◆第31話:命なき刃、闇を裂く◆
閃光。
そして、闇の斬撃。
黒騎士の双剣が、猛禽のような軌跡を描いてエクリナを切り裂かんと迫る。
しかしその瞬間、空間が歪み、斬撃が通過した先に彼女の姿はなかった。
エクリナは上空に空間転移し空間の足場に乗る、《魔杖アビス・クレイヴ》を掲げた。
その手から漆黒の魔力が溢れ出し、数十の闇槍が生成される。
「穿て、シャドウ・ランスッ!」
闇の槍が雨のように降り注ぐ。地面が爆ぜ、爆煙が辺りを包む。
だがその中から、まったく動じる様子もなく、黒騎士は歩みを止めずに進み出てきた。
無言。無表情。
生気も闘志も感じられない。
「……命令のみで動く、か。意思なき刃など、ただの道具に過ぎぬ」
エクリナが空中から視線を投げかける。
黒騎士は魔力を両腕に集中させると、双剣を水平に構えた。
一気に双剣を投擲――そして、空中のエクリナに向かって強襲する。
「速い……!」
空間転移で回避――間に合わなかった。
双剣の一閃が彼女の魔杖を弾き飛ばし、続く斬撃が衣服を掠める。
「っ、チッ……!」
バックステップのように空間を裂き、距離を取る。
(――自動反応にしては精度が高い。通常の魔術師では間違いなく捉えられる)
彼女はすぐに態勢を立て直し、左手を掲げる。
「シャドウ・グラトニー――深淵であがけ!」
地面に奈落が発生、黒騎士を飲み込めてはいないが、動きが鈍る――そこへ魔力を収束した魔弾を投げ込む。
爆轟。
瞬間、黒い閃光が煙を貫いて飛び出した。
「まだ動けるか……!」
黒騎士の鎧にはひびが入り、兜にも亀裂が走っていた。だが動きは止まらない。
残存していた双剣を抜く黒騎士。
再び接近、旋回、斬撃。
エクリナは空間の壁を展開し、斬撃を滑らせる。さらに足元に〈シャドウ・グラトニー〉を展開し、重力魔法で敵の動きを封じる。
「……ならば、“静かなる破滅”をくれてやる」
《魔盾盤ヴェスペリア》を構え詠唱に入る。
「空間よ、応えよ……我が闇は、もはや形を持たぬ。時間は砕け、次元は沈黙する。記憶されることすら許されぬ、完全なる消去――ここに下すは、魔王の消滅令ッ!
アニヒレイト・ゼロ=ディメンション!!」
空間が“潰れるように破壊”され、敵は吸い込まれたのち空間が大音響と共に反転・爆裂する。
――だが、その中心から再び立ち上がる影があった。
黒騎士。
まだ、立っている。
「っ……耐えた、だと……!?」
顔面の装甲は半壊し、鎧は焦げ、片腕が崩れている。それでもその体は前を向き、動く意思を見せる。
「己が使命は……魔王の、討滅」
「……その言葉に、意味はあるのか?」
エクリナの瞳がわずかに揺れた。
「貴様に、意思はない。勝利も敗北も理解しない。“生きている”とは呼べぬ存在……」
魔杖を握る手に、再び魔力が集まる。
(あれほどの一撃でも、膝すら折らぬとは……。魔核の配置が分散型か? それとも、耐魔構造が異質なのか……)
(ならば、物理的な斬撃や魔力の一撃ではなく、“空間そのもの”を断ち切る必要があるかもしれぬ)
瞳が鋭く細まり、戦場を読む魔王の眼差しが宿る。
「……貴様の造られし存在、しかと見極めた。我が闇で覆い隠すには――今が好機だな」
次の瞬間、二人は同時に踏み込む。
魔力と剣気、空間と斬撃。
交錯する影と影――戦いは、なお激しさを増していた。




