◆第47話:準備◆
魔哭神がかつて使用し、今は打ち捨てられた仮設研究拠点――
瓦礫と魔導管が入り混じるこの廃墟に、エクリナたちは身を寄せ、再起の拠点として整備を始めていた。
破壊された実験機材は資材に転用され、崩落を免れた区画は寝所や作業場へと変えられていく。
洞窟から移動してきたエクリナたちにとって、ここは**“反撃の城”の原型**となる場所だった。
◇ ◇
鉄粉と魔導結晶の混じる空気の中、四人はそれぞれの役割に取りかかっていた。
ルゼリアとライナは、助けられた恩に報いるため、そして何より――
エクリナの誇り高き姿に心を打たれ、心からの忠誠を誓っていた。
「エクリナ……この命、あなたのために使わせていただきます」
「王様がいてくれるなら、僕、なんだってできる!」
ティセラは二人の様子を静かに見つめながら、作業机の前に腰を下ろす。
保管術具から解き放たれ、意識を得た頃から、術式や陣形を理解する異様な勘を持っていた。
それは皮肉にも、ヴァルザの血に刻まれた才能――“魔法式を理解し、自在に応用する才”に由来するものだった。
「忌まわしい力かもしれません……。けれど、今は違う。この才を、皆のために使います」
そう呟くと、図面に刻まれた古い術式へ指先を滑らせる。淡い光が走り、眠っていた構造が呼吸を取り戻すように脈動を始めた。
「皆の装備を……我々の力となる具現を、私が整えます」
旧施設から掘り出した魔導材を使い、彼女の作業は昼夜を問わず続いた。
エクリナには破損した《魔杖アビス・クレイヴ》の修復と、《深淵纏装ドミヌス・クロア》を準備する。
黒銀のワンピースを基調に、胸元の紋章が淡く脈動する魔装。前裾は膝上で切り揃えられ、背には黒と紫のフレア布が重なって“尾”のように揺らめく。
その上に羽織る黒のハーフローブは白銀の装飾を抱き、威容と気品を添えていた。
魔法の威力を高め、さらに自動展開する結界が彼女を守護する。
ルゼリアには、砕かれた《焔晶フレア・クリスタリア》を再構成し、《紅蓮纏装ヴァル=アルディア》を新造する。紅蓮を思わせる赤いロングジャケットに、濃紺の重ねスカートを合わせ、肘上まで覆う布袖がひらめく。
自動結界と耐熱術式に守られたその装いは、炎を纏う戦乙女の姿そのものとなるであろう。
ライナの《魔斧グランヴォルテクス》は封印を解かれ、可変機構の再起動が施される。
《迅雷外套アーク=レゾナンス》を設計する。半袖の蒼衣に腰までの小さなマントを重ね、掌には半指の戦手袋。水色の短衣と軽靴が雷光を帯び、纏う者の肉体を駆け抜ける稲妻が力を引き出す。
ティセラ自身は、《浮遊式聖印装置ソリッド=エデン》を四基に複製し、半自立制御できるよう仕様を拡張した。魔力消費効率を高める《幻奏礼装シンフォニア=ラピス》を考案。白の長衣は裾や袖に術式の紋様を刻み、薄緑のケープがやわらかに肩を覆う。足首までの靴を揃えたその姿は、澄んだ旋律を宿す加護者のように静謐で、魔力を優しく響かせることになる。
ティセラは四人分の装備を描き上げ、最終確認に手を伸ばす。
その指先には、仲間たちの生還を祈る想いが込められていた。
一方、エクリナは戦場で入手した《魔盾盤ヴェスペリア》の解析に集中していた。
人属軍の拠点から奪ったそれは、盾と術式盤を融合させた魔導術具。
黒地に銀装飾が走り、ちりばめられた魔晶が淡く脈動している。
近接戦では浮遊する盾となり、同時に空間魔法の触媒として機能する攻防一体の術具だった。
内部には複数の空間魔法術式が刻まれており、極大魔法の放出すら可能。
さらに新たな術式を追記する余地も残されている。
ただし魔力消費は甚大で、“使い手”の魔核に大きな負担を与える欠点も抱えていた。
「ふむ……これは空間魔術だけでなく、干渉型の闇魔法にも応用が利くな」
装備の設計を終えたティセラは、今はその作業を補助し、魔法陣を描き写していく。
“魔王”と“封界”――今や二人の技術は、互いを補完し合うものとなっていた。
◇ ◇
戦場となっていた区画の一角では、ルゼリアとライナが交代で物資を探しに出かけていた。
廃村に残された資材、魔晶、乾燥保存された食糧――
ときに交渉、ときに戦闘を伴いながら、彼女たちはこの「研究廃墟」を“生きた拠点”へと変えていった。
夕方、補修された格納区画に灯された焚火を囲んで、四人が揃う。
ティセラがメモを見ながら報告する。
「全員分の装備の完成には1ヶ月は要します。不足資材が多く、順次製作していく形となります」
エクリナはうなずいた後、口を開く。
「ではその間に――“訓練”も行うとしよう」
彼女は、少し躊躇いながら口にした。
「実のところ、我は近接戦が不得手だ。先の人属軍との戦闘では、間合いを詰められ苦戦した。低級魔法での牽制もできるが……魔力を使わずに杖で打撃を行う技術も身につけたい」
そして、そっと視線を向ける。
「ライナ、うぬの武器は長柄。訓練をしてほしい。……できるか?」
ライナは即座に顔を上げ、笑った。
「もちろんだよ! 王様が強くなるのを手伝えるなんて、嬉しいよ!」
