◆第224話:亜人属領、海門港ペラギア◆
正午過ぎの海原を進む《魔導船フォルネア号》。
エクリナを含む技術都市の代表者たちは、ひと時の安寧を得ていた。
大きなトラブルもなく、やがて海門港ペラギア近海へ入る。
港には巨大な防壁がそびえ、通行門もまた威圧的な規模だ。
門上の見張り台では、鱗鎧の海人が《監視鏡》を覗き込み、旗で合図を送っていた。
弦の張り詰めた空気に、海風の塩が混ざる。
「……大きい」
「……凄まじい迫力だな」
通過する門を見上げ、ティセラとエクリナは息を呑む。
「港もでかいな! 見たことない造形の船ばかりだ!」
外輪で進む古式の貨客船、魔晶推進の平底船、そして帆と推進器を併用する混成艦――
海路の”時代”が並んでいた。
ガンゴは停泊中の船を見やり、目を細める。
「船の両脇にパドルがあるぞ!」「甲板が全部覆われている!」
背後の使節団からも興味津々の声。魔導術具士が多いせいか、意匠に視線が集まっていた。
魔導船はゆっくりと桟橋へ。
ほどなく、甲板の拡声術具が告げる。
「長旅お疲れさまでした。本船は海門港ペラギアに到着いたしました。順次、下船をお願いします。――繰り返します……」
案内に従い、使節団が動き出す。
「降りましょう、エクリナ」
「ああ。ようやく地を踏めるな」
二人は軽く頷き、甲板を後にした。
◇
中層甲板から地上へ伸びる階段橋が渡される。
《フォルネア号》を降りた使節団の足元には赤い絨毯。
両脇には青いジャケットの制服を着た海人たちが整列していた。
背後には演奏隊、さらにその外側を多様な亜人の見物客が取り囲む。
絨毯の終端には、貝やサンゴの装飾を纏った海人の責任者が立ち、来訪を待っていた。
ヴァレンシアを先頭に進み、三歩手前で停止。
「自分はタラッサであります。海門港ペラギアの責任者を任されております」
「フォルネア技術使節団様、遠路のご訪問、誠に痛み入ります」
タラッサは自己紹介と労いを述べ、凜とした礼をした。
「豪華なお出迎え、使節団代表として御礼申し上げますわ」
ヴァレンシアは丁寧に応じ、握手を求める。
タラッサも手を差し出し、やわらかく握り返した。
双方の掌は一拍だけ触れ、すぐ離す。
――水の土地では「長く握らない」のが礼法であると、エクリナは何かの本を思い出す。
それを合図に、管楽器と打楽器の儀礼音楽が高らかに響く。
法螺と銅管が主旋律を受け持ち、貝殻打楽が拍を刻む。
水面で反響した音がわずかに遅れて帰り、和音が厚くなる。
華やかな音色は、人属と亜人属の国交再開の第一歩を告げていた。
演奏に合わせて見物人から喝采が上がり、使節団、エクリナ、ティセラも拍手を送る。
歓迎式ののち、徒歩で近くの馬車へ。
そこで、胸に勲章を付けた海人が一礼する。
左腰にはサーベルを刺し、小型の魔導銃を右腰に装備していた。
「お初にお目に掛かる、ナギロと申す。貴使節団の護衛をいたす。以後お見知りおきを」
「アークまでの送迎は、彼が責任をもって取り行うであります」
タラッサが示して補足した。
「宜しくお願いしますわ。こちらは使節団護衛のエクリナさんとティセラさん」
「見かけは少女ですが、実力は折り紙つきですわ」
「よろしく頼む」「よろしくお願いします」
二人が簡潔に挨拶する。
「なるほど、承知した。よろしくいたす」
ナギロは二人と握手を交わす。
種族多様な亜人属では、少女の護衛という組み合わせにも違和感は薄いようだ。
「駅へは距離がありますので、こちらの馬車へご乗車ください」
タラッサが促す。
「でかくて長いな、この馬車は……」
ガンゴの驚きも無理はない。
通常の馬車は客室一つに四名ほど。用意された馬車は十名は軽く乗れる客室が二両連結。
牽くのは人属領の倍はある巨馬が六頭並び、甲冑をまとっている。
「長距離移動用の馬車であります。馬には筋力補助の術具も装備し、長時間の走行が可能であります」
タラッサは微笑み、使節団は感心しつつ乗り込んでいく。
最後にエクリナが乗り、出発準備は整った。
「それでは出発いたします」
御者が拡声術具で合図。馬車はゆっくりと動き出す。
車輪周りの工夫か、振動は驚くほど少ない。
三人掛けの長椅子が向かい合う車内。
タラッサ・ナギロと対面するようにヴァレンシア・ガンゴ。
エクリナとティセラは背面側に立ち、護衛位置を守る。
「これくらいの振動抑制が、あの自動馬車にもあればな……」
「ふん、しつこいわね。ちゃんと改良しますわよ」
ガンゴのぼやきに、ヴァレンシアが軽く返す。
「お二方は仲がよろしいのでありますな」
タラッサが目を細める。
「失礼いたしましたわ。彼とは長い付き合いでして……」
「ただの腐れ縁なので、お気になさらず」
ヴァレンシアは苦笑し、ガンゴは肩を揺らす。
その後も雑談は弾んだ。
船の外観、街並み――他愛のない話題だが、外交では大切な往来である。
互いの胸の内は秘めつつも、理解の地盤を少しずつ広げていく。
笑顔の温度は保ったまま、言葉の刃は鞘に収める――そんな練度の高い会話だ、とエクリナは測る。
(腹の探り合いとは大変だな……)
“大人”の会話を耳にし、エクリナは心中で呟いた。
やがて亜人の姿が目に見えて増え、馬車は《魔導列車》の駅へ到着。
切りそろえられた石壁、意匠を凝らしたステンドグラスの天井。
床一面の大理石は豪奢でありながら、どこか慎ましい。
行き交う種族も荷も多様で、雑踏は活気に満ちていた。
「ここがペラギア駅。ここは始発であり終点。この街を起点に、貿易品や海産物が全国へ流通するであります」
タラッサは誇らしげに紹介した。
「綺麗でありながら機能的ですね!」
思わず声を上げるティセラ。
「いいねえ、飾りすぎてないのが気に入った!」
ガンゴも嬉しそうだ。使節団の面々は、この先の乗り物に期待を膨らませる。
タラッサとナギロの先導で駅最奥へ。
そこに連なるのは、褐色の円筒車体が幾つも連結された、多連車輪の車両。
先頭は丸みに尖り、全体は巨大な節のある生物のようにも見える。
細い配管が下面を這い、一定間隔に窓。
各車体の側面には複数の魔晶が埋め込まれていた。
「皆様がご乗車なさるのは、こちら――《魔導列車カンテサンス》であります!」
タラッサが手を広げて示す。
海門港ペラギアで盛大な歓迎を受けた使節団。
いよいよ、霊機自治区アークへ向かう。




