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魔王メイド・エクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第四章:魔王戦記~その名はエクリナ~

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◆第37話:血塗られた戦場◆

「……ノワール・ブレイクアーク」


術式が起動した瞬間、空気が沈み、音だけが遅れて落ちてきた。

エクリナの指先から黒く染まった空へと魔力が放たれ、幾つもの巨大な闇の柱が展開される。

それは地に落ち、地面に魔法陣を描いて爆散していく広域爆撃魔法。


地を揺らし、天を焦がし、敵陣は一瞬で塵と化す。

焼け焦げた臭い。地鳴りの残響。

それすらも彼女の心を動かすことはない。


「センメツカンリョウ。センカ……キロク」

無感情に呟き、背後に浮遊している球型の魔導術具が情報をまとめていた。

続けて声を出す。

「カクニン……カクニン……ツギノニンム……」

任務が残っていないか、同じ言葉を繰り返しながら検索していた。


エクリナは球型術具の言葉を待っていた。

次なる戦場、次なる任務、魔哭神ヴァルザを満足させるために。

それがエクリナの世界であり、理であり、全てであった。


周囲には、まだ震える神の兵たちの姿がある。

味方でありながら、誰一人彼女に近づこうとはしない。

数歩離れた先で、兵たちは待機していた。

「魔王……いや、“化け物”………」

「俺たちを……魔法で巻き込む……迷惑…」

「……人間のまがい物」


低く吐き捨てるような声が、誰ともなく漏れる。


エクリナの力は圧倒的であった。

極大魔法まで唱えられるのに、高位魔法止まりで戦域を制圧。

数百の敵を一瞬で灰に変え、味方をも巻き込んで全てを支配する存在。


神の兵たちは、畏れと嘲りを込めて『魔王』の二つ名を語り継ぐ。

最初に名付けた人属は既にいないが、神の兵は何十年も呼び続ける。

公式な階級でもなければ、称号でもない。

だがその二文字は、誰よりも“戦場で死をもたらす存在”として、彼女を象徴していた。


『エクリナ』という名は、神の兵は決して口に出さない、出すことはない。

その名は、ヴァルザと球型術具しか覚えていなかったからだ。

戦場ではただの『魔王』として動いていた。


いつも通りに『魔王』と呼ばれ、神の兵の畏怖が聞こえる中。

エクリナは天を見ていた、やることもなくただ見ていた。

(我は世界を滅ぼす……神の意思であり……我のただ一つの任務)

(我も世界は嫌いだ……我の世界には何もない……ずっと何もない……)


『神造生命体』は思考ができる。

魔法式を紡ぐために必要な機構であり、苦痛の一つでもあった。

”意志”を持たないのに”思考”ができるゆえに空虚な想いを持つ。

何を考えようと、何もできない——ただただ命じられるがままに動くだけ。

意思なき行動は、彼女にとって苦痛でしかなかった。


浮遊する球型術具の検索は続いていた。

「カクニン……カクニン……」

「ツギノニンム……」


『魔王』エクリナは暇を持て余していた。

命令を待ち、まだまだ立ち続ける。


ふと、足元の瓦礫の影に、何かが転がっているのを見た。

血塗れの人属の手だ、それも小さな、小さな手。

熱が残っていた。——死が、まだ冷え切っていない。

戦場に似つかわしくない白いリボンが、その指に絡まっていた。


「…………」

一瞬だけ、エクリナの瞳に揺らぎが生まれる。

胸の奥で、名のない感情がかすかに鳴った。

まるで、そこに“何か”を見出そうとするかのように。


エクリナは両腕の拘束具を見た。

腕輪状のそれは、自由を縛る枷。

命令違反。逃亡。任務不履行。そのいずれかで、枷は作動する。

恐らく魔力が封じられ、無力な生物になるだろう。


だが――

反抗の思考は出てこない。

ヴァルザは『神造生命体』を製造する時に、投薬による洗脳を施す。

自身に忠誠を誓うよう、いいなりの『玩具』になるように。

拘束具はただの保険、何かのきっかけで”意志”を持ち、裏切ることを想定して。

理性ある生物を信じないヴァルザ、そこには『神造生命体』も当然含まれていた。


(我は……いつ終わるのだろうか……世界はまだ我に……終焉を与えてくれない)

虚ろに思考するエクリナ。

美しい碧眼に光はなく、ちぎれている人属の手を見つめていた。


ようやく――


「カクニン……ツギノニンム……ナシ」

「キカン……メイレイ」

浮遊する球型術具の検索はようやく終わる。

地面を見ていたエクリナに命令を下す。


球型術具はエクリナの足元に魔法陣を展開する。

紋様がゆっくりと輝き、やがて眩い光になる。

強制転移される――

術具の音声と共に、視界が暗転した。


瞳に宿った微かな揺らぎは、次なる命令の前には意味をなさない。

魔王は、ただ機械のように“神の城”へと帰還するのだった。

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