◆第46話:出会い◆
荒れ果てた山中の谷間。
風が吹けば崩れそうな鉄骨と瓦礫の塊――そこが、かつて魔哭神が捨て去った拠点の一つだった。
数日をかけて、ようやくたどり着いたエクリナとティセラ。
森の中では熊や狼の魔晶獣に襲われ、谷に入れば鷹の魔晶獣が群れて現れる。
エクリナにとっては大したことはない相手、ティセラの魔法訓練を兼ねてゆっくりと歩んでいた。
ティセラは結界魔法に加えて、中級程度だが治癒魔法も操ることができた。
旅の道中で繰り返し訓練を行っていた。
硬く閉じられた扉。
鍵を破壊し、無理やり拠点に入った。
中は温度が低く、魔哭神城の石牢を想起させた。
拠点はすでに機能を失い、静寂だけがそこにあった。
「うむ、拠点は無事なようだな。これなら期待できるぞ」
エクリナは、固く閉じた扉を見て期待を膨らませていた。
それは魔晶獣や他の侵入の形跡がない。――それだけで期待できた。
「よかったですね!」
ティセラも隣で喜んでいた。
回廊を進む二人。どの部屋も静かであった。
だが、奥まった区画――治癒室と思われる部屋で、微かだが確かな“神造生命体”特有の魔力波長が感じ取られた。
「この感じ……魔力の残滓にしては、生々しすぎる」
エクリナは慎重に扉を破壊し、内部へと進む。
後ろに続くティセラ。
そこで二人が目の当たりにしたのは――
「……っ、これは……!」
破損した生成術具の中で、半ば氷漬けとなっていた『青髪の少女』。
隣には、僅かに稼働中の術具内で果てかける『赤毛の少女』が、液中で仰向けに横たわっていた。
それは、”壊れかけた”神造生命体との出会いであった。
ティセラが駆け寄る。
「二人とも魔力波長が弱すぎます……」
「魔力の枯渇が近いです……このままでは長く保たない!」
彼女は即座に光の魔法陣を展開——〈スペルドーム・クレイドル〉を発動。
術式に干渉しつつ、球状の結界で包み、氷にかけられた術式を解析し融解を試みる。
そして青髪の少女の魔核位置に手を当て、治癒魔法の鼓動を送り込む。
「もって……ください……っ!」
魔法陣が揺れ、ティセラの息が一度だけ詰まる。それでも手は離さなかった。
初めて会った少女にもかかわらず、真摯に向き合うティセラであった。
一方、エクリナは生成術具を操作しようとしていたが――
「……分からん。仕方あるまい……」
術具の外装を魔杖でたたき割り、中で浮いていた少女を外に出す。
力なくぐったりしており、動く気配はなかった。
エクリナは赤毛の少女の傍らに膝をつき、胸に手を当てて魔力を注いでいく。
己の存在を削るようにして、必死に少女へ注ぎ込む。
「貴様ら……まだ死ぬことは、許さんぞ……! この場で、生き延びろッ!!」
視界が揺らぎ、意識が霞む。それでも彼女は止めなかった。
エクリナもティセラ同様に初めて会う少女に精一杯向き合っていた。
ティセラに会うまでは他人に関心なんて全く持ってなかった。
それが今や、同じ境遇と思しき神造生命体は例外となっていた。
ヴァルザの嗜虐、過酷な命令は全ての神造生命体に共通である。
捨てられた拠点に横たわっていた少女たち――廃棄された躯体なのは容易に想像がついた。
「たわけ……勝手に果てることは、我が許さん!」
自身を重ねるように声を掛けるエクリナ。
いつも冷静な彼女は居なかった。
他者を救いたいと願う姿だけがそこに在った。
赤毛の少女の魔核が徐々に機能を取り戻す。
臓器に、四肢に、魔力が循環し始めた。
微かに、赤毛の少女の喉が震える。
「ぐっ! がはがは……ごほごほ……」
生成液の中で漂っていた影響で、肺は液体で満たされていた。
臓器が動き出し、反射的に咳き込み、吐き出す。
赤毛の少女の背中をさするエクリナ。
何とか覚醒できたようで安堵していた。
「ぅ……あ……?」
ようやく意識が出てきたようで呻くように声を上げた。
ほぼ同時に、青髪の少女がカッと目を見開いた。
「ハッ!? なんだ……ここ……誰だ、うっ、頭が……ッ!」
ティセラは永久凍結を解除し、氷の融解に成功していた。
青髪の少女は震える手で頭を押さえる。
全身はびしょ濡れ、肌は青白く、震えていた。
ティセラは魔導収納鞄から予備の外套を二つ取り出し、一つをエクリナに渡した。
残った一つは青髪の少女に掛け、擦って体を温めるようにしていた。
エクリナも赤毛の少女に外套を掛けていた。
目を開いた二人の少女は混乱していた。
見慣れた空間――だが、知らぬ顔。
そして、異質な魔力の気配。
ティセラとエクリナの姿に驚き、そして――
「さ、寒い……はあ、はあ……きみたちは……誰……?」
青髪の少女が震える声でそう呟くと、エクリナは静かに答えた。
「我はエクリナ、以前は……魔王と呼ばれていたな。だが、今はこの世界を正すため、ヴァルザを滅ぼさんとする者だ」
「うぬら、名は?」
赤毛の少女は、一瞬だけ躊躇したように目を伏せたが、やがて真っ直ぐにエクリナを見て、答えた。
