◆第48話:復讐の始まり◆
一ヶ月後――
全員の装備と訓練が完了した夜。
砕かれていた《焔晶フレア・クリスタリア》は修復され、《魔斧グランヴォルテクス》は封印が解かれ、《浮遊式聖印装置ソリッド・エデン》は四基に複製されていた。
焚火の周囲に揃った四人の顔には、疲労の奥に確かな自信が宿っていた。
薪が爆ぜる音だけが残り、誰もが“次の一歩”を飲み込んでいた。
その場には、訓練中の些細な出来事が笑い話として残っていた。
ライナが魔法制御を誤り、木立を丸ごと稲妻で切り裂いたこと。
ルゼリアが炎の勢いを抑えきれず、エクリナの髪先を少し焦がしたこと。
そしてティセラが新しい装備を試した瞬間、勢い余って尻もちをつき、全員で大笑いしたこと――。
緊張続きの日々の中で、それらは小さな光のように心を温めていた。
平穏な日々は束の間であった。
いよいよ、戦いの時が近づく――その口火を切ったのはティセラであった。
「エクリナ、現在交戦している戦域は二か所のようです。この拠点から北に進んだところで隣接して戦域を広げているようですね」
ティセラは地図に記した記号を指差して、向かうべき場所の情報を伝える。
『情報室』の術具が、魔哭神城の記録術具に接続できるのを発見していた。
そのため、戦場にいる球型術具が記録した情報も閲覧ができていた。
現在、どこで戦争が起きているかなど調査は容易であった。
「その情報はいつのだ? 最新だと良いのだが……」
エクリナは入念に確認した。
「夕方に見た情報ですので確かです。問題は……距離ですね、ここからでは歩いて二十日は掛かるかと思います」
「エクリナの転移魔法式の習熟はどうですか?」
ティセラは答えつつ、空間魔法の修練度についてエクリナに聞いた。
「問題無い、集団用の転移魔法式も既に《ヴェヌシエラ》に登録済だ。ただし、人数が多くなるほど魔力収束に時間が掛かるのが難点だな」
訓練を繰り返し、空間魔法の制御が可能となったエクリナ。
空間転移も習得済だった。
「わかりました。魔装もできていますし、すべて準備は完了ですね」
「あとは……」
準備が完了したことを伝えると、ティセラはエクリナの判断を仰いだ。
「いよいよですか……」
ルゼリアは二人の会話を聞き、察していた。
「どういうこと?」
ライナはよくわかっていなかった。
「ああ、そういうことだ。ライナ、ちゃんと説明するぞ」
エクリナはルゼリアの声に同意し、ポカンとしているライナに向かって微笑んだ。
「我らの手には、忌まわしき戦具、新たな魔装、情報――そして行軍手段が揃った」
「時間は掛かったが、ようやく皆で転移移動ができる。一度赴いた場所であれば、座標を術式に刻んで転移することが可能だ」
ティセラと会話していた内容を丁寧に説明していくエクリナ。
「今の戦場の位置は、以前我とティセラが配置された場所に近い。赴くには絶好の位置だ」
エクリナは邪悪に嗤い、話を続けていた。
その顔は少しだけ、『魔哭神ヴァルザ』に似ていた。
ティセラ・ルゼリア・ライナは少しだけ戦慄した――思い出したくもない顔を想起させたからだ。
それでも王であるエクリナの顔から眼を離せなかった。
エクリナはゆっくりと立ち上がる。
「これまでよくやった、皆。――我らはこれより、ヴァルザへの報復を開始する」
標的は、魔哭神が人属軍と交戦している前線。
物資の収奪と敵勢力の撹乱、そして――“怒り”を伝える最初の一撃だ。
「我らの力を示す好機であるぞ……!」
その言葉に、三人の瞳が燃えるように輝く。
「ヴァルザには、私たちの怒りを思い知らせましょう」
「王さまと一緒に暴れられるなんて、最高だ!」
「この命、悔いなく使い尽くします」
かくして、魔王の軍勢は動き始めた。
復讐の名のもとに――
◇
戦火の匂いが漂う荒野。
焼け焦げた土壌に血の香りが混じり、天を焦がす煙が風に流れていく。
四人の影が戦場に近づく。
黒・白・紅・蒼、それぞれの装いの色が、剣戟が乱れ魔法が飛び交う領域に入っていく。
その中心に、突如として黒き魔力が閃いた。
「――我が名は、エクリナ。復讐を果たす“魔王”であるッ!!」
雷鳴のごとき声が戦場に轟き、彼女の詠唱に応じて空が裂けた。
〈ノワール・ブレイクアーク〉の漆黒の爆撃柱が降り注ぐ。
