◆第37話:血塗られた戦場◆
「……ノワール・ブレイクアーク」
エクリナの指先から黒く染まった空へと魔力が放たれ、巨大な闇の柱が降り注ぐ。地を揺らし、天を焦がし、敵陣は一瞬で塵と化す。
焼け焦げた臭い。地鳴りの残響。
それすらも彼女の心を動かすことはない。
「殲滅完了。戦果、記録」
無表情に呟き、背後に浮遊している”球型の魔導術具”が応じる。
「確認。戦闘記録収録完了。次任務準備中――」
周囲には、まだ震える兵士たちの姿がある。
味方でありながら、誰一人彼女に近づこうとはしない。
「魔王……いや、“化け物”………」
「俺たちを魔法で巻き込む…………迷惑………」
「……人間のまがい物」
低く吐き捨てるような声が、誰ともなく漏れる。
それでも、戦場での彼女の戦果は圧倒的だった。
数百の敵を一瞬で灰に変え、味方をも恐怖で支配するその存在は、
やがて兵士たちの間で、畏れと嘲りを込めて──**“魔王”**と呼ばれるようになった。
公式な階級でもなければ、称号でもない。
だがその二文字は、誰よりも“戦場で死をもたらす存在”としての彼女を象徴していた。
命令が終われば、後は回収される。それが任務であり、存在理由。
だが、その帰還途中。
ふと、足元の瓦礫の影に、何かが転がっているのを見た。
血塗れの人間の手だ、小さな、小さな手。
戦場に似つかわしくない白いリボンが、その指に絡まっていた。
「…………」
一瞬だけ、エクリナの瞳に揺らぎが生まれる。
まるで、そこに“何か”を見出そうとするかのように。
だが、それも一瞬。
強制転移される――
魔導術具の音声と共に、視界が暗転する。
その瞳に宿った微かな揺らぎも、次なる命令の前には意味をなさない。
魔王は、ただ機械のように“神の城”へと帰還するのだった。




