◆第49話:裂け目に立つ者◆
エクリナ率いる“魔王軍”は戦場を制圧しようとしていた。
既に人属軍は撤退しており、エクリナはそれを敢えて見逃していた。
敵はヴァルザのみ――その軍にあたる神の兵が目下の敵であり、殲滅対象であった。
ゆえに人属など、どうでも良かった。
神兵の下級や中級が逃げ惑う。
違う――集まっていたのだ。
造られた生物とはいえ本能はある。
単独よりも集団、それは神の兵でも同じ動きをしていた。
戦場に、黒い影が差した。
焦土と化した荒野。その先に、整然と列を成して進軍する魔哭神の部隊があった。
槍と剣を構えた兵士たちが、寸分違わぬ足並みで迫ってくる。
「増援?……全部、下級か……?」
エクリナが目を細める。
ルゼリアは視線を走らせ、低く答えた。
「いえ……動きが違います」
「あれは“前線制圧の先遣部隊”……中級兵のみの強化型の軍勢です」
冷たい風が戦場を抜け、陣形の隙間から不気味な影が覗いている。
槍と剣を手にし、洗練された動作で陣を敷く中級兵たち。
そして、その背後に一人だけ異質な存在がいた。
中級兵の列のさらに十歩後ろ、崩れた石塁の影に、黒い指揮官だけが静止していた。
漆黒の戦衣に身を包み、場を歪めるような闇の気配を纏った兵士。
左腕には盾を備えた指揮官――上級兵であった。
その眼は獣のように光り、感情も意思もなく言う。
「反逆者確認……制圧開始、余剰戦力にて排除」
その言葉と共に、戦端が開かれた。
「ライナ、右から回り込め! ルゼリア、左翼を叩け! ティセラは布陣を守れ!」
向かってくる先遣隊。
エクリナは声を張り、指示を出す。
「了解!」
「任せて、王さま!」
「結界展開開始……私が皆を護ります!」
魔王軍の動きは一切の迷いがなかった。
エクリナの簡単な指示で効率良く動いていく。
ルゼリアが紅蓮魔晶の戦具を起動し、〈フレア・スパイラル〉を放つ。
焔の渦が敵槍兵の突進を飲み込み、一斉に吹き飛ばした。
「この炎は、私の誓いです……エクリナを、この仲間たちを、誰にも傷つけさせない!」
その隙に、ライナが雷光と化して敵陣を貫通。
投擲された《魔斧グランヴォルテクス》が雷殛槍刃形態に展開し、〈サンダー・スパイラル・ブレイク〉の雷爆が巻き起こる。
「王さまの未来を拓くのは、僕だぁぁぁッ!!」
戦端を開く炎雷の姉妹。
息の合った連携で中級兵を吹き飛ばしていく。
しかし、魔法耐性が強固な神の兵は倒れても起き上がっていく。
軍の利点を生かし、一対多数の構図を作り上げる。
「さすがに頑丈ですね、出力を上げます!」
「このおぉぉぉッ! これでも喰らえ!」
ルゼリアとライナは屈することなく向かい続ける。
炎を放ち、雷をほとばしらせる。
中距離から攻撃が放たれる。
近接で押さえている隙にルゼリアとライナを狙っていた。
矢が撃たれ、氷針や岩片が迫る――
しかしそれが二人を穿つことはなかった。
カキンッカキンッ――
ルゼリアとライナの頭上に結界が展開されていた。
二人の十歩後ろでティセラが守護する。
それを見やるルゼリアとライナ。
的確な対応に笑顔で返した。
その表情に一瞬だけ笑みを見せるティセラ。
だが、すぐさま険しい顔をし周囲の警戒を続ける。
ティセラの横にいるエクリナは《魔盾盤ヴェヌシエラ》を前面に掲げ魔力収束をしていた。
「試してみるか……アブソリュート・レンド!」
高位空間魔法の名を唱えるエクリナ。
空間を多重に裂き、縦横無尽の断裂を展開する斬撃を頭上から中級兵に見舞う。
魔法耐性を凌駕し、次々と倒していく。
「やはり効くか!」
迫ってくる部隊に致命傷を与えるエクリナ。
体勢を崩す先遣部隊、好機の到来であった。
「バーーニング・デクリエイトッ!」
それを見逃さないルゼリア。
《フレア・クリスタリア》を『紅蓮双輪』形態に変形させ、一点集中の高熱炎砲撃を撃ち放つ。
傷を負い魔法耐性が十全でなくなった中級兵、容易に蒸発していった。
「クロス・ライトニング・カットォッ!」
ライナはよろける兵を見た。
《グランヴォルテクス》を『雷大両刃斧』形態に可変させて振り抜き、雷の十字斬撃波を飛ばす。
眼前の中級兵に斬撃が当たると稲妻が伝播し、中級兵は連鎖して爆破していった。
「ふう、ようやく燃えましたね」
灰燼を見つめ言葉を漏らすルゼリアであった。
「ふん! 楽勝だね!」
ライナは鼻息を鳴らし、魔斧を構え直していた。
「スペース・ランス、穿てッ!!」
ルゼリアとライナの攻撃を逃れた中級兵に視線を向けるエクリナ。
空間を裂いて現れる槍が無音の爆撃のように、敵陣を切り裂いていく。
「ふん……この程度では、まだ足りぬな……!」
その時だった――
「……脱走躯体名“エクリナ”……造られし兵器……裏切り者、排除」
上級指揮官が、巨大な魔法陣を天に展開する。
「高位魔法……グリム・リベレーション」
闇魔弾が無数に空を覆い、降り注ぐ――!
