◆第226話:フォルネアとアークの外交開始◆
魔導列車に揺られ、霊機自治区アークへ最速で進む使節団一行。
エクリナ・ティセラ・ガンゴ・ヴァレンシアがいる個室はダージリンの香りに包まれていた。
窓を眺め、流れる景色を静かに見ていた。
紅茶を啜り、砂糖をまぶした焼き菓子を口にする。
移動中とは思えないほどの優雅さであった。
コン、コン、コン――と扉を軽く叩く音。
エクリナが警戒しつつ扉を開けると、そこにはナギロが立っていた。
背後には部下と思しき海人が二人。
それを見るなりヴァレンシアが言う。
「あら、ナギロ殿。中にお入りください」
「恐縮である。お邪魔いたす」
礼を述べて入室するナギロ。二人の部下には待機を命じる。
「どうぞ、こちらへ」
ヴァレンシアは自分の横を指した。
「すまない」そう言ってナギロは腰を下ろす。
エクリナは静かに茶を出した。
「良い香りだ。護衛兼給仕であったか。ありがたく頂く」
ナギロは出された茶を一口啜る。
出されたものを警戒せず口にするのも、礼の内のようであった。
「じきに夕暮れになる。この魔導列車には食堂が付いているゆえ、景色を眺めながらの食事も良いものですぞ」
「娯楽はないが酒場はある。亜人属ならではの酒も多く取り揃えておる」
ナギロは列車の施設を簡潔に説明する。
「ほう、亜人属領の酒には興味がある。ぜひ立ち寄ろう!」
ガンゴは乗り気だ。
「お気遣い、ありがとうございます」
ヴァレンシアは礼を言う。
「ははは! この列車は貴使節団一行しか乗っておらぬ。警備隊も特に立ち寄らぬゆえ、お好きになされよ」
「同じ内容を各室に伝えている」
豪快に笑い、状況を伝えるナギロ。
「困り事があれば小官の名を部下に告げてくれ。必ず助けよう」
「では失礼いたす。茶、うまかったぞ」
そう言い残し、ナギロは部屋を後にした。
「まさに武官といった風だな……だいぶ礼儀正しいが」
見送ってから、エクリナがつぶやく。
「ガンゴ、若いのを連れて飲みに行くのはいいですが、外交であることをお忘れなく」
ヴァレンシアは横目で釘を刺す。
「わかってらい! そこまで羽目は外さんわ!」
ガンゴが返す。
「夕焼けを見ながらの食事もいいですね」
ティセラが場を和ませるように言う。
「折角の申し出だ。世話になろう」
エクリナも、初めての景色を楽しみにしていた。
◇
夕暮れが差し込む食堂。
エクリナ・ティセラ・ヴァレンシアのほか、使節団の半数がいた。
ガンゴを含む残りは酒場へ向かった。簡易な食事が出るので都合が良いのだという。
三人の卓には、魚介の蒸し焼き(フルーツソース添え)、六本足の獣のロースト、薬草で煮込んだ鶏肉の煮込みなどが並んでいる。
好きな分だけ取り分ける方式だ。
「はあ……大丈夫かしら」
ヴァレンシアは魚の蒸し焼きを一口運びながら言う。
「流石の師匠も抑えるとは思いますから……」
ティセラは相槌を打ち、手のひらほどある貝を一つ取った。
「普段は頼もしいのだけれど、外交となるとね……」
心中を吐露するヴァレンシア。
「ふふ」
エクリナは六本足の獣のローストを二本のナイフで捌きながら笑う。
「すまない。我も同じ立場なら、同じことを言ったと思ってな……」
切り身にソースをかけ、ヴァレンシアへと皿を差し出す。
「苦労を分かってくれて助かるわ。ありがとう」
皿を受け取りながらヴァレンシア。
「こんなに夕焼けが綺麗なのだ。まずは楽しもうぞ」
エクリナは笑って言う。
「景色がどんどん変わりますね。さっきまで森だったのに、今は平原です」
ティセラは列車の速度を肌で感じていた。
霊機自治区アークを目指し、最高速度で突き進む魔導列車。
その中で三人は談笑しながら優雅な食事を進めていく。
夕日が山の裏に沈み、夜が来る。
ガンゴの飲み会は遅くまで続いたらしく、個室の椅子にもたれて寝ていた。
朝になり身支度を終えたエクリナ・ティセラ・ヴァレンシアは、「やっぱりね」といった顔であった。
◇
