◆第52話:邂逅の一閃◆
拠点周辺の警戒任務に就いていたライナは、ふと足を止めた。
湿った風――その中に、違和感があった。
「……誰か、いる」
雷迅の魔力を身に纏い、《魔斧グランヴォルテクス》を構える。周囲を睨む、
その瞬間――
「ッ!?――ぐはっ!」
空から降り注ぐ影。
地面に叩きつけられると同時に、空気が爆ぜた。
目の前に立つのは、無言の剣士――セディオス。
ライナは即座に立ち上がり、雷光を纏って跳びかかる。
「こいつッ!! 誰だか知らないけど、タダで帰れると思うなよ!!」
〈サンダー・レインフォール〉。
空から無数の雷が降り注ぎ、セディオスを包み込む。
だが、その中心から飛び出すように、影が――
「速っ……!? でも、負けないっ……!」
〈クロス・ライトニング・カット〉。
交差する雷刃が閃くも、セディオスは無造作に剣で弾き、雷を断ち斬った。
「くっ……そこだッ!」
セディオスの〈テンペスト・ブレード〉が突き出され、ライナの肩を浅く裂く。
衝撃で神経が痺れ、膝が震えた。
それでも、ライナは立ち上がる。
「王様の名に懸けて……負けないッ!!」
グランヴォルテクスが雷殛槍刃形態へと変形し、
雷の奔流をまとった〈グラン・ヴォルトクラッシュ〉の魔力が膨れ上がる――
「終わりだ」
セディオスが動いた。
一閃、〈フェイト・スラッシュ〉が《魔斧グランヴォルテクス》を弾き飛ばすと同時に、もう一撃で膝を砕く。
「うああああッ!!」
地面に崩れ落ちるライナ。
喉の奥から鉄の味が広がり、血を吐きながらも、震える腕で体を支えた。
視界は滲み、呼吸は途切れ途切れ――それでも、彼女は顔を上げた。
「僕は……王様の、剣……! だから……最後まで……!」
満身創痍の身体に、なお魔力を集めようとした――その刹那。
セディオスが手を伸ばし、顔を掴んだ。
そして、低く呟く。術式を静かに展開した。
「……もういい、眠れ――」
瞳の奥に、何かを確かめるような光が宿る。
「背後にいるのは……あの時の“魔王”か。命令のままに戦っていた、あの虚ろな目の少女――」
ライナの視界が霞んでいく。
それでも、彼女の唇は震え、最後の言葉を紡ぐ。
「王様を……守るって……決めたから……」
言葉はそこで途切れ、喉を震わせたまま声にならなかった。
その小さな身体が、ついに力を失い、地に伏した。
セディオスは剣を納めると、しばし無言でライナの顔を見下ろしていた。
その視線は言葉よりも重く、冷えた刃のように周囲の空気を張り詰めさせる。
わずかな風さえも遠慮するように止まり、夜の闇が一層深まったかのようだった。
その表情には、怒りに似た憐憫 、複雑な陰が差していた。
「……エクリナ。貴様は本当に、“意思を持って”堕ちたのか」
かつて見た“冷たい兵器”とは違う。
命令ではなく、意思と感情によって動く存在――それが、今の彼女なのか。
セディオスは、ライナの身体を躊躇いなく肩に担いだ。
静かに立ち上がる。
月の光が、彼の背を照らしていた。
「……あの“魔王”が変わったのなら……俺もまた、剣を取る理由を考えねばならんな」
その背に、ライナの痩せた体温がわずかに残っていた。
風が止んだ。夜が静かに、深く沈んでいった。
剣士と少女の影は、夜闇に溶け、やがて見えなくなった。
ただ、そこに残されたのは――魔王との再会を予感させる、冷たい気配だけだった。