「ソリッド・エデン! 頭上に結界展開ッ!!」
ティセラが《ソリッド・エデン》を操作し咄嗟に結界を組み直す。
複製魔法陣が連動して頭上を防ぐ。
しかし――
闇魔弾が結界に当たるたびに亀裂が入る。
ティセラは亀裂へ継ぎ目の光を流し込むが、上から上から押し潰される。
亀裂は大きくなり、遂に砕かれる。
「きゃあッ……!!」
屈折光の壁が割れ、爆風が直撃する。
「ティセラ……!」
高位魔法を防ぐティセラへエクリナが叫ぶ。
「平気です。……まだ……持ちこたえます」
展開していた結界が砕かれようとも、再展開を行い仲間を守護する。
エクリナは瞬間的に魔力を高め、早口で詠唱を開始した。
「我が王命に従いし夜よ……顕現せよ、終わりを告げる黒き月!――」
「ディア・エクリプス・サンクションッ!!」
黒き月が空に浮かび地上には魔法陣が展開される。
全てを貫く超密度の闇光線を照射する。
だが――
「防御展開、ヴァント・グラビタス」
上級兵は盾を掲げ、黒月の一撃を逆圧縮した。
けたたましい音が鳴り響き、「ゴウンッ」という音と共に消え去った。
「躯体名エクリナ……魔法……全て解析済み……」
エクリナの魔法は球型術具により記録され、研究のために繰り返し解析されていた。
魔導戦具へ転用した成果の一つが天に掲げられた盾であった。
「我の魔法を無効化するか!」
エクリナは極大魔法を無効化され、歯噛みした。
静寂が戦場を包みかけた瞬間、ライナが背後から突撃する。
雷光の連撃が盾の表面を砕き、追撃するようにルゼリアの炎刃が中心核を斬る。
上級兵が持っていた盾は、エクリナの極大魔法を押さえ込み、連続受けで既に限界であった。
それゆえにあっさりと亀裂が入る。
「終わりですッ! フレア・レイヴン!!」
「クロス・ライトニング・カット!!」
上級兵は左腕を構え、盾で受け止める。
だが――炎と雷の重撃に耐えられず、ついに盾が砕けた。
「今だ――喰らうがいい、シャドウ・グラトニー!!」
上級兵の地面に影の顎が開き、黒い手が這い上がる。
足元から縛り上げ一気に呑み込む。
腕を天に伸ばし足掻く上級兵。
徐々に飲み込まれ……やがて闇に溶けて消えた。先遣隊の指揮官は、塵と化して散った。
残った中級兵たちは、指揮を失い隊列は崩壊した。
神の兵に掛ける慈悲は無い。全て殲滅していった。
戦場に静寂が戻る――焦げた土と、血の匂いだけが残っていた。
「……勝ったか……」
「王さま……やったね……!」
「ふっ、当然の結果であろう。我らは“魔王軍”なのだからな」
ルゼリアが微笑み、ティセラがそっと息をつく。
そしてエクリナは、戦場に落ちていた魔哭神の紋章入りの指揮符を拾い、ぎゅっと握りしめた。
「これは始まりに過ぎぬ。この復讐の焔が尽きるその時まで、我らは止まらぬ」
魔王軍は、再び歩き出す。
胸の中の焔はまだ尽きぬ。怒りと絆、そして誓いを胸に――突き進む。




