◆第42話:戦火に芽吹くもの◆
火と煙が渦巻く中、焦げた鉄と血の匂いが鼻腔を焼いた。
戦場は、赤黒く染まっていた。
かつて人間たちが暮らしていた街――
その名残を辛うじて留める瓦礫の中に、今はただ火と煙が渦巻いている。
「――ノワール・ブレイクアーク」
エクリナの詠唱が空気を震わせ、幾重にも黒柱が天から降り注いだ。
無音のまま敵兵を呑み込み、地を穿ち、焼け焦がす。
だが――異変は、その直後に起こった。
「……あれは……?」
黒柱に飲まれたはずの数体が、砕かれた盾と共に地に伏せるだけで、生きていた。
さらにその周囲――魔力が“歪んでいる”。
「セイクリッド・ランチャー、展開っ……!」
後方のティセラが光の砲撃を放つ。だが、同様に散らされて消えるものがあった。
まだ結界制御に不慣れな彼女の手元は震えていたが、それでも支援を止めなかった。
当初の報告では、戦地の敵は“下級の人間兵”であり、苦もなく殲滅できるとされていた。
事実、これまでの戦場ではそうだった。
だが――今回は違った。
敵兵の装備には、明らかな“異質”があった。
手首や背中に装着された魔導術具、干渉光を放つ反応盾。
そして――
「な……!? シャドウ・バレットが……消滅した……?」
闇弾が、敵兵の目前で霧散した。
即座に”浮遊していた魔導術具”が解析結果を伝達。
「術式干渉フィールド……!? 闇魔法の波長を捻じ曲げて、相殺している……ッ!」
エクリナの脳裏に走る警鐘。
これはもはや偶然ではない。
“人間”が、明確に対魔哭神戦闘を前提とした**“魔法封殺技術”を実用段階に到達させている”**――それは衝撃であった。
そして、それだけでは終わらない。
敵の前線部隊は、明らかに訓練された動きを見せていた。
前列が展開する“転送型干渉結界”の内側で、後列が高出力の抗魔砲を発射。
周囲の部隊は、魔力の流れを断絶する“結界断層”を交互に展開し、魔法陣形を維持していた。
「完全に……連携している……!」
エクリナが呆然と呟く。
人間たちは、生き抜くために“戦略”で彼女たちに挑んでいたのだ。
「エクリナさん、右から来てますっ!」
ティセラが転倒しながら反射結界を展開。
迫る砲撃をぎりぎりで打ち返すが、その衝撃で破片が頬を裂く。
「貴様ら……ッ、邪魔だ!」
エクリナは《スペース・ランス》を放ち、強引に敵陣を貫こうとする。
だが、敵の“干渉陣形”は崩れなかった。
陣形の“隙”に魔力を流し込むのではなく、明確に“対術式構造”で構成されていた。
彼女の闇が、押し返された。
「ティセラ、援護!」
「はいっ……っ、ぐっ……!」
ぎこちないが、ティセラは再び砲撃を展開し、結界を張る。
互いの動きに、もはや命令の強制はなかった。
あるのは、互いを“支える”という意思だけ。
戦火の中、二人の少女が背を預けて立っていた。
それは、兵器には不要な感情――
“信頼”という名の芽吹きだった。
やがて、瓦礫と血煙の中にあって――
“命令”の外にある感情が、静かに根を張り始めていた。




