◆第223話:波長刻まれし逃走劇◆
霊機自治区アーク――鉄塊の建物が連なる区画。
『マナ』研究所の書庫前に、二人の侵入者がいた。
セルドリカとレーテシア。戦具を従え、警備隊を次々と退けていた。
命まで奪おうとした刹那、琥珀色の短いツインテールの幼い少女が割って入る。
「間に合った!」
「ガイア・カリス! セキーラ!」
大地の加護をまとい、追撃の礫弾を放ちながら少女が駆け寄ってくる。
「撤収だ!」
セルドリカは即断し、反対側へ走る。
「仕方なし」
レーテシアも続いた。
「ちっ、逃げたか!」
「お前ら、大丈夫か?」
翡翠色の目を向ける少女。
「助かったぜ、コルネ……」
「死んだかと思ったわ……」
警備隊は生還の安堵を噛みしめ、礼を述べる。
「うちは追撃する。氷、溶けるまで我慢だよ!」
そう言い、コルネはツインテールを揺らして駆け出した。
見送る警備隊。
「やっぱ、頼れるな……」
「見た目、人間だけどね」
狼獣人とエルフは肩を落として息を整える。
◇
バン、バン、バン――。
アーク中に銃声が鳴り響く。
書庫前回廊を駆けて、『マナ』研究室を出たセルドリカとレーテシア。
扉脇の金属箱の陰に身を沈めていた。
バン、バン、バン――。
アーク中に銃声が鳴り響く。
「完全にバレたな! だから早く離れればよかったんだ!」
「だって! 亜人を斬るの、初めてだったから!」
弾をやり過ごしながら、言い合うセルドリカとレーテシア。
「あっちが手薄だ。行くぞ」
「しつこい奴ら……」
セルドリカは脱出口を見出し駆ける。レーテシアは横目に警備隊を見やり、吐息を落とす。
「どの辺から脱出したらいいんだ?」
「確か、東の方」
「雑だなぁ……まあいい」
二人は東へ進路を取った。
角を曲がると―――
「待てぇい! 盗人ども!」
区画に反響する怒号。
東側通りの先には鱗を持ち、三本の角と雄々しい尾を生やした竜人が太い砲身を抱えて立ちはだかる。
その左右には一本角や二本角の竜人族が横隊で左右に十人づつ並び、長砲身の魔導銃を構えていた。
その背後には外壁の大門が見える。
「はあ? 人間だと?」
「……まあ良い。総員――撃てぇ!」
三本角の竜人が号令。
ドオン、と大砲が吠え、続いてパン、パンと一斉射撃が始まる。
「メンドーくせえな! フロスト・バースト!」
セルドリカが大きく踏み込み、掌底を突き出す。
冷気が炸裂し、大砲弾を相殺、弾丸を弾き飛ばした。
「何と! 受けきるか! 次装、急げ!」
三本角の竜人が矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「まさか、あやつらは……」
装填を急ぎながら、竜人は眉をひそめた。
「レーテシア、どっかから板を持ってきてくれ!」
「うん、分かった」
レーテシアが頷き、駆けていく。
セルドリカは拳を握り込む。
「グラキエス・インパクト!」
複数の氷杭を生成し、連続拳打で射出――警備隊へと雨あられに打ち込む。
「まずい! 撃てる者から撃て!」
竜人の号令。
ドオン、パン、パン――。
幾発は撃ち落としたが、撃ち漏らした氷杭が迫る。
「もはや、これまでか……」
竜人は覚悟を固めかけ――
「お迎えにはまだ早いよ! リンデ爺さん!」
「アース・ハージズ!」
飛び出したコルネが地面へ手をつき、土の壁を隆起させる。
ザク、ザク――氷杭が突き刺さり、危機はひとまず退けられた。
「あ”? またあのガキか!」
セルドリカが叫ぶ。
「持ってきたよ」
レーテシアが板を抱えて戻る。
「まあいいか……脱出だ! アイス・グリッド!」
板を受け取り、地面へ拳を叩きつける。
上空へ向け、氷の斜面が一気に走った。
「頼むぜ、レーテシア」
セルドリカが板に飛び乗る。
「分かってる」
レーテシアも背中合わせに乗り、
「浮空 、疾風打」
板ごと浮かせ、風を圧縮して砲弾を作り、勢いよく発射。
ゴウッ――。
板は氷の斜面を駆け上がる。
「勢いが足りねえ!」
「はあ~。疾風打!」
さらに風砲弾を撃ち加速する。
二人を乗せた板は斜面から飛び出し、その勢いのままアークの外壁を飛び越えた。
「な!」「マジか!」
リンデとコルネは思わず仰ぐ。侵入者が頭上を飛び去っていく。
大通りに残されたリンデ・コルネ・警備隊たち。
「ぐぅぅ……吾輩たちの心血注いだ研究資料が盗まれるとはぁぁ!」
リンデが空へ怒声を放つ。
「ぬう、落ち着いて、長。ちゃんと複写してるぬう。ちゃんと残ってるぬう」
合流した白衣のドライアドが近づき、宥める。
「シルヴァ、いつも冷静だな……」
リンデは怒気を収め、ドライアドを見る。
「風に攫われた、と思おう」
シルヴァは妙な比喩で場を和ませた。
リンデたちに近づくエルフの研究員。
「彼女ら、特殊な魔力波長だったな」
時計のような魔導術具を眼鏡越しに覗いて言う。
「イーサリ!……あいつら、人間じゃないかも」
「……コルネ嬢、それは正しいと考える。この波長、コルネに少し似ているのである」
眼鏡のテンプルを指で押し上げ、イーサリが告げる。
「それならば理解できるな。あやつら、動き出したか」
リンデは腕を組む。
「ひとまず彼女らの魔力波長の特徴を解析して、警報装置を作ることを具申する」
イーサリが申し出る。
「うちを検知しないようにしてね?」
コルネが念押し。
「もちろん。コルネ嬢は大事な仲間に他ならない 」
イーサリは微笑む。
「警報装置は頼んだぞ、イーサリ。――さあ皆、急いで片づけだ。あと幾日でフォルネアから客が来るぞ!」
リンデは周囲へ声を飛ばした。
霊機自治区アーク襲撃事件は、こうして幕を閉じる。
――それは、エクリナらが到着する、数日前の出来事だった。