その声に、空気が和らぐ。
するとルゼリアが手を上げた。
「では、私からも――。私とライナ、まだ極大魔法を使うには至れていません。魔導戦具を完全に扱い軍勢と相対するには、あの出力が必要です」
「なるほど。魔力放出の感覚が掴めておらぬのだな。であれば、その訓練は我がつけてやろう。魔力集中の方法、術式の構築……我の全てを教える」
ルゼリアとライナは、同時に立ち上がった。
「「ぜひ、お願いします!」」
こうして、装備の製作と並行して、魔王軍の訓練が始まった。
かつて実験場として使われていた空間が、今は鍛錬場へと姿を変える。
砕けた床に杭を打ち、焦げ跡の残る壁を的に見立て、魔力測定機材を調整し――
瓦礫の研究所は、確かな「力」を養う場となった。
◇ ◇
午前はエクリナとライナによる近接戦の基礎訓練から始まった。
エクリナは魔法戦には長けていても、物理戦闘は不得手。
ライナはそんな彼女に、長柄武器の構えと打ち込みの基本を教えていく。
「構えが浮いてるよ、王様。腰をもっと落として!」
「……ぬぅ、これは……想像以上にバランスが難しいな」
「足は一歩ずらして重心を流すの! そうそう、それっ!」
最初はぎこちなかったエクリナの動きが、数日後には形になり始めていた。
彼女の構えに迷いが消え、足運びも重みを持ちはじめる。
「……王様のその構え、かっこいいよ!」
「ふっ、当然であろう」
ライナの笑顔に、エクリナもどこか誇らしげに微笑みを返す。
やがて訓練は、模擬戦闘へと移行した。
エクリナは《魔杖アビス・クレイヴ》を実際に手にし、魔力の流れを抑えつつ、”打撃武器としての杖”の扱いを体に覚え込ませていく。
「今の一撃、重みがあったよ! 本当に王様が“殴って”きた感じ!」
「……ふむ。威圧と威風を込める、これが“王の打ち込み”というやつか」
◇ ◇
午後には、魔力操作の応用訓練が行われていた。
ルゼリアとライナは、それぞれ魔導戦具の出力解放と制御力の向上を目的としていた。
「魔力の螺旋構築――言葉では分かっても、実際にやると難しいね……」
エクリナは二人にそれぞれ小さな球状の魔力圧縮球を創らせ、徐々に“詠唱前の魔力構築”を実地で教えていく。
「構築と制御は同時に行え。“技術”ではなく、“想い”で術式を押し流せ。魔導戦具は主の心に従う」
「……“心”ですか……」ルゼリアは目を伏せるが、ゆっくりとうなずいた。
繰り返すことで、ルゼリアの紅蓮魔力が芯を得て収束し、ライナの雷撃も鋭さと範囲を増していく。
「……王様に見せたいんだ。僕の“本気”を」
「ふふ、期待しているぞ」
◇ ◇
夕刻、ティセラは《浮遊式聖印装置ソリッド=エデン》を四基同時に展開し、結界術式の同調制御訓練を続けていた。
「……右前衛、位相乱れ。再収束――今、です!」
自身の術式を四方向に分離し、時間差干渉・交差防壁・反射展開と多層結界を次々に組み上げる。
「さすがは結界の中核体だな。戦場において後方支援の要となろう」
エクリナが評価すると、ティセラは照れたように微笑んだ。
「……背中を預けてもらえるように、もっと精度を高めてみせます」
◇ ◇
訓練の後半には、仲間同士で技術を“交換”する場面も増えていった。
ライナがティセラに体捌きと回避のコツを教え、
ルゼリアは魔力流の制御についてエクリナに意見を求め、ティセラはエクリナと共に新術式の構成案を練った。
互いが互いの“手”となり、“目”となり――魔王軍は、確実に「軍」としての形を成していった。
◇ ◇ ◇
1ヶ月後――
全員の装備と訓練が完了した夜。
焚火の周囲に揃った四人の顔には、疲労の奥に確かな自信が宿っていた。
その場には、訓練中の些細な出来事が笑い話として残っていた。
ライナが魔法制御を誤り、木立を丸ごと稲妻で切り裂いたこと。
ルゼリアが炎の勢いを抑えきれず、エクリナの髪先を少し焦がしたこと。
そしてティセラが新しい装備を試した瞬間、勢い余って尻もちをつき、全員で大笑いしたこと――。
緊張続きの日々の中で、それらは小さな光のように心を温めていた。
エクリナはゆっくりと立ち上がる。
「よくやった、皆。――我らはこれより、魔哭神への報復を開始する」
標的は、魔哭神が人間軍と交戦している前線。
物資の収奪と敵勢力の撹乱、そして――“怒り”を伝える最初の一撃だ。
「我らの力を示す好機であるぞ……!」
その言葉に、三人の瞳が燃えるように輝く。
「魔哭神には、私たちの怒りを思い知らせましょう」
「王様と一緒に暴れられるなんて、最高だ!」
「この命、悔いなく使い尽くします」
かくして、魔王の軍勢は動き始めた。
復讐の名のもとに――
次回は、『8月24日(日)20時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いしますm(__)m
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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