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魔王メイド・エクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第十章:遠き地での出会い

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◆第227話:均衡が崩れる瞬間◆

木造りで曲線を描く屋根、それを支える逞しい石柱が美しい――”アーク駅”。

自治区とはいえ、研究者や観光客が集まる要の駅だ。

賑やかなはずの構内は、いまや静寂に包まれ、時が凍り付いたように見えた。


霊機自治区アークの警備隊は、長身の魔導銃を構えている。

正面には、幾日もかけて技術都市フォルネアから遥々訪れた使節団。

人属と亜人属の外交再開の日に――亜人側は銃口を突きつけていた。


「警備隊! ま、待つのであるぞ! 撃ってはならんぞ!」

号令を発したのは、礼装の竜人・リンデであった。


その隣に立つ、新品の白衣を着たエルフは、胸のブローチを外し各方位へ向ける。

ビー、ビー――という警報を頼りに”何か”を捜索する。

ほどなくして、警報音が強まる対象を”二つ”見つけた。


それは、銀髪の少女と金髪の少女。

エルフは眼鏡のテンプルに指を添え、思案する。


その時――

「イーサリ、やっぱりあいつら?」

琥珀色の短いツインテールの少女が、白衣のエルフに声を落とす。


「決めつけは良くないが……可能性は高いと考える」

イーサリは小さく返した。


「だよね……最初は分かんなかったけど、少し前に出てからは感じるよ。ヤバイって、ね……」

少女はリンデを庇う姿勢のまま、イーサリにだけ届く声量で続ける。


「コルネ、まだだぞ……誤検知だってあり得るのだ……」

竜人の低い声が、少女を落ち着かせようとする。


「ああ……正直、動けない状態だね……」

睨み合いは膠着し、動けば護れない――そんな空気が全体を縛っていた。


それはフォルネア使節団も同じだった。


(なんだこれは……”外交”ではなかったのか?)

周囲を警戒しつつ、エクリナは考える。


(ガンゴ殿とヴァレンシア殿は、人間にとって要人……だが、まさか――)

決定打に欠ける推測が、彼女の足を縫いとめる。

(いざ護るとなると厳しいな……せめて、わずかな隙でも……)

今は、魔杖も魔盾盤もなく、魔装すら着ていない己を省みて、エクリナは歯噛みした。


エクリナの頬を伝う冷や汗を見たティセラも、黙して思考を研ぐ。

(……先に結界を張っていれば……今からでは悟られれば、何をしてくるか……)

(少し――いえ、ほんの”一瞬”だけでいい)

封界の少女は、ただ僅かな時間を欲した。


二人に護られる老女――ヴァレンシアは混乱を抑えきれない。

(なぜ……うまくいっていたはず……あたくしは何か間違いを?)


交渉は得意。表情を読み、言葉を交わす――それが強みであり、生き方だった。


(仕方ないですわね……皆……せめて、ガンゴだけでも生かさないと)

幼馴染であり、生涯の好敵手、そして……ヴァレンシアにとって、命を賭しても守るべき存在だった。


そのヴァレンシアの背を見て、職人ガンゴは短く息を吐く。

(なんだこりゃ……儂は飲み過ぎたのか? いや、現実だな)


(よく分からんが、儂にできることは少ない……まあ、仕方なかろう)

彼は静かに覚悟を定める。


『潮刃隊』警備隊長・ナギロの胸にも、熱がこみ上げていた。

(なぜだ……なぜなのだ、自治長! 今日は”祝いの日”にも等しいはずではなかったか!)


(謀反か? 戦か? 何のために!! やっと平和を盤石にできる時だというのに……)

空想も仮定も、武官の怒りに油を注ぐ。


「お前ら、絶対に動くなよ! 絶対だぞ!」

コルネは全体に向け吠える。誤った選択をさせないため、そして時間を稼ぐために。


――だが、その声音は威圧にも聞こえた。


「小官はナギロと申す! 自治長リンデ様、話し合いの場を願いたい!」

海人の武官は必死だった。ここで好機を失うわけにはいかない。


「その警報が何なのかは知らぬ! だが客人に怪しい素振りはない! 数多の監視からもそう報告を受けておる!」

主観と客観を束ね、ナギロは叫ぶ。


「落ち着かれよ、ペラギアの警備隊長」

霊機自治区アークの統括者・リンデは、冷静さを求める。


ナギロの勇ましい声に、動いた者が一人。


深く息を吐き、覚悟を決める。

老女をそっと動かし、さりげなく武官の背後へ下がらせた。


**掌が震えていない。焼けた鉄を受け止めてきた手だ**


「お前ら! 目的は知らん! だがフォルネアにとって――いや、人間にとって重要なのは、ひょっとすると儂だぁ!」

ガンゴが声を張る。


**背筋が、若い頃のまま真っ直ぐになる。**


(人生は面白いな……ティセラが戻ってきて……最高の剣をまた打てて……弟子だった奴らとも酒が飲めた……あとは……)


「儂は名匠ガンゴ! 人属最強の剣を打った男だ! 不足は、あるまい!!」

あえて標的になるよう、彼は構内に響く声で言い放つ。


**犠牲なら、儂ひとりで足りる **


(ヴァレンシア……いつも、すまんな)

胸中で詫びる――残らない遺言のように。


名匠ガンゴの一世一代の大舞台。

視線は一点に集まり、人属も亜人属も、ただ呆けて見つめるしかなかった。


その最中――


ニヤリと嗤った者が二人。

どうしても欲しかった”一瞬”。世話になりっぱなしの老人へ最高の賛辞を贈る。


(流石だ!)(流石です!)


エクリナとティセラの《瞬装環アペリオ》が、静かに、力強く煌めく。

薄光が指輪から血流へ――鼓動と同じ拍で布と装具が編まれていく。

二人に、本来の姿を返すように。


エクリナは瞬時に漆黒のワンピースをまとい、魔法式紋章が浮かぶ上衣を羽織る。

右手には、深紫の魔晶が脈動する《魔杖アビス・クレイヴ》。

左手には、魔法盾と術式盤が融合した《魔盾盤ヴェヌシエラ》。


ティセラは周囲を覆うように結界を張る。

白のゆったりとしたワンピースにケープを重ね、

背に四基の《浮遊式聖印装置ソリッド・エデン》を浮かべ、即時展開。


そして二人は、冷たい眼差しで眼前の”敵”を射抜いた。

《アビス・クレイヴ》が低く喉鳴るように脈打ち、 《ソリッド・エデン》が応じて共鳴し聲を重ねる。

護るべきものが増えた――戦う理由は、もう十分だった。


完全装備の顕現とともに、場の圧が跳ね上がる。

イーサリの手の赤い警報術具が「ビビィーーーッ!」と絶叫し、そのまま自壊した。

「なっ……小生の術具が!」


術具の爆発音と圧に耐えかね、アーク側の警備隊が引き金を絞る。

パン、パァン! 構内に乾いた音が跳ねた。


「馬鹿者!」

リンデの怒号が響く。


しかし、弾丸はキン、キンと軽い音を立てて弾かれた。

すでに結界を巡らせたティセラの防御を破る術は、そう多くない。


「……撃ったな?」


エクリナは銃声の出所を睨む。

威圧に耐えられず、獣人の一人が糸の切れたように気絶した。


「――覚悟、できているな?」


ザリ――ザリ――

赤い絨毯を静かに踏む音だけが、響く。


エクリナは、一歩。また一歩と歩みだす。

かつて世界を滅ぼそうとした魔王と、その親友。

いまは――大切なものを護るために、前へ出る。


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