◆第49話:裂け目に立つ者◆
戦場に、黒い影が差した。
焦土と化した荒野。その先に、整然と列を成して進軍する魔哭神の部隊があった。
槍と剣を構えた兵士たちが、寸分違わぬ足並みで迫ってくる。
「……全員、量産型か……?」エクリナが目を細める。
ルゼリアは視線を走らせ、低く答えた。
「いえ……動きが違います。あれは“前線制圧型の先遣部隊”……
神造生命体を投入する前段階の、効率型の軍勢です」
冷たい風が戦場を抜け、陣形の隙間から不気味な影が覗いた。
槍と剣を手にし、訓練された動作で陣を敷く中級兵たち。
そして、その背後に一人だけ異質な存在がいた。
漆黒の戦衣に身を包み、重力を歪めるような闇の気配を纏った男――上級兵、指揮官である。
その眼は獣のように光り、口元に微笑を浮かべながら言う。
「反逆者確認。制圧開始。余剰戦力につき、殺傷制限なし」
その言葉と共に、刹那、戦端が開かれた。
◆
「ライナ、右から回り込め! ルゼリア、左翼を叩け! ティセラは布陣を守れ!」
「了解!」
「任せて、王様!」
「結界展開開始……私が皆を護ります!」
魔王軍の動きは一切の迷いがなかった。
まずルゼリアが紅蓮魔晶の戦具を起動し、〈フレア・スパイラル〉を放つ。
焔の渦が敵槍兵の突進を飲み込み、一斉に吹き飛ばした。
「この炎は、私の誓いです……エクリナを、この仲間たちを、誰にも傷つけさせない!」
その隙に、ライナが雷光と化して敵陣を貫通。
投擲された《魔斧グランヴォルテクス》が四刃に展開し、〈サンダー・スパイラル・ブレイク〉の雷爆が巻き起こる。
「王様の未来を拓くのは、僕だぁぁぁッ!!」
敵陣の一角が完全に崩れた瞬間、ティセラの《浮遊式聖印装置ソリッド=エデン》が展開され、全員に防御と回復の支援を行う。
「前衛、防御成功。再結界、再起動――ルゼリア、背後から二人来ます!」
「助かるぞ、ティセラ!」
そして、エクリナが中心に立つ。
「スペース・ランス、穿てッ!!」
空間を裂いて現れる漆黒の魔槍が、中級兵を複数まとめて貫いた。
無音の爆撃のように、敵陣を切り裂いていく。
「ふん……この程度では、まだ足りぬな……!」
◆
その時だった。
「……脱走した“エクリナ”……。造られし神の子……。だが所詮は“欠陥品”……だ」
上級指揮官が、ふわりと浮遊し、巨大な魔方陣を展開する。
「高位魔法……、グリム・リベレーション」
闇魔弾が無数に空を覆い、降り注ぐ――!
「全結界、交差展開ッ!!」
ティセラが咄嗟に結界を組み直し、複製魔法陣が連動して防ぐ。
しかし――
「きゃあッ……!!」
光の壁が割れ、爆風が直撃する。
「ティセラ……!」
「平気、まだ……持ちこたえます」
エクリナは叫ぶように詠唱を開始した。
「我が王命に従いし夜よ……顕現せよ、終焉の闇月!
ディア=エクリプス・サンクションッ!!」
黒き月が空に浮かび、全てを貫く闇の超光線が発射される。
だが――
「防御展開、ヴァント=グラビタス」
上級指揮官の魔盾が、黒月の一撃を逆圧縮した。
「お前の魔法は……、全て解析済みだ……」
その瞬間、ライナが背後から突撃。
雷光の連撃が闇盾の表面を砕き、追撃するようにルゼリアの炎刃が中心核を斬る。
「終わりですッ! フレア・レイヴン!!」
「クロス・ライトニング・カット!!」
炎と雷の重撃が命中し、ついに闇の盾が砕けた。
「今だ――喰らえ、シャドウ・グラトニー!!」
地面から這い上がった影の顎が、上級指揮官を一気に呑み込む。
断末魔は影に呑まれ、闇に溶けて消えた――先遣隊の指揮官は、塵と化して散った。
◆
残った中級兵たちは、指揮を失い崩壊した。
戦場に静寂が戻る。焦げた土と、血の匂いだけが残る。
「……勝ったか……」
「王様……やったね……!」
「ふっ、当然の結果であろう。我らは“魔王軍”なのだからな」
ルゼリアが微笑み、ティセラがそっと息をつく。
そしてエクリナは、戦場に落ちていた魔哭神の紋章入りの指揮符を拾い、ぎゅっと握りしめた。
「これは始まりに過ぎぬ。この復讐の焔が尽きるその時まで、我らは止まらぬ――」
魔王軍は、再び歩き出す。
焔はまだ尽きぬ。怒りと絆、そして誓いを胸に――。




