◆第230話:選択の先には◆
アーク駅の攻防は、圧倒的な蹂躙で魔王が制していた。
固唾を飲んで見守るフォルネア使節団、亜人属民衆――
そして、”正しい”選択を突き付けられるアーク使節団。
魔杖すら向けず、魔王は佇む。
四体の影がアーク使節団を取り囲み、静かにその刻を待つ。。
竜人で自治長のリンデは、常識外の出来事の連続に混乱していた。
(正しい……選択……?)
周囲を見渡す。
自身を守る警備隊は倒れ、怯え、壊滅している。
(生きている?……誰も死んでいない……)
無力化されたのは戦具ばかりで、怪我はあれど皆、生存していた。
血を流すもの、痛みに呻くもの、恐怖に喘ぐもの――さまざまであった。
(間違いなく神造生命体……相対すれば死しかない存在……だが……生かしての制圧を見せた……)
ほんの僅か、瞼を閉じるリンデ。
そして開き、足元の少女を見る。
コルネは涙を流し、「爺さん――ごめんよ――」と、かき消えそうな声で呟いていた。
(まだ生きているな……皆生きておる……ならば……)
決意は定まった。
選ぶべきは一つである。
リンデは静かに左膝をつき首を垂れ、右手を胸に当てた。
「御身の慈悲に感謝を、許して頂けるならば外交のやり直しを乞う」
胸に当てた掌が微かに震え、吐息が白く散る。
リンデは理解した。
警戒と誤発砲を痛みをもって許し、外交を再開できるようにしている、と。
それを見たイーサリや警備隊は驚愕する。
リンデの所作は、忠誠を誓うに等しい行為であったからだ。
亜人属領を裏切り、『霊機自治区アーク』を差し出すに等しい。
そうまでしても”選択する”しかなかった。誤れば本当に殲滅されるからだ。
隣のイーサリも、リンデと同じ姿勢になる。
自治長の意をくみ取り、従う。
警備隊も続々と同じ姿勢に。
戦具を捨て、決して立ち上がらず、這うようにして隊列を組む。
転がる弾倉の音が、最後の一つで止み、隊列が整った。
最大限、エクリナを刺激しないようにしていた。
変わらず、冷ややかに見やるエクリナ。
ようやく口を開く。
「うむ、理に適う答えだ」
満足げにほほ笑み、四体の影を霧散させる。
そして、《魔杖アビス・クレイヴ》と《魔盾盤ヴェヌシエラ》を異空間へ収納した。
戦具は音もなく線に変わり、空間の継ぎ目へ吸い込まれた。
エクリナ自身も武装を解除し、言う。
「リンデとやら、顔を上げよ。仕切り直しだ」
そう言うと、ヴァレンシアの横へ転移した。
場を圧していた見えない重みが薄れ、肩の力が一斉に抜ける。
魔王の威圧が和らぎ、リンデたちの緊張が解けた。
「ヴァレンシア殿、先ほどのは勘違いで”外交”のやり直しをしたいと申している」
転移したエクリナは、何事もなかったように告げた。
ヴァレンシアは、一瞬で戻ってきたエクリナに驚いていた。
「さて、どう選択する?」
横目で見ながら言うエクリナ。
「……そうね、再開としましょう」
ヴァレンシアは何とか取り繕い、返答する。
後ろへ向き直るヴァレンシア。
「アーク使節団! 隊列を正してください!」
凛々しく言い放つ。
驚愕し通しの使節団だったが、号令に従い隊列を戻していく。
それを見たナギロ。
「潮刃隊、整列!」
勇ましい老婆に促され、号令をかける。
「はっ!」と短く鳴って、靴音が一斉に揃う。
数歩離れているアーク使節団も体勢を立て直していた。
体をはたき、埃を落とす。
なるべく身なりを整えようと必死だった。
コルネは既に枷を外され、涙を拭っていた。
リンデが頭を撫で、「無事で何よりである」と言っているようだった。
◇
砕けた石粉の匂いが薄れ、構内に低い換気音だけが残る。
赤い絨毯は破れ、もはや儀礼の装いではなかった。
石造りの床は割れ、めくれ、地を晒す箇所も多かった。
まるで戦の後のような状態であった。
互いの使節団は準備を完了する。
ヴァレンシアとリンデは僅かにうなずき合う。
フォルネア使節団は歩みを再開し、アーク使節団へ近づく。
そして――
三歩前で、ヴァレンシアが立ち止まる。
三歩――刃も届かぬ”交わりの間”。
目の前のリンデは、三本角の金輪の光沢が鈍り、細い擦過痕が煌めく。
体に巻きつけた礼装は微かに黒ずみ、煤が落ち切れておらず、ボロボロであった。
それでも自治長として民を守る、気高き選択ができる統括者であった。
ヴァレンシアとリンデの目が合う。
互いを認め合い、同時に歩みを進める。
手を差し出し合い、固い握手を交わした。
冷えた掌が触れ、次いでじんわりと熱が移る。
アーク駅構内は、友和的な状況にもかかわらず静かだった。
静寂が空間を支配する。
その時――
最初に静けさを打ち破り、喝采を送ったのはエクリナであった。
ティセラ、ガンゴ、ナギロと続く。
乾いた一拍が、二拍、三拍と広がり、やがて波になる。
それは開始の合図のように波及し、その場にいた全員が喝采を送った。
「今日は良き日ですわね」
ヴァレンシアは微笑みながら言う。
「ああ、後に祝日になるであろう」
リンデも微笑んで答えた。
ようやく、外交が始まる。
人属と亜人属、新たな時代の幕開けでもあった。




