオスは小さく頷き、「それで十分だ」とだけ答えた。
ほんの一瞬、胸の奥がわずかに温まる。
(……妙な気分だ。我は、何を感じておる? 怒りでも悲しみでもない……)
答えを言葉にすることはできなかったが、その感覚を否定することもしなかった。
「……これが、我の進む道。守るべき者と共に、誇りを胸に――」
セディオスは何も答えなかった。
だが、その瞳は静かにエクリナを映していた。
それだけで、妙に胸が揺らぐ自分に――彼女は気づきたくなかった。
そして、旅の出発が、静かに、しかし確かに近づいていた。