やがて、霊機自治区アーク付近に到着する。
直接の乗り入れはせず、隣接するアーチ型の建物へと魔導列車が入る。
自然を重んじた木造りでありながら、結界用の術具が立ち並び、襲撃に備えているようだ。
列車は減速を続け、キッ、キーッ!と摩擦音を立てて所定の発着場に停まる。
「ゴジョウシャ アリガトウ ゴザイマシタ」
車内に片言の案内が流れる。
「さて、行きましょう。今日からが本番ですよ」
気合を入れるヴァレンシア。
「お、おう……そうだな」
二日酔いで頭が痛いのか、それとも扇で叩かれた後頭部が痛いのか、ガンゴは頭を押さえながら言った。
「やはり、治癒魔法を――」
ティセラが言いかけるのを、「なりません」と静かに塞ぐヴァレンシア。
「ガンゴ殿、ご自愛なされよ」
エクリナはそう言い、ヴァレンシアの後を追う。
列車を出ると、ナギロが隊を引き連れ待っていた。
ヴァレンシアを見つけ、傍らに寄る。
「無事に到着いたした。具合はいかがですかな?」
とナギロ。
「ええ、とても快適な旅でしたわ」
とヴァレンシア。
「少し先で、アークの自治長らがお待ちです」
「分かりました。ありがとうございます」
段取りを聞き、ヴァレンシアは礼を述べる。
「皆さん、隊列を組んでください」
ヴァレンシアは使節団に指示し、班ごとに整列させた。
後方には、エクリナ・ガンゴ・ティセラの順で並ぶ。
「準備は良いようだな。案内いたす」
ナギロは使節団を左右から挟むように中隊長へ命じ、護衛陣形を取る。
潮刃隊全員は、左腰にサーベルを携え、小型の魔導銃を右腰に装備していた。
ナギロ自らはヴァレンシアの横につく。
整列した列が、赤い絨毯の敷かれた駅の回廊をゆっくりと進む。
周囲では別働の警備隊が一般市民の前に立ち、侵入を阻んでいる。
人属に対する暗殺が起きれば外交は終了――警備隊の空気は張り詰めていた。
少し歩くと、様々な種族が混ざった出迎えの集団が見えた。
アーク使節団である。
中心には三本角の竜人。
儀礼用の大きな布を体に巻き、各部に金の刺繍。角には金輪が嵌っている。
その右横には新品の白衣を着た女性エルフ。眼鏡を掛け、胸には赤いブローチ。
黄緑の長髪に色白の肌――皺もなく実に綺麗だ。
左横には小柄な少女。琥珀色の短いツインテール、目は翡翠色で、背丈はティセラより低い。
灰色基調に黒線が走るフード付きパーカーは袖を捲り、両腕は金のブレイサーに覆われていた。
恐らくは警護担当だろう。
離れた背後には赤い像が鎮座していた、騎士を象っており堂々たる立ち姿。
アーク駅の装飾のように見えた。
彼らを護るように、横並びに右に獣人、左に竜人の警備隊が長身の魔導銃を肩に掛け、小型銃を腰に付けて立つ。
出迎えの集団へ、一歩ずつ近づくフォルネア技術使節団。
三歩前まで寄れば、表情がはっきり見える距離――あと五歩。
ヴァレンシアと礼装の竜人はすでに微笑みを交わし、友好の意を示していた。
周囲の民衆から拍手が起きている。
もう少しで挨拶できる距離に――その時。
ビー、ビー、ビー! と、白衣のエルフの胸元から聞き慣れない音が鳴った。
ブローチが赤く点滅していた。
礼装の竜人の表情が変わる。
ツインテールの少女が庇うように一歩前へ。
両脇の警備隊も即座に長身の魔導銃を構え、隊列を組み直す。銃口が一斉に使節団へ向いた。
カチ、カチ――安全装の外れる乾いた音だけが、やけに大きい。
「安全距離、保て!」ナギロが低く叱咤し、護衛列は半歩だけ前へ詰める。
エクリナとティセラも、既に前へ出ていた。
拍手も囁きも消え、靴底が絨毯を擦る音だけが残った。
ナギロは、動揺するヴァレンシアを庇うように位置する。
初めての外交は、波乱の幕開けとなった。
次回は、『4月5日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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