爆発の閃光、断末魔、黒い魔力の暴風――
前線にいた人属軍と魔哭神の兵の双方が、混乱と共に吹き飛ばされた。
敵味方の識別より先に、まず“生き残る”ための叫びが戦場を埋めた。
「!!……マリョクハチョウ カクニンチュウ……」
神の兵が逃げ惑う中、浮遊する球型術具が状況を確認する。
「神兵の新型か!? いや……少女の姿をしている……!」
人属軍は驚いていた。
神の兵は異形の姿をしているのが当たり前。
それが、現れた四人は少女の姿をしており、強大な魔法を放ってきた。
新型と驚くのも当然であった。
神造生命体に出会えば、殲滅は必至――姿が少女に似ているという情報は流布しにくい状況だった。
突如現れた“第三の勢力”――
誰もがその正体を測れぬまま、ただ恐怖と混乱の中に投げ込まれていく。
「これより、ヴァルザへの報復を開始する……容赦はせぬ!!」
その宣言と共に、わずか四名の魔王軍は動き出した。
前衛を切り裂くのは、紅蓮を纏う魔装の少女――ルゼリア。
「燃え尽きなさいッ、フレア・レイヴン!!」
浮遊する二つの《焔晶フレア・クリスタリア》が咆哮し、詠唱と同時に“獄炎”の名を冠する魔焔が赤黒い鳥となって敵陣に突撃する。
「戦う理由がある……守りたい人がいる……だから、私は止まらないッ!!」
爆炎と共に陣形が崩れ、立ち尽くす敵兵を一人残らず焼き尽くした。
その脇をすり抜けるように雷光が走る――ライナの突撃であった。
「逃がさないよッ!!」
可変魔導戦具《魔斧グランヴォルテクス》が雷を纏って形を変え、ライナ自身も《迅雷外套アーク・レゾナンス》の増幅により一閃。
「ボルト・ラッシュ!!」
雷光の残像が軌道を描き、敵部隊を横なぎに貫通していく。
その身のこなしはまさに“雷迅”――稲妻すら追いつけぬ疾走。
「王さま~、こっちは片付いたよッ!」
周囲を圧倒したライナはエクリナに手を振っていた。
後方では、光の輪が浮遊し、屈折光の陣が絶え間なく構築されていた。
ティセラがその中心で、冷静に状況を掌握していた。
「――反射結界、展開。ルゼリア、背後からの狙撃を防ぎます!」
《浮遊式聖印装置ソリッド・エデン》四基が全方位を包み、瞬間的に光壁を交差展開。
その様は、まさしく“法界”と呼ばれる所以――戦場を理の結界で律する姿だった。
「皆を“護る”のは、わたしの役目です……!」
負傷には即座に治癒魔法が届き、戦場全体に後方の安定力を与えていた。
そして、中心を駆けるは“魔王”――エクリナである。
「スペース・ランス、展開。拠点ごと、穿てッ!!」
幾つもの不可視の魔槍が空間を裂いて出現し、魔哭神の野戦指揮所を丸ごと貫通する。
「戦術も感情も無き兵どもよ――貴様らに、“意志”はあるかッ!」
魔哭神の兵は応えない。
ただ命令に従うだけの人形として、無感情に迫る。
「……応えぬか。ならばその存在、我が“魔王”の名において否定する!!」
《魔盾盤ヴェヌシエラ》により敵の術式を干渉破壊し、続く〈シャドウ・グラトニー〉が影から噴き上がる。
「喰らえ……この“我の怒り”を!!」
闇の顎が敵を呑み込み、影から消し去っていく。
一糸乱れぬ連携。
ルゼリアとライナが道を開き、エクリナが殲滅、ティセラが護る。
まるで長年連携してきた軍隊のように、彼女たちは“心”で動いていた。
――それは、命令に従う兵器では不可能な連携。
「ふん……所詮は人形の兵ども。だが、これでは満たされぬ……!」
怒りと焦燥が渦巻く。
魔哭神に奪われた過去。実験と支配の記憶。
魔王としての誇りが、今なお胸を灼いている。
「この怒り……全て、貴様らに返すためにある!!」
エクリナは咆哮し、天に、戦場に宣言をした。
破壊を免れていた球型術具が噴煙が逆巻く中で戦況を見ていた。
「……エクリナ……ティセラ……トウボウクタイデアルコト ヲ カクニン」
「ルゼリア……ライナ……ハイキズミ ノ クタイデアルコト ヲ カクニン」
「………アルジ ヘ ホウコク」
己の役割を全うする術具は、ヴァルザへ報告を行なっていた。
エクリナの眼前には魔哭神の紋章を刻んだ上級指揮官が立ちはだかる。
“復讐”の幕は、今、上がった。
だが、この戦いは序章に過ぎなかった――




