◆第28話:魔王一家、迎撃す◆
早朝――
宿の裏手の草原。
山道の先、瘴気の中心より現れたのは、重厚な漆黒の鎧を纏った巨影――“黒騎士”。
その背後には、仮面をつけた異形の兵たちが、幾重もの列をなし、山道を埋め尽くすように展開していた。
仮面の奥の空洞からは、息遣いすら感じられない。
ただ鎧と武器が歩いているだけのような、異様な静けさだった。
無言でこちらを睨むその光景は、
まるで意志なき死者の軍勢が儀式に臨む前に整列しているかのような、不気味さを帯びていた。
「……いたな、魔王……エクリナ」
黒騎士の声は、甲冑越しにもなお聞き取れるほどに低く、冷え切っていた。
だがそこには、使命を刻まれたかのような、静かな殺意があった。
「…………役目を……果たす。己が使命を……必ず……」
黒騎士が地を蹴ると同時に、背後の傀儡兵たちが一斉に躍り出る。
その動きはまさに、一糸乱れぬ“機械仕掛けの斬殺兵団”。
個性も感情もなく、ただ“命令”のみに従い、殺戮へと突き進んでいた。
「来たか……」
既に準備を終えていたエクリナは、
貸し切り宿の裏手に立っていた。
右にライナ、左にルゼリアが一歩前へ進み出て、エクリナの左右を固める。
エクリナの背後にはティセラとセディオスが守りを固める。
前衛と後衛、二重の陣形。
つい先日まで湯けむりに包まれていた一家は、今やどこからどう見ても歴戦の戦団であった。
「全員、迎撃態勢を! 宿の被害は最小に留めよ!」
ティセラの《浮遊式聖印装置ソリッド・エデン》が光を放ち、〈ミメシス・アークレイ〉が展開される。
防護結界が周囲を包み込み、宿とその背後の街を護る防壁が形成されていく。
「ルゼリア、ライナ。前衛を任せる。斬り込みを許すな」
「了解です、エクリナ」
「よ~~し! 久しぶりの敵だ~っ!」
ルゼリアは《焔晶フレア・クリスタリア》を『飛晶』形態に展開、ライナは《魔斧グランヴォルテクス》を『雷大両刃斧』へと形態変更。
二人は風を切るように突撃し、宿から離れた開けた山道へ敵を誘導する。
「喰らいなさい、スカーレット・ニードルッ!」
ルゼリアが放つのは、中距離対応の矢弾魔法。
十の紅い結晶体より炎の矢が幾重にも射出される。
仮面の兵の列の脇腹を貫き、炎の杭が爆ぜるたびに、三体、四体と焼け崩れていく。
「こっちも負けないよっ!ボルト・ラッシュッ!!」
ライナは跳躍と同時に、斧を振るい雷光を纏った斬撃を空から叩き込む。
そのあと、高速突進でなぎ倒していく。
雷光の軌跡が山道を走り、踏みしめられた土が一瞬で黒く焦げる。
そこにいた下級兵たちは、悲鳴も上げられぬまま、鎧ごと吹き飛ばされていった。
迎え撃つ魔導士型の下級兵たちも、それぞれ異なる魔法を展開。
一体は大地を砕く衝撃波を、一体は毒霧のような煙状魔法を、もう一体は空中に無数の刃を生成し迎撃する。
「近接は僕に任せて! リア姉、援護お願いっ!」
「もちろんです」
ライナの《魔斧グランヴォルテクス》を両刃の『ハルバード』形態に戻し、敵の懐へと斬り込む。
その背後から、ルゼリアの火炎弾と炎槍が絶妙なタイミングで援護射撃を重ね、敵の守りを削り取っていく。
一方、後衛のエクリナは《魔杖アビス・クレイヴ》を構え、戦況を冷静に見据えていた。
「ふむ……動きは単調。ならば、こちらから変化を与えるとしよう」
魔法名と共に空間が歪み、敵の足元が一瞬沈み込む。
その瞬間、爆雷のごとき闇の魔力弾が横合いから炸裂した。
黒い閃光が地表をえぐり、仮面の兵たちの列にぽっかりと空白が穿たれる。
宿の屋根に上るティセラ。
高所に陣取り、両手を広げて結界を維持していた。
「……外界との断絶を維持。これで、民間への被害は防げます」
その目は、すでに敵の背後に流れる魔力の痕跡を追っている。
結界維持だけでも、並の魔導士なら膝をついている出力だ。
ティセラは唇を結び、額に滲む汗を袖で拭いながら、なおも魔力の流れを観察し続ける。
(……首謀者、まだ姿を現さない。でも、必ず近くにいるはず……)
セディオスもまた、《魔剣アルヴェルク》を構え、撃ち漏れた下級兵たちへ斬り込む。
《魔剣アルヴェルク》は魔力を注がないと威力を発揮しない。
魔核の痛みを抱えながらも、その剣筋は正確に敵の命脈を断ち切っていく。
魔力を込めるたび、胸奥の魔核が焼け付くように疼く。
それでもセディオスは、短く息を吐いて痛みを押し殺し、軌道を一寸も狂わせぬまま剣を振るった。
「ッ……! 数は多いが、動きは読める。ならば、一撃ずつ確実に墜としていく……!」
そして――
黒騎士が、混戦の只中を無視するかのように、真っ直ぐにエクリナへと歩を進めていた。
その歩調は、静かでありながらも決して止まることのない執念のようなものだった。
「いたな……主の使命……魔王……」
「この身……を以て……果たす……」
黒騎士はたどたどしく、嚙みしめるように刻まれた使命を口にする。
エクリナもまた、ゆっくりと前に出る。
その瞳には、どこか憐れみのような色が浮かんでいた。
「将級の兵か、哀れな傀儡だな。神を失いながらも彷徨い続けるとは……」
「だが、ならばせめて。我が手で葬ってやろう。“終わり”を与えるのも、我の役目であるからな」
その言葉に、黒騎士の兜の奥で、わずかに光が揺らいだ。
それが怒りか、安堵か、自分でも判別できないまま――。
そして――空が裂けた。
魔力が交錯し、雷鳴が轟き、地が震える。
温泉宿は、もはや戦場と化していた。
だが、その中で確かに輝くものがあった。
それは、“家族”という絆。
たとえ過去の怨嗟がどれほど襲い来ようと――
魔王一家は、決して屈しはしない。




