◆第46話:出会い◆
荒れ果てた山中の谷間。
風が吹けば崩れそうな鉄骨と瓦礫の塊――そこが、かつて魔哭神が捨て去った仮設拠点の一つだった。
今はすでに機能を失い、崩れた設備がうず高く積み上げられている。
だが、奥まった区画――魔力遮断室の一角で、微かだが確かな“生命反応”が感じ取られた。
「この反応……魔力の残滓にしては、生々しすぎる」
エクリナは慎重に扉を破壊し、内部へと進む。
そこにあったのは――
「……っ、これは……!」
破損した保管術具の中で、半ば氷漬けとなっていた青髪の少女。
隣には、稼働中の術具の中で果てかける赤毛の少女が、仰向けに横たわっていた。
”壊れかけた”神造生命体との出会いであった。
ティセラが駆け寄る。
「魔力の枯渇……このままでは長く保たない!」
彼女は即座に光の魔法陣を展開。
〈スペルドーム・クレイドル〉を通じて球状の結界を張り、氷にかけられた術式を無効化し融解を試みる。そして青髪の少女の心臓へ直接、治癒魔法の鼓動を送り込む。
「持って……ください……っ!」
一方、エクリナは赤毛の少女の傍らに膝をつき、自らの魔核から直接、闇の魔力を抽出する。
己の存在を削るようにして、それを少女へ注ぎ込む。
「貴様ら……まだ死ぬことは、許さんぞ……! この場で、生き延びろッ!!」
視界が揺らぎ、意識が霞む。
それでも彼女は止めなかった。
「たわけ……勝手に果てることは、我が許さん!」
魔力が循環し始めた。
微かに、赤毛の少女の唇が震える。
「ぅ……あ……?」
同時に、青髪の少女がカッと目を見開いた。
「ハッ!? なんだ……ここ……誰だ、うっ、頭が……ッ!」
目を開いた二人は混乱していた。
見知らぬ空間。知らぬ顔。そして、異質な魔力の気配。
ティセラとエクリナの姿に驚き、そして――
「……きみたちは……誰……?」
青髪の少女が震える声でそう呟くと、エクリナは静かに答えた。
「我はエクリナ。この世界を正すため、“魔哭神”を滅ぼさんとする者だ。――うぬら、名は?」
赤毛の少女は、一瞬だけ躊躇したように目を伏せたが、やがて真っ直ぐにエクリナを見て、答えた。
「ルゼリア……私たちは、神造の兵器。……廃棄された、存在です」
「僕はライナ……僕も、同じ。もう……誰にも、望まれちゃいなかったんだ……」
エクリナは、強く頭を振った。
「違う。――うぬらはまだ終わってはおらぬ。我の力となれ。共に、“魔哭神”を討ち果たすのだ」
その言葉を聞いた瞬間、二人は言葉を失った。
“廃棄された存在”――そう思い込むことでしか、自分たちは生きてこられなかった。
誰にも望まれず、壊れるまで眠り、そして忘れられていく。
それこそが、唯一の結末だと信じていた。
だが、エクリナは違った。
命じるでもなく、同情でもなく――彼女は“選んだ”。
その在り方に、二人は初めて“意味”を与えられた気がした。
青髪の少女――ライナが、声を震わせながら問いかける。
「……捨てられた……僕たちを……必要としてくれるの……?」
エクリナは、即座に答えた。
「必要などではない。――うぬらは、我が“選ぶ”。共に生き、戦う者として。等しく、我が軍に迎えよう」
その言葉に、ライナの目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「……王様……って、呼んでもいい……?」
「構わぬ。我が名のもとに、うぬらを受け入れよう」
ライナは、エクリナの胸に飛び込み、嗚咽を漏らした。
「ありがとう……ありがとう……!」
隣で見守っていた赤毛の少女ルゼリアも、静かに頭を垂れ、膝をついた。
「……我々は、貴女に従います――エクリナ様」
その言葉を受けたエクリナは、しばし無言のままルゼリアを見つめていた。
やがて、ゆっくりと首を振る。
「“様”はいらぬ。我は、うぬらを“道具”として従わせるつもりはない」
その一言が、胸の奥深くに突き刺さった。
命令でも立場でもない――自分の力と存在を、確かに“選んでくれた”。
不意に、心の奥で温かいものが広がる。
ルゼリアがはっと顔を上げた。
「ですが……あなたは、“魔の王”では?」
「うむ。だが我の望む王とは、強制する者ではない。共に並び立つ者の先に立つだけの存在だ」
エクリナはティセラとライナの方を見やりながら続けた。
「うぬらは、我の“仲間”だ。意志を持ち、選び、戦う者。誰にも命じられず、ただ己で立つ者の名を、仲間という」
ライナは涙に濡れた瞳で頷く。
「……仲間……王様……」
ルゼリアは目を伏せ、今度は軽く息を吐くように言った。
「……では、改めて申し上げます。エクリナ――仲間として、共に戦わせてください」
エクリナは満足げに微笑み、うなずいた。
「よかろう。我ら四人、今この瞬間より、運命を共にする者として歩むのだ」
「この世界は、我らを拒んだ。
神――ヴァルザは、我らを造り、弄び、壊れるまで愉しもうとした。
人間は、我らを恐れ、理解せぬまま見下し続けた。
……ならば我は、そのすべてを呑み込み、抗う。
いずれ、世界は我を“魔王”と呼ぶであろう。
ならば――その名を、我が手で選び取ろう。
我は、王を名乗る。
この世界を否定する“魔王”として。
世界に抗い、神を討つ者として!」
◇ ◇
薄暗い廃墟の中で、四人の神造生命体が初めて出会った。
滅びの時を越え、凍てついた命が再び動き出す。
魔王の軍勢、ここに再誕す――
だがその姿は、命令に縛られた兵器ではない。
意志と誇り、そして“絆”によって結ばれた、“仲間”という名の新たな軍勢だった。




