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魔王メイドエクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第四章:魔王メイド戦記~その名はエクリナ~

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◆第56話:魔王の慟哭◆

「……終わったよ。君の戦いは」

静かに降り立つセディオスの声には、責める色はなかった。

ただ、すべてを受け止めるような温度だけがあった。


魔力を使い果たし、生命としての限界すら超えてなお、エクリナは歯を食いしばっていた。

けれど、もう立ち上がれない。


その時――

「……お前はまだ、世界の全てを視たわけではない」


差し伸べられた手が、彼女の頬に触れる。

その手のひらは温かく、優しかった。

だがその温もりの奥に、確かな痛みがあった。

かつて、セディオスもまた奪われた者だった――。


名門の家に生まれながら、政争の犠牲となり、名誉を剥奪され、信じていた仲間にも背を向けられ、誇りと使命をすべて喪った剣士。

剣と魔法を一つに昇華し、“未来の騎士団長”とまで謳われた才覚は、やがて妬みと恐れの的となった。

気づけば、隣に立つはずの仲間は誰もいなかった。


「正しき力さえあれば、人は裏切らないと信じていた。だが……現実はそうではなかった」


力は正義ではなく、忠誠も、誓いも、容易く打ち砕かれるものだった。

剣を振るう意味を失い、彼は戦場を彷徨った。

血と鉄の匂いだけが、確かに彼の存在を証明していた。

斬っているものが敵か、自分自身かさえ分からなくなっていた。


――そんな彼の前に、“魔王”と呼ばれる少女が立っていた。

命令ではなく、力のためでもなく、ただ自らの意志で戦う存在。

その姿を見た時、彼は忘れていた問いを思い出した。


剣は、何のためにあるのか。

戦うとは、誰のためにあるのか。

命令に従い、感情を殺して人属を滅ぼしていた少女――

だがその瞳の奥に、彼は自分と同じ“虚無”を見た。


だからこそ、彼は知っていたのだ。

この少女は、生まれながらに狂っていたのではない。

世界に裏切られ、居場所を失い、ただ“仲間”を得たことで、自らの意志を持ってしまった者。


彼はもう一度、信じたかった。

“意志”の力で未来を選び取ろうとする者を。

そして、誰かを守ることで、自分自身を――もう一度、証明したかった。


「力に裏切られた俺に聞かせてくれ……お前は、何を成し遂げたかった? 」

セディオスは、彼女の“動機”を問うた。


その問いに、エクリナはぷつりと堰を切ったように、崩れ落ちる。

「……我は、虐げ続けられた……世界に…………我らの居場所がなかった…」

「我らは兵器であり、玩具であり、あいつの……”魔哭神”の慰みものでしかなかった…」

かすれた声が、嗚咽と共に漏れ出す。


「世界は味方ではない……人間は弱く頼りにならない……では、どうしたらいい?

ティセラ、ルゼリア、ライナ……初めてできた仲間だった……信じられる者たちだった……

だから復讐を……我が軍で、あいつに復讐をと!」


「世界? 人間?……知るかそんなもの!

我は我の為すべきを――何もかも無に帰して……あいつに、世界に! 報いを与えようと……!」


「ティセラも、ルゼリアも、ライナも……我を責めることなどなかった……

だから……余計に……苦しくて……っ!」


拳を震わせ、涙が頬を伝う。

「この世界が……我らのような存在を切り捨てるというのなら……

いっそ消してしまえばいいと思ったのだ……!」


セディオスは一言も発さず、ただその震える肩を見守っていた。

否定も肯定もせず、すべてを受け入れるまなざしで。

やがて、エクリナはしゃくり上げる声で、ぽつりと漏らす。

「……それでも、まだ……この我に、価値があると……うぬは、そう言ってくれるのか……?」


その問いに――セディオスは迷いなくうなずいた。

「“魔哭神”を討ちに行こう。お前の正しさが証明されるその場所へ」

静かな、その言葉が、崩れかけた心に小さな火を灯す。


エクリナはつぶやいた。

「もう少し早く出会えていれば……我が仲間を失うことは……」


だが、セディオスは柔らかな声で告げた。

「それなのだが…彼女らはまだ生きている。

命を守るため、意図的に深い昏睡へと落としていただけだ」

それは――戦いを止めるための封印でもあった。


その事実が、彼女の内なる絶望を打ち砕いた。

「な! んん、ぐぅ……あ…ぁぁぁ…、そ、それは誠か……!!

良かった、我が……我の……仲間は……ッ!」


震える両手で顔を覆う――が、堰き止められなかった。

「ひぐ……ぅ……あぁあっ……うぁ、うぅぅ……っ」

その声は、「魔王」のものではなかった。

ただの――壊れそうな少女の叫びだった。


「……まだすべてを失っていない……? あ、ああ……そうか……! ……あああッ……!」

それは歓喜の――全てを吐き出すような、魂の悲鳴だった。

涙は止まらない。声は止まらない。


もはや王としてではない、ただ一人の仲間として少女は感情を見せていた。

“心”が、張り裂けるように泣いていた。


セディオスは、その姿から目を逸らさなかった。

その沈黙は、彼女を突き放すためのものではない。

言葉で汚してはならぬ瞬間を守るための沈黙だった。

「魔王」としての日々も、「少女」として泣くいまも、どちらも否定せず受け止めるための沈黙。


セディオスは、そっと彼女の頭を抱き寄せる。

「まずは皆の回復だ」

彼はそれ以上を求めず、エクリナに“静かな時間”を与えた。


――その時、“魔王”は崩れ、“少女”だけが残った。

そしてその涙は、新たな戦いへの誓いとなった。

次回は、『9月4日(木)20時ごろ』の投稿となります。

引き続きよろしくお願いしますm(__)m


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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