◆第51話:破滅への布石◆
計画は、静かに、だが確実に進行していた。
ティセラは廃棄施設の一角にこもり、無数の術式と空間演算を組み合わせ、ひとつの異形の兵器を生み出そうとしていた。
闇に穿たれる光の槍――仮称《神滅の槍》 。
それは空間そのものを圧縮と断絶でねじ切り、魔哭神の城とその結界を丸ごと消滅させる力を持っていた。
だが圧縮を終えた空間は必ず反発し、膨張する。
その波動は『空間の波』となって魔哭神の城を中心に断続的な衝撃を放ち、人属領にも、亜人属領にも破壊の連鎖をもたらすだろう。
――魔王軍にとっての最大の切り札にして、諸刃の戦略兵器である。
◇
一方、エクリナはティセラの組み上げた術具の核に膨大な魔力を毎日封入していく。
その魔力制御は複雑極まりなく、空間魔法への資質と深い理解が求められる。
「これほど膨大な魔力を一度に制御する術具など、尋常ではないな……」
苦笑混じりにそう呟いたエクリナに、ティセラはそっと言葉を返した。
「エクリナ……貴女の力を最大限に活かすための道具です。どこまでも、共に行きます」
「……ふ、当然であろう。我は王であり、うぬはその盟友なのだからな」
そう言いながらも、エクリナの頬は微かに紅潮し、咳払いで誤魔化した。
だが同時に、胸の奥に冷たい予感がよぎる。
――この魔導術具は、一度使えば術者の魔力をほぼ根こそぎ奪う。
そして、解き放たれる効果範囲はあまりにも広い。
制御を誤れば、人属領や亜人属の地への被害は際限が無くなる。
それは王の座だけでなく、仲間たちすらも失わせる、正真正銘の“諸刃”だった。
(全て承知のはず……それでも、エクリナが望むのであれば)
胸の奥にわずかな恐れを抱えながらも、ティセラは迷わず決意を固めた。
その瞳は、王と共に滅びすら受け入れる覚悟を映していた。
◇
その間、ルゼリアとライナは前線へと出向き、物資の調達と補給、そして襲撃や奇襲作戦を担っていた。
魔哭神の補給線を破壊し、時には中立の交易団を急襲し、魔力を保持する人属を“捕獲”しては、魔力抽出用の器具に接続して、《神滅の槍》の糧として利用するようになっていた。
拠点を中心とした地域は、すでに資源が枯渇していた。
ルゼリアは夜闇に紛れて交易路を封鎖し、炎の障壁で敵を包囲する。
その間にライナが雷速で駆け抜け、魔力を帯びた物資や人属の魔力を一気に奪取する。
二人の連携は迷いがなく、躊躇はなかった――少なくとも、外からはそう見えた。
「……また、追われることになりますね。あの村の者たち、魔力を持ってましたが……」
ルゼリアが苦々しく呟く。
「……僕たち、魔哭神と同じに見えてるんじゃないかな……」
ライナの声は震えていた。
「“魔哭神”と……同じように見えてしまっているかもしれませんね……」
その言葉に、二人の間に沈黙が走る。
けれど、ルゼリアは顔を上げた。
「それでも……私たちは、王に命を預けた身。信じて従うしかありません」
「うん……僕も。王様がいる限り、間違ったとしても、最後まで背中を守るよ」
彼女たちの胸に去来するのは、かつて助けられたときの“あの温もり”――
何も持たず、廃棄されていた自分たちに手を差し伸べてくれた、魔王の瞳だった。
◇ ◇
そして、その“選択”の果てにあった行動は、街に広まりつつあった。
“魔王”――
その名は、人属の間で恐怖とともに語られ始めていた。
新たな恐怖の象徴。人属たちは、その影を“魔哭神”とすら見分けられぬようになっていた。
――その噂は、一人の男の耳にも届いていた。
「……魔王、エクリナ……か」
その男――セディオスは、茶色の短髪を夕焼けに染め、鍛え上げられた体に外套をまとい、剣を背負って山岳地帯を黙然と歩んでいた。
夕陽が差す横顔には、忘れ難き記憶の影が静かに落ちていた。
「……あの戦線で、一度だけ見た。ただ命令をなぞる兵器のように、淡々と壊し続けていた……」
「感情も、言葉すらなかった。まるで兵器。恐ろしくも……どこか、虚ろだった」
彼は立ち止まり、遠くの空に目を細める。
「だが今の貴様は……自らの意思で、怒りと憎しみを振るっている?。まるで、自らを“魔王”と定め、進んで地獄に堕ちたかのように――」
闇が包み始める空の下――
“魔王”と“剣士”の運命が、再び交差しようとしていた。