「ルゼリアです……私たちは、神造の兵器。ですが……廃棄された、存在です」
「僕はライナ……僕も、同じ。もう……誰にも、望まれちゃいなかったんだ……」
ルゼリアは途切れ途切れに語った。
思い出すたび、喉の奥が血の味で満ちていく。
ルゼリアとライナは近隣の戦域で人属に倒されていた。
連携し、互いを支え合い、共に戦場を駆け抜けた姉妹に似た関係だった。
だが――二人に不幸が訪れる。
ライナが人属軍に突貫した際に、魔術師の罠に嵌り永久凍土の魔法を受け、解けぬ氷の中に閉じ込められてしまった。
ルゼリアは、ライナが氷漬けになる瞬間を目の当りにし動揺した。
その隙を付け入れられ、右腕は切断され胸を貫かれて敗北した。
戦線は神の兵で盛り返したものの、報告を受けたヴァルザは二人の廃棄を決定した。
心を持ってしまった兵器、それにより弱体化したと判断した。ただそれだけだった。
折しも戦域の移動もあったため、拠点を棺桶として二人を廃棄した。
静かに聞いていたエクリナは、強く頭を振った。
「違う。――うぬらはまだ終わってはおらぬ」
二人の手を取りまっ直ぐに見つめる。
そして、一つの決断をする。
「我の力となってくれ。そして共に、ヴァルザを討ち果たそうではないか」
その言葉を聞いた瞬間、ルゼリアとライナは言葉を失った。
“廃棄される存在”――そう思い込むことで自身の終わりを納得していた。
誰にも望まれず、壊れるまで眠り、そして忘れられていく。
それこそが、唯一の結末だと信じていた。
だが、エクリナは違った。
命じるでもなく、同情でもなく――彼女は“選んだ”。
その在り方に、二人は初めて“意味”を与えられた気がした。
青髪の少女――ライナが、声を震わせながら問いかける。
「……捨てられた……僕たちを……必要としてくれるの……?」
エクリナは、即座に答えた。
「必要などではない――うぬらは、我が“選ぶ”。共に生き、戦う者として、等しく我が迎えよう」
その言葉に、ライナの目からぽろぽろと涙がこぼれた。
(ま、魔王?が……僕を選んでくれた……)
(なら、今度こそ……捨てられずに済むのかな……)
エクリナの後ろには、微笑んでいる金髪の少女が見えた。
懸命に助けてくれた二人、選んでくれた魔王。
(昔は……魔王と呼ばれてたんだ……それなら……)
涙をぬぐい、エクリナを見るライナ。
「……王さま……って、呼んでもいい……?」
そのあだ名に、エクリナは一瞬だけ呼吸を止めた。
――名ではなく、居場所としての呼び名だったからだ。
エクリナは微笑んだ。
「構わぬ。我が名のもとに、うぬらを受け入れよう」
ライナは、エクリナの胸に飛び込み、嗚咽を漏らした。
「ありがとう……ありがとう……!」
隣で見守っていた赤毛の少女ルゼリアも、静かに頭を垂れ、膝をついた。
「……私たちは、貴女に従います――エクリナ様」
その言葉を受けたエクリナは、しばし無言のままルゼリアを見つめていた。
やがて、ゆっくりと首を振る。
「“様”はいらぬ。我は、うぬらを“道具”として従わせるつもりはない」
その一言が、ルゼリアの胸の奥に深くに突き刺さった。
命令でも立場でもない――自分の力と存在を、確かに“選んでくれた”。
不意に、心の奥で温かいものが広がる。
ルゼリアがはっと顔を上げた。
「ですが……あなたは、“魔の王”では?」
「うむ。だが我の望む王とは、強制する者ではない。共に並び立つ者の先に立つだけの存在だ」
エクリナはティセラとライナの方を見やりながら続けた。
「うぬらは、我の“仲間”だ。意志を持ち、選び、戦う者」
「誰にも命じられず、ただ己で立つ者の名を、仲間という」
ライナは涙に濡れた瞳で頷く。
「……仲間……王さま~~」
ルゼリアは目を伏せ、今度は軽く息を吐くように言った。
「……では、改めて申し上げます。エクリナ――仲間として、王の側近として、共に戦わせてください」
エクリナは満足げに微笑み、うなずいた。
「よかろう。我ら四人、今この瞬間より、運命を共にする者として歩むのだ」
「この世界は、我らを拒んだ。神――ヴァルザは、我らを造り、弄び、壊れるまで愉しもうとした」
「人属は、我らを恐れ、理解せぬまま見下し続けた。……ならば我は、そのすべてを呑み込み、抗う」
エクリナは、ティセラ・ルゼリア・ライナを見渡して、言い続ける。
「いずれ、世界は我を”本物の魔王”と呼ぶであろう。ならば――その名を、我が手で選び取ろう」
「我は、王を名乗る。この世界を否定する“魔王”として。世界に抗い、神を討つ者として!」
エクリナは三人に宣言する。
王としての胸の内を、そして覚悟を刻むための儀礼として声を張り上げた。
薄暗い廃墟の中で、四人の神造生命体が初めて出会った。
滅びの時を越え、凍てついた命が再び動き出す。
魔王の軍勢、ここに結成す――
だがその姿は、命令に縛られた兵器ではない。
意志と誇り、そして“絆”によって結ばれた、“仲間”という名の新たな軍勢だった。




