◆幕間:二人きりの旅、初めての街◆
夕方——
二人で旅を始めて数日が経過していた。
エクリナとティセラは、初めて壊滅した街に到着していた。
既に神の軍勢によって征服された何もない土地。
当然人属はおらず、家屋は瓦礫になり果てていた。
焦げた木材の匂いが、乾いた風に混じって鼻を刺す。足元の灰が、踏むたびに小さく鳴った。
魔哭神ヴァルザの魔力が大地に浸透しており、辺りの植物は侵食され変質していた。
「戦争の……後ですか……」
ティセラは警戒しながら街路だった道を歩く。
「それなりに時が経っている、侵食が完了しているからな」
エクリナは樹木を見て判断する。
神の魔力を大地より吸い上げ、根元から葉先まで紫色に変色していた。
侵食には数年を要する、それだけで廃墟から数年経過しているのが想定できた。
「だいぶ日が傾いておるな……折角の街跡だ、物資を探そう」
沈む太陽を見て言うエクリナ。
鳥の声すらしない。あるのは、紫に変わった葉が擦れる音だけだった。
「はい、分かりました。それにしても……不気味ですね」
ティセラは辺りの静けさを肌で感じながら言う。
不安だったのか、右手でエクリナの袖を掴んでいた。
「これだけ、侵食が進んでおれば獣も変異しているだろうな。気を付けねば」
エクリナは大型の家屋に目を付けると、扉を開け入っていく。
「獣が変異? どういうことですか?」
放たれた言葉に疑問を投げかけるティセラ。
「ん?そうか、知らないのだな。ヴァルザはな、人属領を侵略した後、必ずその土地に魔力を流す」
「神の魔力は強大で影響が大きくてな、植物だけではなく生物も影響を受けるのだ」
エクリナは家の棚をあちこち開き、使えそうなものを探す。
さらに話を続けた。
「野獣は、神の魔力を魔核に吸収し変質する。俗に魔晶獣と呼ばれている」
ここまで侵されていれば、鼠一匹でも牙が石のように硬くなる。
逃亡の際に持っていた魔導収納鞄をティセラに渡す。
「魔晶獣は野獣よりも強くしぶとい。しかも魔哭神城に近づくほど強くなる」
エクリナは魔導ランプを見つけ、動作を確認するために小さく明かりを灯した。
「なるほど、だからわたしたちは人属領との境界付近を移動しているんですね……」
ランプの明かりに照らされるエクリナの顔を見ながら言うティセラ。
「ふふ、その通りだ。それに神の兵よりも人間の方が戦いは簡単だ」
魔導ランプの明かりを消し、ティセラに持たせた鞄に入れるエクリナ。
「ティセラ、使えそうなものを探してくれ。だが我から離れすぎるなよ」
エクリナはティセラに指示をして家の中の物色を続けた。
生きるための行為、主なき家を漁る――二人はつかず離れずの距離で探索を行った。
ティセラは常に三歩後ろ。エクリナが振り返れば、すぐ手が届く距離にいた。
◇
家屋を渡り歩き続け、王都騎士の詰め所を漁っていた。
壁には爪痕が残り、乾いた血の跡が黒くこびりついていた。
ナイフや外套、縄など旅に使えそうなものを選んでいた。
見つけては魔導収納鞄に次々と入れていく。
一般的な魔導収納鞄は内部に空間魔法を付与されており、容積を拡張している。
そこはまさに異空間、位相操作により重量の影響もほとんど受けない代物――旅の必須道具だった。
エクリナは二つ目を見つけ、ティセラに渡していた。
書斎らしき部屋に入り、二人は机と棚を同時に漁った。
「道具は大体揃ったな……だが、あれが無いな。騎士の詰め所ならありそうなのだが……」
エクリナは机の引き出しを開けながら言う。
「地図ですよね? 見つけたとして、使えるんでしょうか……」
同じように捜索するティセラ。
「ここは一度は戦地になったのだ。ヴァルザの拠点を記した地図ぐらいあるだろう……」
「戦争では情報が一番必要だ。必ず探っていたはずだ」
机の引き出しをあきらめ、棚の紙片に手を出すエクリナ。
「なるほど。確かに情報は大事ですね……」
エクリナから学ぶティセラ。
「ん?」
指先に紙の角が当たった――引き抜くと、折り畳まれた大紙が埃を吐き出す。
ティセラはそれを広げた。
地形図らしく、記号が二つ記されていた。
一つ目は廃墟となったこの街、二つ目は神領側に位置であった。
「エクリナ、これですか?」
中身を確認し声を掛ける。
「お! でかしたぞティセラ!」
一目見て戦域における地図と認識したエクリナ。
笑顔でティセラを褒めた。
ティセラは照れ、「えへへ」と言いながら地図を渡した。
「ふむ。それなりに遠いが歩けないほどではないな……行き先が決まったぞ」
エクリナは微笑みながらティセラに語り掛ける。
「打ち捨てた拠点の数が多いとはいえ、場所が分かったのは朗報だな」
地図を丸め、手持ちの魔導収納鞄に入れた。
指針が決まった二人。
そのまま書斎で野営することにした。
野宿を続けていたエクリナとティセラにとっては、壁と天井があるだけでありがたかった。
だが火は焚かない。匂いは獣を呼び、光は追跡を呼ぶと理解していた。
エクリナは椅子に座り、応接用の卓に道中で採取した果実と事前に焼いていた鶏肉を並べた。
ナイフで切り分け、二人分を均等に準備する。
「肉の残りが少ないな……明日狩りをせねば」
異空間に繋がる鞄の中を確認して言う。
「ありがとうございます。わたしたち、ちゃんと生きてるんですね……」
分けられた鶏肉を一口齧り、噛みしめるように言うティセラ。
「ああ、そうだな。食料の心配ができる程度には余裕が出てきたな」
エクリナは鶏肉を少しちぎり、口に放り込む。
「明日から向かう拠点にちゃんと物資があるといいですね」
懸念を口に出すティセラ。
「ヴァルザは戦場では戦利品を漁る癖に、拠点は作っては放棄を繰り返しておる」
「撤退時の荷物は最低限で転移だ、恐らく残っているであろう。それに――」
エクリナは知っていることを教えていた。
次の言葉を出そうとして――
ティセラが被せてきた。
「神の領域ならば、人間が侵入することはないと?」
「ああ、その通りだ。ティセラは賢いな」
エクリナはティセラの聡明さを喜んでいた。
毎晩、他愛のない話を行っている二人。
その日に見たもの、食べたもの、辛かったことなど何でもよかった。
会話ができるだけで英気を養われた気分だった。
今日も眠るまで雑談は続いた。




