◆幕間:初めての喧嘩◆
ヴァルザが打ち捨てた拠点兼研究所。
エクリナとティセラが移住してきて、七日ほどが過ぎた。
今まで集団で行動したことがない四人、数日経てば問題は多少なりとも生じる。
始まりは、炎雷の姉妹の些細な喧嘩からだった。
「え~~嫌だよ……リア姉」
ライナは提案を全力で断っていた。
「ライナ、お願いです。たまにはいいではないですか……」
ルゼリアはそれでもライナにお願いしていた。
「だって、今の位置がいいんだもん」
ライナはそれでも姉分のお願いを断る。
譲れない何かがあるらしい。
「ライナはずるいです! 私はまだ隣になったことが無いんですよ?」
ルゼリアは現状を伝える。
どうしてもライナにお願いしたいことがあるルゼリア。
「ティセラに言えばいいじゃん! ティセラこそずるいんだよ?」
ライナは矛先を変えるように言った。
「ティセラは……その……何というか……」
ルゼリアは言葉を詰まらせる。
すると――
「わたし……何かしましたか……ルゼリア……」
ティセラが背後から声を掛けた。隣にはエクリナもいた。
「何があったかは分からぬが、争いは止めよ」
姉妹の喧嘩を止めようとするエクリナ。
「ルゼリア、ライナ。どうしたのだ?」
事情を聴こうとする。
「エクリナ……それは……その……」
ルゼリアは言いよどむ。
ほのかに顔を赤らめ、隠したいような節も見えた。
その視線が、無意識にエクリナの胸元へ逃げた。
「王さま~~、聞いてよ! リア姉、ベッドで寝る位置を変えて欲しいって言うんだ!」
ライナは喧嘩の理由を言う。
「ライナぁ!」
ルゼリアは更に顔を赤くして、妹分の名を呼ぶ。
「……は? どういうことだ?」
エクリナは意味がよくわからなかった。
昨晩の就寝を思い出す。
「昨日は……我が真ん中で……ティセラは右隣……」
「左はライナだったな……で、ライナの隣はルゼリアか……」
腕を組み、各自の配置を思い浮かべる。
彼女ら四人は、大きな一つのベッドで肩を寄せ合って眠っている。
資材を他に回すために取った選択であった。
かつては冷たい石牢で眠り、戦場では瓦礫の上に座り仮眠をとる日々。
それに比べれば、ザコ寝であろうとも、多少柔らかい布のベッドで寝れることは贅沢に近かった。
「全員眠れておるし、不足は無いように思えるのだが……何かあるのだな?」
特に問題無いと思っていたエクリナ。
だが、ルゼリアは何か不満があるようであった。
(不慣れな集団生活。しかもルゼリアが言うのだ、聞いてやらねばな)
エクリナはルゼリアとライナに出会って数日だったが、なんとなくの性格は理解していた。
ルゼリアは、冷静で理を重んじる実直な性格。
対してライナは、甘え癖はあるが自身の出来ることを全うしようとする努力家。
だからこそ、何かあるのだろうと考えた。
しかし、ルゼリアから出た言葉は意外なものであった。
「そのですね……私はまだエクリナの隣で……寝たことが無いんですよ……」
ルゼリアは顔を真っ赤にしつつ、エクリナを見ていた。
「……確かに……そうだったような……」
腕を組み、思い出そうとするエクリナ。
確かにベッドが出来てからの睡眠配置は変わっていない気がした。
「ずるいです! 私もエクリナの……王の隣で……眠ってみたいのです……」
観念したように本音を言うルゼリア。
エクリナは唖然としていた。
ルゼリアがそのような些細なことで怒るとは思っていなかったからだ。
「はあ~、なるほどな。ライナ、定期的に代わってあげよ」
エクリナはライナに告げた。
だが――
「嫌だよ、王さまぁ~~! 今の位置がいいんだ!」
「だって、王さまとリア姉に挟まれているんだよ! 暖かいし、いい匂いがするんだ!」
ライナはエクリナの提案を断り、主張を出す。
雷娘の真っすぐな目に何故かたじろぐエクリナ。
「……ティセラは……」
隣の親友に声を掛けようとして――
「わたしも……出来れば変わりたくないです……」
「エクリナの隣に居ないと落ち着かないんです……」
ティセラはエクリナに心を救われ、常に一緒に居るのが当然になっていた。
それは起きている時も眠っている時もであった。
「……」
ライナとティセラの発言を聞いて悲しくなるルゼリア。
冷静で物静かなルゼリアとはいえ、温もりは欲しかった。
単純に寂しかっただけなのに――
「……」
エクリナはルゼリアに近づき、抱きしめる。
「仕方のない二人だな……そう思わんかルゼリア?」
優しく頭を撫でていた。
「!? エクリナ……ありがとうございます」
ルゼリアは目を伏せ、エクリナを抱きしめた。
「あ! リア姉ずるい!」
「エクリナ!」
甘えん坊なライナとティセラは抗議をしている。
「はあ~~。我儘な奴らだ……」
「今日から寝る配置を変えるぞ。我が争いの種ならば、我だけどこかで寝ても――」
エクリナは結論を付けようとする。
「「「それだけはダメ(です)!」」」
三人が声を重ねて拒否する。
