◆第38話:魔哭神城の檻◆
光の届かぬ地下深く。
静謐で冷たい空間に、金属の音だけが規則正しく響いていた。
「クタイメイ……エクリナ。マリョク テキセイチ……ジョウショウ カクニン」
「ツギノダンカイヘ イコウ」
無機質な声と共に、無数の魔導術具が彼女の体を取り囲む。
天井の白い明かり。台座の冷たさ。喉元までせり上がる金属臭。
彼女はただ台座の上に寝かされていた。
肌を貫く管、固定された四肢。まるで儀式の供物のように。
装備はすべて剥がされ、あるのは拘束具だけ。
両腕の魔力封じの枷が鈍く光を灯していた。
そのせいで、エクリナはただの少女になり果てている。
魔哭神の城にいるときは、常に魔力封じが発動していた。
戦場で最強を誇る『魔王』も、この時ばかりは無力である。
「ツウカク シャダン、カイジョ。マリョク カンショウ、カイシ」
瞬間、全身に鋭い痛みが走る。
「ぐっ!がああああ!」
エクリナは叫ぶ。骨が軋み、内臓が焼けるような感覚。
躯体の魔力耐久を測定する検査。
身体全体を、魔核を、くまなく貫き干渉の度合いを確認する。
「ぎゃあああっ――」
彼女は、さらに叫ぶ。
つんざくような悲鳴が、密閉空間に反響する――
だが、止めるものはいない。
術具たちはただ、淡々と魔力値を記録し、観察を続けるだけだった。
これはエクリナにとっての”日常”であり、定期的に行われる検査であった。
叫ぶことだけが許された権利であった。
声が出るうちは、まだ壊れていない――それだけで合格だった。
◇
魔力干渉の記録が終わると、冷却処置が施された。
冷気が当たるたびに患部が反射でひきつる。
「くぅぅぅ! はあはあ……」
エクリナは喘ぐことしかできない。
「エクリナ……セイジュク キカン……サンジュウネン」
「カドウ キカン……ヨンジュウキュウ ネン……キノウ アンテイ」
浮遊する球型術具は記録していく。
(我はそんなに生きているのか……終わるにはまだ長そうだな……)
落ち着いたエクリナは、術具の声を聴き自身の生きている期間を噛みしめる。
そして、衰えが全く来ないことから、生物としての寿命では死に至れないことも自覚していた。
『神造生命体』は躯体としての生成後に、成熟期間を設けて魔核の成長を増進させていた。
長年の研究により、成熟期間に最低でも二十年が必要であることが分かっていた。
その期間を延ばすことで、魔核は更に成長し、極大魔法を扱える”確率が高くなる”ことも判明していた。
「キロク……チュウ」
人属や亜人属に似た特性がある。だが決定的に違う点が一つあった。
神の因子により不老である『神造生命体』。
それゆえ常に成長でき、全盛期は年を重ねるごとに更新される。
これらはこれまで製造し、果てていった『神造生命体』の記録の積み重ねでたどり着いた結論であった。
まさに神にしかできない所業であり、残酷な実験であった。
「キロク……カンリョウ」
浮遊する球型術具は仕事を終えると――
エクリナの拘束具に鎖を繋ぎ、検査室から連れ出した。
鎖が張るたび、足元の石が冷たく鳴った。
エクリナは再び“檻”へと戻された。
部屋は石造りで、無機質な灰色一色。
わずかな照明の揺らぎすら、感情を拒むような冷たさに満ちていた。
存在するものといえば、彼女を床へ繋ぎ止める黒鉄の鎖一本。
――それが、ここに“生きている証”だった。
いつものように、誰もいない。
何も起きない、ただの静寂——そう思っていた。
……だが、今日は違っていた。
暗い檻の中で、隣だけが“呼吸している気配”を持っていた。
視線の先、隣の檻に――見慣れぬ少女がいた。
金色の髪。儚げな琥珀色の瞳。
麻で作られた簡易的な服を纏っていた。
エクリナと同じように拘束され、今は横になり眠っているように見えた。
「シンキ セイゾウ クタイ、“ティセラ”」
「ジセダイ ケッカイ マドウジュツグ ノ カクトシテ セッケイ」
壁面の魔導術具が、無感情に告げる。
その声を、エクリナはただ静かに聞いていた。
(どうせまた……すぐ壊れる)
そんな無関心と諦めが、彼女の中にあった。
これまでも幾人かの神造生命体と共に戦場を駆けたことはあった。
だが、思考破綻が起きて暴走する者、魔力素質が低く倒される者、様々な末路であった。
(我よりも小さいではないか……”実験”すら耐えられまい……)
戦場から帰還した神造生命体の任務は少ない。
最も大事な任務は“実験”を受けることだった。
神の実験は苛烈で、その場で壊れる者も多く居た。
だから、”ティセラ”も壊れると思っていた。
……そのはずだった。
◇
どれくらいの時間が経ったのか。
低く響く魔力音と共に、その少女がゆっくりと目を開けた。
「……エクリナ……さん、ですか……?」
微かに震える声。
それは、エクリナにとって初めての、明確な“呼びかけ”だった。
「…………」
返す言葉がないのに、喉だけが小さく動いた。
返答はしなかった。
けれど、その無感情な瞳が、一瞬だけ揺らいだ。
少女――ティセラは、拘束されたまま、どこか困ったような笑みを浮かべる。
「わたし……ティセラって言います。……その、今日から、隣……ですね」
エクリナと肩を並べるように石壁にもたれ座る。
柔らかな声。静かだけれど、確かに“誰か”に語りかける声。
奇妙な感覚だった。
自分に向けられる言葉が、こんなにも“温かい”ものだったことなど、かつて一度もなかった。
呼吸の音。目の光。声の響き。
その一つひとつが、エクリナの世界に“色”をもたらしていくようだった。
ティセラの存在が――
兵器であるはずの彼女に芽吹き始めた“異常”を、加速させることになるとは、まだ誰も知らなかった。
次回の更新は『8月14日20時ごろ』になります。