「エクリナは、王なんですからベッドを使ってください!」
「いっそう、私たちが別の場所に――」
「嫌だよ、一緒に寝ようよ!」
三者三様で好き勝手に言う。
「わかった、わかった……寝るときに配置を試そうぞ……」
エクリナは自身が折れ、なだめる。
(こういうとき、どうすればいいのだ? わからんぞ……)
戦場の采配より、仲間の機嫌取りのほうが難しい――そう悟りかけていた。
初めての喧嘩の仲裁、さすがのエクリナも戸惑っていた。
◇
日が落ち、夜が訪れていた。
魔の森は冷え込み、その冷たさは拠点を包み込む。
温度調節の術具などは無い、眠るには肩を寄せ合い、暖をとるのが効率が良かった。
研究所の駆動系は潰れていて、残ったのは最低限の明かりだけだった。
「そろそろ眠りたいのだが……配置はまだ決まらぬのか?」
エクリナはティセラ・ルゼリア・ライナの三人を見て言う。
「もう少しお待ちを。今日こそは……」
初めてエクリナの隣で眠れるかもしれないルゼリアは気合が入っていた。
「でもさ、王さまの隣は二人分しかないよ? 毎日隣がいいよ~~」
ライナは相変わらず我儘を言っていた。
だがそれは三人とも同じ気持ちではあった。
「う~ん、そうですね……これならどうですか?」
ティセラは思いついたことがあったらしくルゼリアとライナに提案する。
「それだとティセラが……ですが、これ以上の策はなさそうですね」
ルゼリアが手を顎に当てて、思案しつつ納得していた。
「まあ、仕方ないね。王さま良いって言うかな?」
ライナも納得していた。
「まとまりましたね、エクリナ寝ましょうか」
ティセラが話を切り上げ、三人はベッドに乗る。
そして、ティセラ発案の配置に早速変更する。
三人の手つきは妙に真剣で、作戦会議の結論を実行する兵のそれだった。
「な、ちょ……ティセラ!」
エクリナは驚く。
「はあ~、まさかこんな結論を出すとはな………」
全員公平とはいかないが、三人が妥協できる配置だった。
エクリナを中心に――
右側にはルゼリア、左側にはライナがおり、腕に抱きついている。
そしてティセラは――エクリナの上に寝ていた。
三人で話し合った結果、最も軽いティセラがエクリナの上に乗るのが最善と考えたのであった。
そう、エクリナ以外には最善だった。
「…………満足か?」
言いたいことをすべて飲み込み、聞くエクリナ。
「はい! エクリナの隣、思った以上に素晴らしいです!」
「とても暖かい……ライナの言う通り良い香りもします」
満面の笑みを見せるルゼリアだった。
出会って、初めて見たかもしれなかった。
「でしょ! 良い匂いだよねリア姉!」
ライナは顔をエクリナの腕に擦りつけながら言う。
「ここも悪くないですね、エクリナの鼓動が聞こえます……落ち着きますね」
ティセラはエクリナの胸に耳を当て感想を言う。
「ティセラいいなあ~。王さまを全身で感じられるんだもん……」
「ティセラ……謀りましたね……」
ライナとルゼリアはティセラをじっと見た。
「わたしが一番軽いですから! 仕方ないですね!」
ティセラは気にせず、満足そうに笑う。
どさくさに紛れて最も得するように動いたのは明白だった。
なんだかんだで仲良くなった、ティセラ・ルゼリア・ライナ。
雑談をし、笑顔が絶えなかった。
一人を残しては――
(これが毎日か……ただでさえいつも寝苦しいのに……)
(しばし……耐えるしかないな……)
実はエクリナは眠っている際、ティセラとライナに抱きつかれ、寝返りをできないくらいには寝苦しかった。
本当は早々にベッドを増やして、四人個別で眠ろうかと考えていたのであった。
だが、ルゼリアの告白で何も言えなくなってしまった。
(折を見て話すか……)
(だが今は……この時を噛みしめよう。悪くはないからな……)
近い未来——四人はヴァルザと神の軍に敵対する。
人属軍と戦う可能性も当然ある。
三人を護ると決めたが、もしも……もしも誰かを失えば、二度と共に眠ることすらもできない。
その考えが、エクリナの脳裏に過る。だからこそ、今はこのままでいいと思った。
「もう眠るぞ、明日もやることが多い」
エクリナは楽し気な三人に声を掛け、睡眠を促す。
「そうですね、おやすみなさいエクリナ」
「おやすみ、王さま~」
「おやすみなさいませ、エクリナ」
ティセラ・ライナ・ルゼリアは眠る挨拶をする。
「ああ、おやすみ皆。また明日な」
エクリナも三人に声を掛け、目を瞑る。
両隣には炎雷の姉妹、胸の上にはティセラがうつぶせで眠っている。
実に奇妙な配置であり、非常に眠りづらい。
それでもエクリナは文句を言わなかった。
無意識に欲しかったものが、また手に入ったからだ。
明日も頑張るか、とエクリナは思った。
思い付いたので書いてみました。
長女:エクリナ、次女:ルゼリア、三女:ライナ、四女:ティセラ みたいな配置なので姉妹喧嘩っぽくしてみました。




